web sniper's book review 破戒のリーサルウェポン……投下!! 『最後の性本能と水爆戦(ワニマガジン社)』 著者=道満晴明 文=さやわか
『COMIC快楽天』の異端児・道満晴明が放つ3年半ぶりの最新コミックがついに完成! YOUを想像のはるか彼方へといざなう、エロティックかつソウルフルな短編読切をこれでもかと詰め込んだ傑作集。珠玉の摩訶不思議メルヘン全32篇が巻き起こす興奮と戦慄の嵐に蜂起せよ!! |
『快楽天』(ワニマガジン社)を中心に執筆し、一部で熱狂的な人気を博する道満晴明の3年ぶりの単行本。最近同誌に掲載されている妙味溢れる『らき☆すた』二次創作(と言っていいはずの)作品である『ぱら☆いそ』は収録されていないが、しかし十分に読む価値のある短編集である。
今作にはセックスシーンはあるものの「成年コミック」マークが入っておらず、つまり成人向け扱いではない。そもそも彼の作品はどれだけエロいシーンを書こうが読者が性的な興奮を喚起することが難しいものばかりであると言っていいだろう。収められた作品たちはいずれも乾いた空気感とどこか陰鬱な調子と不条理に満ちていて、全く読後に不安を植え付けられるものばかりである。せいぜい数ページ程度と短い各話の中で(おかげで、一冊の中に全部で30もの短編が収められている)、登場人物達は何となく思いつきのように交合し、身体が突然変異を起こし、事件に巻き込まれ、時に死んでしまう。すべてはあまりにあっけなく起こり、原因の説明や事態の解決はほとんど行なわれない。そのテイストレスな語り口に、やけに引き込まれてしまう。道満晴明とはそういう魅力を持った作家である。
しかし、漫画において、とりわけエロ漫画において不条理劇が繰り広げられるのは決して珍しいことではない。80年代のロリコン漫画ブームに『少女アリス』(河出書房新社)などで活躍した吾妻ひでおを挙げるまでもなく、不条理な環境に少女が迷い込む、時として性的な要素を持った漫画はごくありふれたものではある。たしかに『快楽天』のようなコンビニでも手に入るメジャーな雑誌に掲載されるには目を惹くものではあるが、だからといって特異なものとして扱ってしまってはこの作家の本質を見誤らせることになる。つまり、道満晴明の独自性は単に不条理なエロ漫画を描いているところにあるのだとは言えない。彼の作品の面白さを知るためには、それが他の不条理エロ漫画とどう異なっているのかをつぶさに見ていくべきだろう。
面白いのは、彼の作品では単に不可思議なことが起こるわけではなく、背後に何らかの詳細な設定の存在を感じさせることがあることだ。しばしば巨大な物語の一部のような、それでいて全く外部を持たない物語の断片のようなストーリーが穏やかに狂いながら展開される。はっきりと何らかの物語が背後で演じられていながら、メインキャラクターは全く関与せずに、それはそれとして、もっと小規模な、どうでもいいようなよしなしごとを演じて話が終わってしまうことすらある。
ここが面白い。背後に見え隠れしているのは、どうやら常に類型的なアニメやコミック、あるいはゲームの世界なのである。登場人物のキャラクター設定がはっきりとそこに準拠していることすらある。キャラたちは虚構であることを前提として生を与えられ、しかしその張り子のような世界の中で遊離してしまっている。そのことが不条理として働いている。これらの物語たちは、かつての不条理劇が意図したように読者の生の本質を描こうとしたりはしない。あらかじめ虚構の世界で、物語から引き剥がされたキャラクターたちが、強い目的を失ってぼんやりと過ごしている。それが道満晴明の見せる、新しい不条理世界なのだ。
文=さやわか
『最後の性本能と水爆戦(ワニマガジン社)』
著者=道満晴明
商品番号:70112
定価:987円(本体 940円)
発売日:2008年12月10日
出版社:ワニマガジン社
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さやわか ライター/編集。『ユリイカ』(青土社)、『Quick Japan』(太田出版)等に寄稿。10月発売の『パンドラ Vol.2』(講談社BOX)に「東浩紀のゼロアカ道場」のレポート記事を掲載予定。
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