web sniper's book review おれは誰に感情移入すればいいんだ? おれは宮本に感情移入すればいいのか? 『定本 宮本から君へ /1(太田出版)』 著者=新井英樹 文=さやわか
世の中VS俺、連戦連敗。 1992年度小学館漫画賞受賞、今こそ読まれるべき"バブル期の日本で最も嫌われたマンガ"がここに復刻! どこに行っても犬に吠えられる熱血営業マン・宮本浩、七転八倒の記録――。 |
『宮本から君へ』が「定本」と題されて復刻された。新井英樹では『ザ・ワールド・イズ・マイン』(小学館)の印象が強い読者が多いかもしれないが、『宮本から君へ』が好きな人には同作者のベスト1に挙げる熱烈なファンが多い印象がある。いわば「幻の作品」の復刻かと思いきや、実は過去に愛蔵版が刊行されたこともあるわけで、むしろそれだけ愛されている、根強い人気を誇る傑作という表現が正しいのではなかろうか。
物語は大きく分けて三つ程度に分けられるだろう。むろん、実直で青臭い宮本が主人公である点では同じだが、序盤の恋愛ものと次の仕事もの、そして物語後半では全く違う作品であるかのようながらりと違った展開を見せるのだ。もちろん、いずれのストーリーも盛り上がる、マンガとして単純に面白いものだ。例えば刊行されたばかりの「定本」第一巻における、さくら広告社に飛び込みで行って版下を探させてもらうくだりなどの熱さなどは実に素晴らしい。しかし、やはりこのマンガのキモは物語後半の展開だと言えるだろう。前半までの青臭くとも誠実な宮本のキャラクターは、「サラリーマン漫画を読む読者」にとって好意的に感じられるものだったはずだ。ところがこのマンガは、突然ヒロインのレイプシーンを強行し、しかもその描写を延々と作品の中で見せつけるという強烈な展開を用意する。
有名な話だが、このレイプシーンへの読者の反発は相当なもので、反響は100パーセント苦情だったそうである。それはそうだろう。掲載誌の読者であるサラリーマン達は、「青臭くて真面目な新米サラリーマンが悪戦苦闘する」という感動話が欲しかっただけなのだ。彼らは営業マンの日常的な苦労をどんなにリアルに描かれていても、物語としては定型的なもの、安心できるものだけを望んでいた。だから「頑張る主人公」の恋人がレイプされるなどという驚愕の展開は彼らにとって全く必要ないのである。
しかし新井英樹はそれを描いた。なぜだろう。彼が読者に衝撃を与えて痛めつけることを目的として、わざとそういうものを描いているのだという人もいる。それはある意味正しいが、しかし彼は決して単に悪趣味でそういうものを描いているのではない。本当に物語がリアルであるならば、頑張る主人公の恋人がレイプされるような理不尽な恐怖だってあり得るのである。そして、真に物語であるならば、そんな現実を作中に持ち込んだからには最後まで逃げずに取り上げ、対峙していくはずである。読者の矮小なファンタジーをほどほどに満たしてやればウケるようなサラリーマン漫画というジャンルで、新井英樹はそのことをひたすら強烈に訴えようとしていたのだ。『島耕作』と共に掲載されながら。
文=さやわか
『定本 宮本から君へ /1(太田出版)』
著者=篠房六郎
価格:1480円
サイズ:B6判
ISBN:9784778320751
発売日:2009/01/17
出版社:太田出版
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さやわか ライター/編集。『ユリイカ』(青土社)、『Quick Japan』(太田出版)等に寄稿。10月発売の『パンドラ Vol.2』(講談社BOX)に「東浩紀のゼロアカ道場」のレポート記事を掲載予定。
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