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『ディスコ探偵水曜日(新潮社)

著者=舞城王太郎


文=さやわか



迷子捜し専門の米国人探偵・ディスコ・ウェンズデイ。あなたが日本を訪れたとき、〈神々の黄昏〉を告げる交響楽が鳴り響いた――。 「新潮」掲載+書下ろし1000枚。二十一世紀の黙示録、ここに完成。  
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遅ればせながら舞城王太郎が昨年出した新作を読んだ。この小説は素晴らしく面白い。凄まじいページ数であり、筋書きは衒学的なイメージが渦巻く複雑なものだが、しかしまるで音楽、たとえばフリージャズのようだと言ってもいいかもしれないようなドライブ感でもって、一気に読み通せる。難解だが、難読ではない。読者に小説を読むということの快楽を与えてくれる。

主人公であるディスコ・ウェンズディの巻き込まれる数奇な事件の裏側で通底和音のように語られるのは、虚構とは?小説とは?現実とは?リアリズムとは?ということだ。フィクション性の象徴として登場する「名探偵」たちは推理合戦において各々にとっての正解を導き出し、一つの事件に対して十二通りもの解決が示される。それらはすべて正しく、しかし同時に間違えている。それが正解であるのは謎解きがなされた瞬間においてのみで、別の探偵にとっては、または最上位に位置する現実にとっては、または「ディスコ探偵水曜日」という小説全体においては、不正解となってしまう。しかしあらゆる現実やフィクションにおいて正しいと呼べるような正解とは何によって担保されるのだろうか? なぜ我々は小説に書いてある出来事を本物らしいと思ったり荒唐無稽だと思ったりするのだろうか? 小説の筋書きがすべての伏線を回収するならば、それはむしろリアルなことなのだろうか?

物語は上巻の最後にディスコ自身が謎解きを行なってから、ゆっくりと読者をリアリズム以外のものによって成り立った記述を信じるように誘導していく。推理小説の謎解きが確からしかったのは、それが現実的だったからなのか、論理的だったからなのか。論理的であれば記述を信じることのできる読者は、では記述が論理的でなくてもいいということを論理的に示されれば、根本的には荒唐無稽なでっち上げであるフィクションというものを、ひいては文学が過去に捉えていた愛や人生という巨大なテーマを信じることができることだろう。舞城王太郎が読者を誘導しようというのはそこである。

その試みは確かに成功している。しかし、その成功は果たして何にとっての成功なのだろうか。ミステリのような「大衆向け小説」のプロットを用いて、ネット的にこなれた口語体をラディカルに採用して、読者をフィクションそのものへと近づけていく。それはつまりポピュラリティを旗印にした戦略だ。しかし、にもかかわらずその意図は純文学のフィールドへ向けられている。ジャズのようだというのもむべなるかなというところで、これは大衆文化に批評に耐えうる強度を与え、しかも最終的には普遍性を訴える美しい芸術作品にはなっているけれども、しかし例えば僕の母に「この小説が面白いからぜひ読んでくれ」と言ってあげられるような本ではない。ポピュラリティに目を配り、普遍性の高みへと手を伸ばす作品でありながら、実際にはこれは既に文学というものに深い関心を持つ読者だけに向けられている。業界的な文学界にではなく文学そのものに奉仕しようとする作品であり、その姿勢と実作の豊かさには本当に感動する。しかし、作者がそれで潔しとするのかどうかは、ちょっと分からない。

文=さやわか


『ディスコ探偵水曜日 上 (新潮社)

著者=舞城王太郎

価格:2100円(税込)
判型/頁:四六判変型/622頁
ISBN: 978-4-10-458003-3
発売日:2008/07/31
出版社:小学館


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「Hang Reviewers High」
http://someru.blog74.fc2.com/

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09.03.01更新 | レビュー  >