web sniper's book review 日本語をめぐる認識の根底を深く揺り動かす書き下ろし問題作! 『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で(筑摩書房)』 著者=水村美苗 文=さやわか
豊かな国民文学を生み出してきた日本語が、「英語の世紀」の中で「亡びる」とはどういうことか? |
この本は去年の秋くらいに、梅田望夫がブログで取り上げたとか、そのブログのコメント欄やブックマークでの評価のされ方がいい加減だとか、いやいやこの本の主張自体がやっぱり杜撰なのだとかで、やけに話題になっていた。実際読んでみると批判される所以は分からないでもない。本書には評論書として備えられるべき程度の論理の積み上げがなく、また現代の日本文学に対する理解もない。この本は要するに近代日本文学にあった言葉をこそ「日本語」として定義しているが、それだけが正統であり、それ以外の言葉を唾棄すべきだとするための説得性が作られていない。一読者としては、これが作者の愛する日本語だけを擁護して他の日本語をおしなべてクズ扱いする本であったところでいっこう構わないのだが、どうも素直に作者の持論に納得させられるような内容になっていないわけである。だからこの本は批判されうる。
しかしまあ、熱意は伝わる。賛同できなくとも、作者が近代日本文学へ強い憧憬を抱き、その言葉の復権もしくは存続を願ってやまないのだということは分かる。ただ、その正当性を担保するための論理的な言葉が欠けているのだなあと思わされるだけだ。そもそもこの本は評論書であるかどうかも怪しい。作者の体験や個人的な感情についての記述にずいぶん紙幅を割いているのだから、むしろこれは一小説家の書いた思索的なエッセーだと思えば十分に読めるし、むしろ豊かな文章表現の楽しめる本である。
騒動をややこしくしたのは、我々がこの本を思索的なエッセーではなく、なにがしかの真実を探求した評論書であるかのように捉えてしまったことだろう。読んでさえいれば、この本が評論としては十分な形になっていないことはすぐに分かるはずなのだ。どだい、「大衆消費社会の中で流行る文学」について「確率的には、つまらないものが多い」(235ページ)などと漠然とした印象を語ってしまう本を、評論であると思って読む方が難しい。個人的には、たとえ作者が評論を意図して書いたとしても、このようなエッセー的に書かれた文章に対して「作者に現代日本文学に対する理解が足りない」等と言っても詮無いことのように思う。あるいは「日本語が亡びる」というセンセーショナルなタイトルが、本書は一般性のあることがらを扱っているというように見せてしまうのかもしれない。しかしタイトルに何と書いてあろうが、一読したならば前述したように本書での「日本語」とは「近代日本文学」のことであると分かるので、つまりネットで憤った人の多くはこの本を読まずにタイトルだけに煽られてしまったのか、または読んだにもかかわらずそこが理解できていないということになってしまう。それは本書の主張が杜撰であるかどうかとは無縁に、少なくとも本書の作者の現代日本文学に対する無理解と同程度には評価できないことではなかろうか。この本の例に限らず、むしろ誇らしげに「自分はこんな浅薄な本は読まない」と言いながら批判を繰り広げる人すら、しばしばいる。彼らがなぜ作者よりも見識張ることができるのかはとんと謎である。彼らは、日本語はともかく、何かを亡ぼした後に生きているのかもしれない。
文=さやわか
『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で(筑摩書房)』
著者=水村美苗
価格:1890円
出版社:筑摩書房
ISBN:9784480814968
発売日:2008/11/05
出版社:筑摩書房
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さやわか ライター/編集。『ユリイカ』(青土社)、『Quick Japan』(太田出版)等に寄稿。10月発売の『パンドラ Vol.2』(講談社BOX)に「東浩紀のゼロアカ道場」のレポート記事を掲載予定。
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