web sniper's book review “ひとつなぎの大秘宝”を巡る海洋冒険ロマン!! 『ONE PIECE/52(集英社)』 著者=尾田栄一郎 文=さやわか
天竜人を殴り海軍に追われる麦わらの一味! 続々と送り込まれる戦力に対し、巻き込まれたルーキー達も大苦戦! 更に大将“黄猿”も上陸し、島は火の海と化す…。 |
年初なので昨年のコミック一般についてつらつらと考えていた。
毎年、年末になると「このマンガがすごい」だの「読め」だのと喧伝する本が発売される。ああいう本には、ようするに年間で一番面白いとそれらの本が主張したいマンガがリストアップされて載っているわけだ。しかしもちろん、それらの本に載っている本を読めば必ずあなたが満足するとは断言できない。だからあなたはそういう本に対して「つまんねーマンガばかり薦めているインチキな本だ」と言うこともできる。しかし、そんなことをしても、まあ意味はない。なぜなら、誰しもにとって面白いマンガを掲載することなどおよそ不可能なことだからだ。仮にそれらの本にあなたが面白いと思えるマンガが載っていたとして、あなたはそれで満足するかもしれない。しかしそのマンガは、他の誰かにとっては満足のいくものではないかもしれないのだ。あなたはそのとき「こんな面白いマンガを読んで満足できない奴はセンスがおかしい」と言うことができるだろうか。自分がつまらないと思ったマンガに対して、誰かがあなたと同じことを言っているかもしれないのだ。
まあ要するに、今や人の嗜好は色々なので、「このマンガがすごい」だの「読め」だのと言っている本だって、一定の嗜好を持った読者層に向けて作られているということは否定できないのだ。だから、ああいう本に「今年面白かったマンガはこれだ! マストバイ!」みたいなことが書いてあっても、自分の好みに合わないなら無視してもいい。どうも勘違いしている向きをしばしば見かけるが、ブックガイドというのは読むべきものを教えてくれるのではなく、一つの指針に過ぎない。「すごい」だの「読め」だの言っているのは、何かの基準に基づいてそういうことを言ってるんだろうから、ご意見はご意見としてひとまず拝聴して、あとは放っておけばいい。メディアというのはそうやって使うべきである。選ぶための指標に過ぎない。たとえ彼ら自身が選ぶ役割を買って出たとしても、その言葉を鵜呑みにしてはいけない。最終的に選ぶのは常に自分である。だから「こいつが褒めるなら自分には合わないだろう」という選択の採りようだってあってしかるべきなのだ。
だから義務感を感じながらメディアの薦めるものを追い続ける必要はないし、かといってメディアが薦めているものは総じてくだらない、唾棄すべきものばかりなのだと鬼の首でも取ったかのように吹聴する必要もない。本に限らず、音楽でも映画でもゲームでも、何でもそうだ。だから例えば「ファミ通」(エンターブレイン)のクロスレビューにイチャモンを付けてうれしそうにしている人とかは、あまりやっていることが思慮深いというわけではない。まあ巨大メディアを批判する俺様ゴッコが好きなのかもしれないが。
個人的には2008年にはジャンプのマンガが面白かったと思うのだ。島袋光年「トリコ」が面白かったし、松井優征「魔人探偵脳噛ネウロ」が面白かったし、デスノートのコンビが作った「バクマン。」も面白かったと思う。しかしブックガイドにこれらの作品はほとんど載らない。
その理由は理解できる。ブックガイドがマンガに対して真に誠実であるならば、今年を象徴する特記事項としてジャンプの作品が面白かったのだという事実を盛り込むべきなのかもしれない。しかしあれらのブックガイドは別段マンガ年鑑でありたいわけではないのだ。ああいう本は、手に取った人が知らないであろう作品をレコメンドするのが目的なのだから、「今年はジャンプのマンガが面白かったです」では格好がつかないのだろう。それで、ああいう本は次々と新作マンガを持ち上げては、次の年には別の作品へと移行していく。どんどんどんどん青田買い的に、単行本がまだ数冊しか出ていないような作品ばかりを取り上げていく。そういうものだ。
だから年間のブックガイドに載っていないからと言って、ある作品に価値がないわけではない。でないと、長期連載されている作品は総じてつまらないということになってしまう。そんなわけはないのだ。ということで2008年の「ワンピース」(尾田栄一郎)は本当に面白いと思う。この作品はジャンプのマンガだし、しかももうずいぶん長いこと連載をしている。ブックガイドには全く載せる必要もないような作品である。しかしシャボンディ諸島編に入ってからのこのマンガは、作品の序盤で出されていた伏線が次々に回収され、かつ魅力的な新キャラクターが惜しげもなく次々に投入されて、とても見逃せない展開になっている。
こういう作品はブックガイドにもてはやされないでもじっと面白くあり続けられる。載らずに面白いままでいるということはある種カッコいいことだ。王者の貫禄を感じさせる。だからこういう作品はブックガイドに載らなくても構わない。しかし誰かが言わなければ、2008年のこの作品が面白かったのだという事実は残らない。それはつまらないことだ。そこで「ブックガイドが載せるべきだ」と言ってダダをこねるのはやっぱりお門違いだ。「このマンガがすごい」とか「このマンガを読め」と、自分で一生懸命言わなければならない。「今や人の嗜好は色々である」と言うのは易いが、とどのつまり案外と面倒な時代なのである。
文=さやわか
『ONE PIECE/52(集英社)』
著者=尾田栄一郎
価格:420円
出版社:集英社
ISBN:4088746023
発売日:2008/12/4
出版社:集英社
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