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NYLON100%“伝説”の全貌を探る

『NYLON100%
80年代渋谷発ポップ・カルチャーの源流
(アスペクト)

著者=ばるぼら
監修=100%Project


文=さやわか


カフェ『NYLON100%』に集った著名人の証言と詳細な資料を軸に、当時のエピソードやその感性の源を訪ね、80年代、時代と共に「趣味」からやがて「娯楽」へと移りゆく日本のサブカルチャーの起源を辿るエンサイクロペディア大全。
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ばるぼらによる『NYLON100%』は、彼の著作はいつもそうであるが、読めば誰もが「よく調べたなあ」と嘆息せずにはいられないような大著だ。

NYLON100%とは1978年から86年まで渋谷にあった「日本のニューウェーヴの発信地」とまで呼ばれた喫茶店である。プラスチックス、ヒカシュー、P-MODEL、ゲルニカ、ハルメンズなど、日本のニューウェーヴを代表するそうそうたるユニットがライブを行ない、同時に客としてこの店に訪れていたという、これはまさに「伝説」の喫茶店だろう。実際、巻頭や巻末に付加された年表を見るだけでも、その「伝説」のすさまじさを目の当たりにすることが可能である。

しかし、どんな本でも、ばるぼらがその著作で行なうのは、決して歴史的資料を蓄積して、それを年表として並べ立てることだけではない。彼はしばしば、さまざまな事柄についてあまりに入念な資料収集を行なうために、彼がよほどにその対象に思い入れがあるのか、あるいは情報をアーカイブすることのみを目的にしているのではないか、と思ってしまう読者が少なからずいる。だが、そのような見方はばるぼらの仕事を正確に指摘しているとは言えないだろう。彼が膨大な資料から年表を製作することで読者に雄弁に語ろうとするのは、その年表の行間に込められた人々の動き、ムーブメントの躍動、そのときその場所において過ぎ去っていってしまうシーンの姿そのものなのである。

ばるぼらは本書のプロローグとして、「本書の目的はこの”伝説”の正体を暴くことだ」とはっきり書いている。
「伝説」という分かりやすい言葉によって閉ざされてしまうブラックボックスなどではなく、人間の営みによって、本当にそこで行なわれたという動かざる事実の記録から、当時そこにいた者たちの証言から、そこから立ち上がる物語をこそ、彼は綴ろうとするのである。

実際、ばるぼらの行なった膨大なインタビューによれば、この喫茶店は、「伝説」の名を冠されるには意外なほどに、どの時期のお客達にとっても気さくな店であり、敷居の高さなどなかったということが何度も強調される。パンクムーブメントの到来と共にオープンし、やがて日本のニューウェーヴを代表するスポットとなり、やがてブームが去って静かに閉店するまで、「伝説」の店は実のところ、いつも人々にとって気兼ねなく使える、ただの「場所」であり続けた。真っ白な内装を持つ店内は、同様に何色にも染められていない、未成熟な才能の塊である若者たちを気安く受け入れ、そして彼らの交点としてのみ働いた。そこからムーブメントは生まれたが、場所がムーブメントを起こしたわけではない。ただ、この場所は、当時何かを行なおうとしていた人々の交点として、その役割を忠実に果たしたのだ。NYLON100%とは、そんな日本のニューウェーヴの美しい青春を彩った店だった。そして様々な人が通ると共に真っ白だった店内は次第に薄汚れていき、すべての人が通り過ぎた後で、場所はふっつりと役割を失い、閉じていく。

ばるぼらが記したのはそういうことである。その物語はとても美しく、時に涙を誘うほど切ない。だから、この本はもちろん日本のニューウェーヴ史に興味のある人に読んでもらいたいが、それだけでなく、あるムーブメントの起こりと、移り変わっていくワクワクしたムード、やがてそれが終わっていく寂しさ、そしてそれらすべてが本当に過去の日本で行なわれていたのだという静かな衝撃、そんな儚い物語を求める読者に、ぜひ手にとってもらいたい。すべてを読み終えたとき、再び巻頭の、そして巻末の年表を眺めてみよう。そこには、読む前には見ることのできなかった、行間に込められたたくさんの物語たちが溢れ出してくるだろう。まるで映画のスタッフロールのように淡々とした文字の羅列から流れ出す静かな余韻こそ、ばるぼらが本当に読者に経験させようとしている、この美しい物語の核なのだ。

今、NYLON100%のように、人々の交点として息づいている店はどこかにまだあるだろうか。自分は、何かのムーブメントに接することができるだろうか。街に出て、たった今何かが起こっているどこかを探し求めたくなる。これは、そんな気分にさせられる本だ。

文=さやわか


『NYLON100% 80年代渋谷発ポップ・カルチャーの源流 (アスペクト)
nylon100_s.jpg

著者=ばるぼら
監修=100%Project
価格:2,520円
ISBN:978-4-7572-1449-1
初版年月日:2008年8月1日
発行:アスペクト

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sayawaka_prof.jpg さやわか ライター/編集。『ユリイカ』(青土社)、『Quick Japan』(太田出版)等に寄稿。10月発売の『パンドラ Vol.2』(講談社BOX)に「東浩紀のゼロアカ道場」のレポート記事を掲載予定。

「Hang Reviewers High」
http://someru.blog74.fc2.com/

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08.08.24更新 | レビュー  >