web sniper's book review ツンデレという言葉が生まれたのは、 この漫画が描かれるためだったのだ! 『百舌谷さん逆上する/2(講談社)』 著者=篠房六郎 文=さやわか
勇次郎きゅんも登場し、怒濤の夏休みが始まる!! 46億年深化する第2巻!! |
『百舌谷さん逆上する』の第2巻が発売された。新たなキャラクターが登場し、一巻よりもさらに物語が進展して面白くなっている。篠房六郎は『空談師』(講談社)や『ナツノクモ』(小学館)などの長編ではオンラインゲームの世界を比較的シリアスな作風で描き続けており、短編でのコミカルなタッチはあまり見受けられなかったが、『百舌谷さん逆上する』は作者らしい猥雑さとパロディをふんだんに盛り込んだ長編ギャグ作品と言っていい内容になっている。ギャグマンガとしても質が高く、ページ内に結構な文字量を詰め込んだ小ネタ満載の秀逸な台詞回しなどは、同作者のコメディ作品の中でも白眉の面白さだと思う。
物語は「ツンデレ」が実在の病気として存在する世界。金髪碧眼のロリ美少女である百舌谷さんはツンデレに罹っており、他人に好意を持つと暴言を吐いたり狼藉を働くし、可愛い小動物を見れば発作を起こしてしまう。軋轢を回避するために彼女は他人が自分に優しくしてくれることを拒絶し、孤立している。いじめられっ子の樺島はブサイクであるが故に百舌谷さんから好意の対象として認められず、だからこそ百舌谷さんと親しくなれるのだが、殴りやすい下僕として扱われているうちに自分がドMの変態であることに気づいていく(ちなみに第二巻で『S&Mスレイバー』なる雑誌を河原で拾って読んだことでMに覚醒している)。
篠房六郎らしい、ひねくれたところが面白いラブコメである。流行としての「ツンデレ」という「萌え要素」は2007年までに落ち着いてしまった印象があるが、しかし篠房六郎はあえて2008年になってからこの作品を『アフタヌーン』(講談社)誌上に連載し始めた。「萌え〜」とか言っておけばスムーズに消費できるようになった定型化された「萌え要素」には、凄まじく複雑でややこしい人間心理が潜んでいることを確かに指摘している。例えば、「好意を素直に表現できない」ということは、あらゆる感情をあべこべに表わしてしまうのだという誤解を招いて、ひいては他人に一切の本心を伝えることができなくなってしまう。こんな性格では、本来なら恋愛などできないはずだが、そこにドMの樺島を配してラブコメに仕立て上げてしまうところがうまい。だが、あくまで明るいギャグ作品を維持しながらも、「ツンデレ」の真実だけでなく他人と心を通わせることはいかに可能かという、普遍的なテーマに接近しているのがいい。しかもであるが、そうやって物語を巧みに構成しつつも、百舌谷さんが「ツンデレ」のキャラクターとしてちゃんと可愛いのである。これはすごいことだ。
文=さやわか
『百舌谷さん逆上する/2(講談社)』
著者=篠房六郎
価格:560円
サイズ:B6判
ISBN:978-4-06-314546-5
発売日:2009/01/23
出版社:講談社
出版社サイトにて詳細を確認する>>
関連記事
日本語をめぐる認識の根底を深く揺り動かす書き下ろし問題作!
『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で(筑摩書房)』 著者=水村美苗
“ひとつなぎの大秘宝”を巡る海洋冒険ロマン!!
『ONE PIECE/52(集英社)』 著者=尾田栄一郎
破戒のリーサルウェポン……投下!!
『最後の性本能と水爆戦(ワニマガジン社)』著者=道満晴明
小田ひで次の最高傑作、上下巻同時発売!
『拡散 上・下(エンターブレイン)』著者=小田ひで次
「ワーキングプア」の真実がここに!!
『蟹工船 1巻(新潮社)』漫画=原恵一郎 原作=小林多喜二
たとえそれがウソでもホントでも、神様を名のるやつなんてみんな、絶対どこか変わってる――。
『かんなぎ/ 1(一迅社)』 著者=武梨えり
ゼロ年代を代表する最注目の若手論客による 日本の〈情報環境〉を検証する決定的一冊
『アーキテクチャの生態系 情報環境はいかに設計されてきたか(NTT出版)』 著者=濱野智史
私だって『青春』したい!! 神大寺サキ、高校では仮面かぶります!
『青春パンチ(上) (集英社)』 著者=小藤 まつ
叙情マンガ家・今日マチ子、待望の処女作
『センネン画報(太田出版)』 著者=今日マチ子
ちょっと変わったエッセイ漫画家の偏執的な不安
『生活 / 1(青林工藝舎)』 著者=福満しげゆき
一話完結形式で次々現れる制服美少女たち
『世界制服 / 1(小学館)』 著者=榎本ナリコ
豊穣な想像力とエモーショナルな描写
『大金星(講談社)』 著者=黒田硫黄
平坦な戦場で僕らが生き延びること
『リバーズ・エッジ 愛蔵版(宝島社)』 著者=岡崎京子
なぜこんなにも息苦しいのか?
『不可能性の時代(岩波書店)』著者=大澤真幸
いまの日本は近代か、それともポストモダンか?
『リアルのゆくえ おたく/オタクはどう生きるか(講談社)』著者=大塚英志/東浩紀
一生かかっても見られない世界へ。
『漫画をめくる冒険―読み方から見え方まで― 上巻・視点 (1)(ピアノ・ファイア・パブリッシング)』著者=泉 信行/イズミ ノウユキ
あゆ/郊外/ケータイ依存
『ケータイ小説的。“再ヤンキー化”時代の少女たち(原書房)』 著者=速水健朗
NYLON100%“伝説”の全貌を探る
『NYLON100% 80年代渋谷発ポップ・カルチャーの源流』 著者=ばるぼら 監修=100%Project
時代を切り拓くサブ・カルチャー批評
『ゼロ年代の想像力』 著者=宇野常寛 【前編】>>>【後編】
さやわか ライター/編集。『ユリイカ』(青土社)、『Quick Japan』(太田出版)等に寄稿。10月発売の『パンドラ Vol.2』(講談社BOX)に「東浩紀のゼロアカ道場」のレポート記事を掲載予定。
「Hang Reviewers High」 |