WEB SNIPER's book review
禁断のフェティッシュ 林良文の集大成!!
1973年にフランスに渡り、パリ在住。1976年より独学で鉛筆デッサンを始め、以後、独自の世界を切り拓いてきた異端の雄、林良文の集大成となる作品集が完成。自身の創作について、その信念を綴った随筆も収録。尻、足、乳房……そして花。
類稀なる危険な鉛筆画の数々が語るものとは何か。。このたびアトリエ・サードより刊行された『構造の原理』は、氏にとって久々のまとまった画集ということになろうか。比較的近年の作を中心にまとめてはいるが、この画家の特異な画業(鉛筆画)が一通り見渡せる構成となっている。また、勉強熱心な氏の、創作に対する思想を綴った文章も掲載されている。
林氏の描く独特の女性像の多くは、むしろ、女体オブジェといったほうがよいかもしれない。エロティックな女体パーツ群、すなわち臀部、乳房、ときにハイヒールや黒ストッキングを履いた脚部に、主な関心が向けられる。最も異様な形態をとるケースでは、それら各々のパーツ群が組み合わされ、積み上げられて、臀部の集積体やら、乳房のピラミッドやら、脚部の増殖した頭足類やらを出現させる。
女体パーツの間に働く原理は、とりあえず、二つほど指摘できよう。
一つは強力な磁力(引力)による性愛の部分対象の密集であり、これによってエロスのエネルギーが凝縮する磁場が生まれる。画家自身も、強力な重力場こそが性愛=エロティシズムであると書いている。
もう一つは増殖−多数化であり、これは女体の畸形化−怪物化を促進させ、エロティシズムにおける人間的枠組みを超越し、リビドー・エネルギーを横溢させる。
無論、臀部、乳房、脚部という部位の選択には強いフェティシズムの傾向が認められるが、構成された女体オブジェを見ると、太古的とでも呼ぶべき様相があらわれている。はるかにエロティックであり、しかもその姿は常軌を逸しているとはいえ、臀部や腹部や乳房など生殖的要素を強調し、女性の身体的性格をそれらに還元する原始母神像に近い印象すら受けるのである。女性のエロス表現のアーキタイプとでもいったらよかろうか。
ことに、上半身が巨大な男根と化している《弁証法》(2008年)や口腔から屹立したペニスを生み出す《階段》(2006年)の女怪たち、そしてこの画集には掲載されていないが、脳と男根の融合物を頭部に装着した《二重組織》(1991年)の女怪などは、旧石器時代・新石器時代の、男根状頭部をもった両性具有的太母像を髣髴とさせる。
また、たいていの場合、林作品に登場する女怪の顔は見えないか、あるいは類型化されているので、個としての存在というよりは、類としての匿名的存在に近いともいえよう。このことも、彼女らがエロティックなアーキタイプへと接近しつつあるという印象を強化する一つの要因となっているのだろう。
ところで、林氏による脚部の増殖表現を見て、ハンス・ベルメールの創造したいわゆる“頭足類”のタイプ、すなわち胴体を欠き、頭部と臀部と脚部を基本構造とする改造女体群や、あるいは、やはりストッキングとハイヒールを履いた女性の脚部をフェティシスティックに多数化するピエール・モリニエのフォト・モンタージュを思い起こす向きもあろうかと思う。
そして、林作品にあらわれた乳房の集積体に、同じくベルメールのブロンズ作品《嫌な女》(1938/68年)のイメージを重ねることもできるだろうが、これは、そもそも古代の彫像《エフェソスのディアナ》から想を得ている。
無論、林氏がベルメールやモリニエを知らないはずはないし、むしろ知り尽くしていると考えるほうが自然であろうが、ただ、ここに単なる影響関係を見るよりは、彼ら、エロティシズムに憑かれた表現者たちの何人かがエロティックな女性的原イメージ探求というベクトルを共有していたとするほうが実情に近いのではなかろうか。同じような方向性を指向していた画家は、他に、たとえば、こちらは見るからにベルメールの影響下にあったとおぼしい70年代初期のジャン・マリー・プメロルがいる(彼の個展もよく見にいっていた、と林氏ご本人から聞いたおぼえがある)。
現代に生きた何人かのエロスの表現者たちが、この時代に、赤裸々なまでの女性的エロスの本質に目を向け始めたというのは、どういうわけなのだろうか。いうまでもなく、ポルノ表現の解禁やエロティックな芸術描写に対する外的内的禁圧の緩和、あるいは、ほころび出した男権体制への疑問など、社会的条件の変化にも関わりがあるのだろうが、ただし、この問題はさらに多様な要因と複雑に絡んでいそうなので、答えを明確に提示するのはむずかしいかもしれない。
いずれにせよ、破壊的・残酷的・戦慄的要素をも孕んだエロス(性−生)の力の凝縮体としての女性的原イメージというテーマが、エロティシズムを探求するある種の表現者にとって、精神の深淵に封印されながらも、いつ燃え盛ってもおかしくはない火種のごとく常に魅惑的な課題であったというのは、たしかなように思われる。おそらくは、孤独のなか、未知の地へと旅立つ決意を固めた一人の若い日本人画家の心にも、同じ火種が育ちつつあったのではなかろうか。
文=相馬俊樹
スパンアートギャラリーにて、林良文 個展『構造の原理』開催!!
12月4日には相馬俊樹氏との対談も!
個展開催期間=2010年11月30日(火)〜12月11日(土)
10:00〜19:00 (最終日は17:00まで)
12月4日(土)17:00〜 トークショー 林良文×相馬俊樹
『構造の原理(アトリエサード)』
関連記事
『Studio(Steidl)』 著者=Paolo Roversi
『禁断異系の美術館2 魔術的エロスの迷宮(書苑新社)』 著者=相馬俊樹