web sniper's book review たとえそれがウソでもホントでも、 神様を名のるやつなんてみんな、 絶対どこか変わってる――。 『かんなぎ/ 1(一迅社)』 著者=武梨えり 文=さやわか
御厨仁が彫った木彫りの像に"ナギ"と名乗る女神が宿った。外見はかわいい女の子だが、ハチャメチャなナギに仁の日常は徐々に浸食されていく!? |
『かんなぎ』は現在アニメ放映中で人気が上昇している作品だが、最近奇妙な騒動が持ち上がった。原作漫画の最新エピソードにおいて、ヒロインのナギが主人公以外の男性を「想い人」としていることが明らかになり、熱心なファンがネット上で作品の視聴を止める旨の発言をし始めたのである。要するに、ナギが処女であると信じていたにもかかわらずそうでなかったがために「裏切られた」というような印象を抱いているというわけである。
しかしナギに意中の人がいることは物語の初期に伏線として暗に示されていたことだった。ではその相手が主人公ではなかったことがこの騒動を引き起こしているのかというとそうではない。もちろん、ヒロインに処女性が求められてしまうということ自体の問題が根底にはある。
ぼくがこの騒動にとりわけ興味を感じたのは、ヒロインのナギが「学園のアイドルとして人気を集めることで神性を回復する女神」だったからである。アイドルとして皆に愛されることを目指していたヒロインが、その「素行の悪さ」によってファンからバッシングを受ける。今起きている一連の騒動は、まさに現実のアイドル、例えばハロー!プロジェクトの矢口真里や加護亜依や村上愛が受けたバッシングと追放に一致するものなのだ。「女神」としてのアイドルを描いた物語として、これほどまでにリアルなことがあるだろうか。三次元と二次元の違いはあるが、実在のアイドルとテレビアニメは同じものだと言える。メディア上で虚構を描く存在として等価である。そして虚構であるということを我々はしばしば誤解して、彼女たちを自分の擬似恋愛の相手として恣にすることができるように思いこむ。そして、その思いが虚構の側から否定されたときに、我々は裏切られたような気持ち、強い反感を覚えるのだろう。
断っておきたいのは、別にここで「アニメの登場人物に処女も非処女もなかろう」というような冷笑的な意見を書いて、いかにも客観的な位置に立ったとでもいうかのように悦に入りたいわけではない。したり顔でそのような意見を語る人々は存在するが、彼らは虚構に没入できない自らをどうやら賢しいとでも思っているようで、全くかわいそうな人たちだ。そんな人たちに構うべきではない。虚構を愛することができる我々は、いかにしてその幸福な愛を継続できるかということを真剣に考えなければならない。
テレビアニメのキャラクターが、あるいは現実のアイドルですらも、虚構であることは前提である。その条件を踏まえて、彼女たちは我々の前に現れている。原則として触れることのできない存在であることを象徴させるために、『かんなぎ』はヒロインを神=アイドルとして位置づけたのだ。神は我々の望んだ振る舞いをするとは限らないが、しかし我々の愛情を許し、また我々の愛情に依存した存在である。神=アイドルと我々の関係はそうやって成り立っている。だから我々は、虚構であることを前提として、手に届かない存在として、彼女たちを愛さねばならない。そのことだけが可能であると考えるべきである。決して、彼女たちが我々の現実の相手として望ましくないというかどで責めるべきではないのである。それは彼女たちを現実の代替物に格下げする行為であり、また彼女たちを愛する自分たちをも、現実で満たされないものを虚構に求めているのだというステロタイプなオタク像のようなものに押し込めてしまう。だから、我々は虚構を愛する誇りを持って、虚構のままに彼女たちを愛し続けるべきである。
文=さやわか
『かんなぎ/ 1(一迅社)』
著者=武梨えり
ISBN:978-475806015
価格:580円
発売日:2006年8月9日
発行:一迅社
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