web sniper's book review あゆ/郊外/ケータイ依存 『ケータイ小説的。 “再ヤンキー化”時代の少女たち(原書房)』 著者=速水健朗 文=さやわか
コミュニケーションという地獄を生きる少女たちの文化と生態をケータイ小説から読み解いてみると……。浜崎あゆみ、NANA、郊外型ショッピングモール、携帯メール依存といったケータイ小説の「元ネタ」を探究すると、現代の若者たちの文化と生態が明らかに! |
「日本人の血からヤンキーとファンシーは絶対に消えない」と言ったのは故・ナンシー関だが、実際のところ「ヤンキー」は90年代以降、我々の目の前から次々に消えていった。都市部の高校制服の多くは清潔感漂うブレザーに移行し、そもそも学ランを着た典型的なヤンキースタイル自体がほとんど絶滅寸前となっている。日常的な中高生の姿としてのヤンキーはリアリティを喪失し、メディアにおいても登場しないようになる。最も顕著なのは漫画やアニメなどのフィクションで、ここ数年は週刊漫画誌などに定型的な「番長」キャラなどが登場する作品があっても、その存在はほぼ非日常的なファンタジーとしてしか捉えられることがない。ヤンキーは日常から切り離され、今や現実からほとんど完全に駆逐されてしまったかのようにすら見える。
しかしもちろん、ナンシー関の言うように、日本人の血からヤンキーが全く取り除かれた訳ではない。単に80年代までに支配的だったヤンキーのスタイルが失効しただけで、ヤンキー自体は形を変えてゼロ年代に生き続けているのだ。速水健朗は『ケータイ小説的。――“再ヤンキー化”時代の少女たち』の中で、現在に「ヤンキー文化」を継承したものとしての「ケータイ小説」を提示する。速水はケータイ小説が不幸な過去(トラウマ)を回顧するモノローグという形式を多く用いることに着目し、ヤンキー向け雑誌『ティーンズロード』の読者投稿欄に同じような不幸な恋愛や自分語りの構図を見出す。同時に、藤圭子や山口百恵、中森明菜、安室奈美恵など自身の不幸な生い立ちを隠さずに歌う「笑わない歌姫」の系譜の最新世代に位置する浜崎あゆみを取り上げ、彼女の歌詞がケータイ小説からしばしば参照され、内容的に多く類似する作品があることを指摘する。
つまり速水の主張に従えば、ヤンキーは絶滅したのではなく、ティーンズロードの投稿欄からケータイ小説へ、中森明菜から浜崎あゆみへ、形を変えて継承されたということだ。同時にこの主張は、80年代の尾崎豊的な外部への反抗から、90年代以降は自己の内面への対峙というモードにヤンキー文化自体が変質していったということも示唆する。この議論の展開には非常に納得できるものがある。
我々はケータイ小説を読もうとするとき、従来の文学からあまりにも離れた形式と内容のせいで、どんな読者層があるのか、なぜこれらが消費されるのかを考えるまでもなく、全く文学として扱わず取るに足らないものとして捨て去ってきた。しかし速水は、これだけ盛況を極め、消費されている一群の作品を無視することこそが批評の停滞に他ならないという強い意志を持って、ケータイ小説の分析を進める。ケータイ小説は、いわば単に従来の批評が語れないからというだけで文学ではないという烙印を押されてきたのだ。速水は、これまでの文学とは全く違った場所と読者層によってケータイ小説が受容されているのだということを熱心に主張し、そこに批評のスポットを当てる。それらが文化的背景として持っているものは、従来の文学とは全く違う、浜崎あゆみなどのJポップや『NANA』のような少女漫画、そして「ファスト風土」と揶揄されるような大型ショッピングモールが建ち並び地域固有の伝統的な風景を剥奪され均質化された地方郊外の姿だ。速水はケータイ小説とはそうした文化的背景でこそ消費される「新しい文学」であるとする。そして、均質化された郊外と、そこに息づく新しいヤンキー文化に実直で誠実な目を向けられない我々に対しては、「現代人の生活を映し出すケータイ小説を良識ある大人たちが嫌悪する様も、まさに自己嫌悪のようなものである」(本書160ページ)と厳しく指摘するのだ。
速水はケータイ小説について誠実で真摯な姿勢を採ることで新たな文学を見出すことに成功すると同時に、現在に息づくヤンキー文化の実像を、そしてファスト風土化された後の郊外を生きる人間の姿を鋭く抉り出すことに成功している。ケータイ小説自体の売り上げは以前に比べれば落ちているという話も聞くが、本書は単にケータイ小説に対する評価だけでない、現代社会を読み解くための批評的達成があるのだ。
文=さやわか
『ケータイ小説的。“再ヤンキー化”時代の少女たち(原書房)』
著者=速水健朗
価格:1,575円
ISBN:4-562-04163-3
初版年月日:2008年6月10日
発行:原書房
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さやわか ライター/編集。『ユリイカ』(青土社)、『Quick Japan』(太田出版)等に寄稿。10月発売の『パンドラ Vol.2』(講談社BOX)に「東浩紀のゼロアカ道場」のレポート記事を掲載予定。
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