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小田ひで次の最高傑作、上下巻同時発売!

『拡散 上・下(エンターブレイン)

著者=小田ひで次


文=さやわか



孤独な少年・東部克彦は、自らを繋ぎとめておくことが出来ず、世界中に“拡散”する現象に翻弄されている。幼馴染みの瀬下あざみは克彦を必死にとどめようとするが……。アフタヌーン誌に年に1話ずつ掲載され、6年かけて完結した傑作が、ここに復活!
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小田ひで次は寡作だ。それはそうだろう。あれだけの入念な描き込みがなされる絵柄と深遠さを湛えた物語は、月刊連載レベルで描き続けることのできるものではないように思う。少なくとも、生き馬の目を抜く勢いの週刊・月刊誌によく見られるようなものではないだろう。しかし出世作となった『拡散』が掲載された頃の『アフタヌーン』(小学館)誌は、このようなイレギュラーな作家や作品を大切に掲載し続けるような雑誌だった。まあ別に今の同誌からその姿勢が失われていると言いたいわけではさらさらないが、しかしこの雑誌はわずか7話のこの物語を6年を費やして完結させることを許している。それが採算の取れることであるかということを読者は考える必要がないから、この希有な姿勢を素直に賞賛しておくべきだろう。

ともあれ『拡散』がメジャー誌にはあまり見られない作風であることは疑う余地のないところだ。世界に生きがたさを感じた少年が身体を保つことができなくなり、霧のようになって拡散し世界中に遍在してしまうという物語自体が、哲学的と言ってもいいような観念的で内省的な雰囲気を持ったものになっている。しかし今回復刊したこの作品を読み直してみると、この主題はストレートな成長物語そのものとして読むことができるという印象の方が強かった。しかも、世界の理不尽さに耐えることができない少年が死を選ぶことも生に立ち向かうこともせず拡散し10年間も放浪してしまう様は、ドラマを描くことに逡巡しながら6年間苦闘した漫画家の姿にぴったり重なるものだ。だから最後に訪れるドラマティックな帰結は主人公のものであると同時に、作家がそれを描けた、物語を掴むことができたというゴールとしてあるものだ。もっとも、作者があとがきで述べているように、それはこれまでの自分を清算してしまうことであり、その先で作品を作っていけるかどうかという新たな課題を生み出すものではあったが、デビュー当時の前衛的な作風の漫画家がどのようにして物語を捕らえていくかという課程として、この物語はとても美しい。

しかし小田ひで次はいつもそうだが、アウトサイダーのセンシティブさを描きつつも、同時にその人の「ダメさ」を描き切っている。『拡散』における少年も見方を変えれば再三さまざまな少女達に生に立ち向かうべきだと追い立てられ、ぐずぐずし、ただダラダラと何となしに状況に流されていっていると言っていいのである。小田ひで次は決してそのことを隠そうとしない。彼はダメ男を描くのがうまいのだ。彼の描き方はドロップアウトしてしまう人を単にセンシティブなものとして描くよりもずっと真に迫っている。人間が生きることに迷ったり、生きる希望を得たりする姿は、別段きれいなものである必要はない。世の中が汚いと言う若者は、別に彼自身が美しいからそう思うわけではないのである。小田ひで次は絵柄や観念的な台詞の多さから、どこかファンタジックで清廉な作風であるようにも思われがちなように思う。実際、昨年『ミヨリの森』(秋田書店・2003年)がアニメ化されたのもそのような作風が求められてのことなのかもしれない。しかし彼の作品にはむしろ人間の内面を清濁合わせて正しく描こうという意志があるし、またそれは見事に成功しているのだ。だから読者にはどうか『拡散』を、ただの観念的で哲学的な、高尚さを求めた作品だと思って欲しくないものである。この作品は、ボンヤリした若者がダラダラと生きることに迷う姿を正しく描いているのだから。

文=さやわか


『拡散 上(エンターブレイン)

著者=小田ひで次
ISBN:978475774528
価格:798円(税込)
発売日:2008年11月28日
出版:エンターブレイン


出版社サイトにて詳細を確認する>>
『拡散 下(エンターブレイン)

著者=小田ひで次
ISBN:9784757745292
価格:798円(税込)
発売日:2008年11月28日
出版:エンターブレイン


出版社サイトにて詳細を確認する>>


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sayawaka_prof.jpg さやわか ライター/編集。『ユリイカ』(青土社)、『Quick Japan』(太田出版)等に寄稿。10月発売の『パンドラ Vol.2』(講談社BOX)に「東浩紀のゼロアカ道場」のレポート記事を掲載予定。

「Hang Reviewers High」
http://someru.blog74.fc2.com/

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08.12.21更新 | レビュー  >