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刺青美人画の巨匠・小妻容子の30年余りにも及ぶ
門外不出の禁断の絵画、その封印を解く。

『小妻容子秘画帖 豊艶の濫り(大洋図書)
著者=小妻容子
文=相馬俊樹

恐るべき美を讃える,恐るべき美の匂い。 太古の記憶を喚びもどすふくよかな女体の豊かな表情。 過剰なまでにデフォルメされた肉付き、 巨大化された乳房、その包容力は、 我々を自堕落的で耽美な世界へ誘うだろう……。刺青画で知られ、国際的にも「緊縛世界の北斎・歌麿」と絶大な支持を得る画家・小妻容子が密かに描き溜めた豊満女性画が、豪華原画集として初めて公の場に!
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こぼれ落ちそうな巨大な乳房、たるんだ肉の積み重なりで異様なまでに膨れた腹、圧倒的なボリュームで迫りくるダイナミックな尻、その尻を支えるにたる肉棒のごとき腿……女の体のあらゆるエロティックな部分が欲望のなすがままデフォルメされ、ぎりぎりのバランスで崩壊を免れたみだらな肉の彫像として、濃密な官能の香りを絵の外にまで匂い漂わせている。

三十をとうに越した、いや、ときには五十代とも推測される熟女や人妻を扱ったエロ本を見れば即座にわかることだが、他人に見せることを特別意識しているわけでもない彼女らの実際の裸体は、当然のことながら、小妻氏の見事に豊満な女性の体とは大きく異なる。写真の女たちの裸は臀部がグロテスクに垂れ下がり、ときに妊娠の痕跡が生々しく腹部に刻まれているが、それはむしろ、幾度も繰り返された性的労働のために疲弊しきった淫奔な肉体の廃墟のごとくであり、苦悶する肉塊が過度の快楽に悲鳴をあげているようにみえることすらある。崩壊と腐敗へ一直線に突き進んでいる、そんな風にもみえるのである。






一方、小妻氏描く年増女の裸体は腐る寸前の芳しく美味な果実のようで、崩れそうでいて崩れない微妙なバランスを維持する。それは、現実の裸(ネイキッド)を望むべき理想的形態(ヌード)へと変形させる氏の手腕によるのであろう。そして、このバランス感覚こそが写真の熟女の裸体には欠けていたのである。

小妻秘画の中の女たちは、ルーベンスやレンブラントの描く女性像のように甘美な白い肉の衣装におおわれ、あたたかな柔肌の感触を伝えてくれる。絵を見る者はぷよぷよのやわらかい女の肉の波にのまれ、その中に深く埋まって惑溺する錯覚に陥るのではなかろうか。あたたかい肉の絨毯にまみれ、心地よく包まれながら、ついにはとろけるような女の体内に溶け込んで一体化してしまう妄想にとらわれるのではなかろうか。

それほどまでに小妻氏の描く女性は、豊かな肉の魅惑を誇示する。ときに、その姿は畸形的なまでにデフォルメされ、運動に障害がでてきそうなほど、自らのたるみきった肉の重さで動けなくなりそうなほどである。とはいえ、一般的にみれば怪物的ともいえるこの現実離れした姿も、やはり画家にとっては女体の理想的形態のひとつなのであろう。画家のエロティックな欲望の湧出が、常軌を逸した女の体型を生み出してしまったのかもしれない。




かつて、十六世紀後半の反プレイヤッド派フランス群小詩人のひとりクロード・ビネは、このエコールのエロティックな詩を集めた『デロシュ婦人の蚤』(一五七九年)と題した詩選集のなかで、自分が蚤になって広大な楽園のごとき貴婦人の体の上を縦横に動き回りたいという、神秘主義的女性崇拝の夢想を歌った。あるいは、かのボードレールもうら若い巨大な女の乳房の陰で眠りたいという巨女願望を『悪の華』所収の一遍の詩で表明している。ビネのほうは自らが縮小し、一方ボードレールのほうは女が巨大化するわけだが、大きな女の肉体にうずもれてしまいたいという点ではどちらも同じであろう。渋澤龍彦氏によれば、この欲求はおそらくは人類とともに古いものということらしいが、小妻氏の今回の秘画帖に収められたほとんどの作品においてもこれが重要なテーマのひとつになっていると思われる。




画面一杯に描かれた過剰に豊満な女たちすべてが、壮大なスケールでこちらに迫ってくる。一方、大柄な年増女にいやらしく絡んでいたり、彼女を責め立てていたり、淫らな行為に及ぼうとしていたりする男たちは若干小さく感じられ、まるで母の周りに纏わりついていたずらをする子供のように見えなくもない。彼らははるかいにしえの大母神にしがみつき、その周囲で戯れる男性の子神を髣髴とさせる。

実のところ、小妻氏の裸婦たちはいわゆるスタイルのよい美人というわけではなく、乳房と腹部と臀部が強調された「ヴィンレンドルフのヴィーナス」のような太古の母神像にはるかに近いのである。どちらかといえば、それは不格好な体型といえよう。だが、彼女らはやわらかな肉の鎧で装備された母神のごとき存在なればこそ、どんな過激な責めであっても受け入れてくれるという包容の感覚を男性に抱かせるのかもしれない。そして、いきすぎた性戯に困り果てた人妻風中年女性の表情が、またなんとも淫靡な様子でそそるのである。

様々な責めのなかでも、やはり、特に太った体型と相性がよいのは縄責めであろうか。体のいたるところをきりきりと締め上げ、絞り上げる醍醐味は豊かな女体ならではである。白い肉に縄がくい込み、おおいかぶさるように縄を隠しながら、互いにぴったりと吸いついていく光景は実にエロティックで圧巻である。

太い縄で幾重にも縛られた裸体は、乳房やら腹部やらに饅頭のような肉の塊をつくり、いまにも縄の間からこぼれ落ちそうである。縄によって腹部に形成される大きめの肉饅頭や絞り上げられた乳房は、縄の責めだけでなく、重力の責めも受けながら下方へと引っ張られ、ぐんにゃりと奇妙に変形される。まるで女が重力にも犯され、いやらしく身悶えているようである。






小妻氏の作品では、重力が女体に及ぼすエロティックな作用の表現は絶妙で、それが最も功を奏するときには、垂れ下がる肉の房をいくつも付着させた異様な肉塊が出現する。それは、通常の裸体とはくらべものにならないくらいみだらである。ここまでくると、縄によって女性の体が淫猥に変形するのを楽しむ「肉遊び」とでもいうべきであろうか。

恥ずべき姿に緊縛された年増女の柔肌からは、果実を絞って集められたジュースのように、濃厚な香気が立ちのぼってくる。それはえもいわれぬ甘い香りであるが、若干腐臭にも似た饐えた匂いも交じっている。腐爛の匂いは成熟の過剰がもたらすある種のスパイスのようなもので、中年女性を好む男性に対しては絶大な陶酔的効果を発揮すると思われる。

熟しきった女性は腐敗の美を内に孕む。それは、本来は刺激の強い毒のようなものだ。だが、そもそも一服の毒も盛られていない快楽など退屈でつまらない代物にすぎないのではないか。毒を不快なものとして拒否せず、快い刺激として享受してこそ、エロティックな遊戯において高級な快楽を味わうことができるのである。腐敗を快楽と受け止めること、腐敗に美を見出すこと。これはエロティシズムにおける重要な原則である。

巨女の波打つ皮膚、みだらに捩れ、たるんだ贅肉、そして、少々湿った感じの猛々しく黒々と密集した腋毛と陰毛がすべて一丸となって、魅惑的な刺激臭を含むエロティックな香気を四方に撒き散らし、視覚から見る者の脳髄へと淫猥な空気を送り込む。頭のなかには妙になまあたたかい女の感触と濃密な官能の芳香が広がり、股間のあたりをざわめかせながら全身は麻薬的な陶酔感に満たされていく。

実に発表のつもりなく描きためたという小妻氏の秘画集を繙く方々は、きっと、このような感覚に襲われるにちがいあるまい。それは、豊かな女肉の花々に包まれて微睡むがごとき、満たされた至福の感覚である。

※本稿は『小妻容子秘画帖 豊艶の濫り』所収の序文となります。

文=相馬俊樹


『小妻容子秘画帖 豊艶の濫り(大洋図書)

著者=小妻容子

価格:31,500円(税込)
判型/A4変 箱入り/ 112頁 *本文(原画96頁) *解説(16頁)
発行:2009年07月25日
出版社:大洋図書

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erosnokikeigaku.jpg 相馬俊樹 1965年生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科美学美術史学専攻卒。 エロティック・アート研究家、美術ライター、美術評論家。 「S&Mスナイパー」「トーキングヘッズ叢書」「美術手帖」 その他にアート、漫画、文学などに関する文章を多数発表する。近著に『禁断異系の美術館1 エロスの畸形学』(発行:アトリエサード/発売:書苑新社)がある。

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09.07.18更新 | レビュー  > 
文=相馬俊樹 |