web sniper's book review
日仏同時発売!!
絶美の漫画家・高浜寛、待望の復活!!
海を越えた漫画家がみつけた、愛と再生の物語。絶美の漫画家・高浜寛、待望の復活!!
「ぐだぐだな人生だけに落ちている宝石を手渡された」 ――穂村弘(歌人)
本をめくってすぐ、日本の一般的なマンガとの違いに少し戸惑う人もいると思う。黒い余白(矛盾した言葉だ)がまず目に付くが、彩色された原稿をグレースケールに変換したであろう全体の薄暗さや、静的なコマ割りで淡々と進んでいく様子は、古いモノクロのフランス映画を観ているような気分になるかもしれない。回想シーン以外はすべて吹き出しの中で進み、ナレーションはなく、考えていることは言葉ではなく絵だけで描かれるのも、マンガでは少し珍しいストーリーテリングで、この辺りもフランス映画らしいといえばらしい。
舞台は愛知県の田舎。場違いに見えるフランス人の男がトランクを引きずりながらやってくる導入。17年前に会った日本人女性ともう一度話をしようと、昔のメモを手がかりに彼女の住む日本に向かっていたが、辿り着いたその場所は予想とまったく違う寂れた無人駅だった。その寂れた地域でコーヒー店を営む日本人男性と偶然交流が生まれ、話は転がり始める。
登場人物は全員が迷いを抱えている。欲しいものは分かっていても、どう手に入れればいいのか分からない。諦めきれないから辛くなる。分かっているのに怖くなる。それでも求めてしまうのが人間の不恰好さで、その不恰好さが愛おしさに変わる瞬間が、この作品には何度も描かれる。もう若くない彼らや彼女らの、恋愛から派生した問いの答え(それぞれ違う)を求める姿を、描き下ろしゆえの綿密な構成で描ききっており、かといって堅苦しくもシリアスにもならず、あくまでロマンティークに、あくまでユーモラスに描く軽妙な筆致に、いつのまにか魅了されているはずだ。本屋に行って何を読めばいいのか迷っている人達、マンガを読むことがいつのまにか少なくなった人達に、自信をもって薦めたい。
以下蛇足。あまりにも作品が良すぎるのであえていちゃもんをつけるならば、日本版の装丁はこれから始まる物語の幕開けを意識したであろう赤がメインカラーになっているが(映画館のカーテンのようだ)、フランスの原書の装丁の方は柔らかく緩やかな雰囲気で、そちらの方が内容を直接表しているように感じる。確認していないが、もし原書がカラーなら、日本版がモノクロであることについて新たな意味づけしようと映画のモチーフを持ってきた可能性もある。作品とは直接関係ないそこが気になった。
また、本作を読む上ではまったく知らなくていいことだが、かつて60年代から続いていたアングラ漫画誌『ガロ』が1997年に一時休刊となり、その後ゴタゴタして新装『ガロ』(青林堂)と『マンガの鬼 アックス』(青林工藝舎)の二誌に分かれたことがある。今は後者だけ残っているが、高浜というと期待の新生として2001年頃の『ガロ』を盛り上げていた印象が強く(2001年1月号でデビューし、2002年にもう単行本が出て特集が組まれている。上手すぎた)、まとめられた当時の短編集『イエローバックス』を読み返すと、『ガロ』編集部は最後までマンガを見据える力を持っていたなと改めて思う。
文=ばるぼら
『トゥー・エスプレッソ (太田出版)』
関連記事
『愛の小さな歴史(株式会社インスクリプト)』港千尋=著
ばるぼら ネットワーカー。周辺文化研究家&古雑誌収集家。著書に『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』『ウェブアニメーション大百科』(共に翔泳社)『NYLON 100%』(アスペクト)など。『アイデア』不定期連載中。
「www.jarchive.org」 http://www.jarchive.org/