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「今」を肯定的に捉える、希望のポップカルチャー論!
広大な領域に及ぶ二〇一〇年代の若者文化と社会について、「残念」という言葉の意味の変化を軸に読み解いてゆく、さやわか氏の手になる「希望のポップカルチャー論!」。『僕たちのゲーム史』(講談社)『AKB商法とは何だったのか』(大洋図書)の記憶も新しい著者の最新刊をめぐり、ばるぼら氏に論じていただきます。
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■『一〇年代文化論』の書評を書かなくてはいけないが『一〇年代文化論』の書評を書く気が起きないから

これはWEBスナイパー編集部から与えられた『一〇年代文化論』の書評をするためのスペースなのだが、『一〇年代文化論』の書評を書く気が起きないのは、本について書こうとするとすぐ別のことを考えはじめてしまうからで、だがそれを放っておこうとするといつまで経っても原稿が進まないものだから、もう別のことをまず書いてしまうことにした。それはなぜさやわかという著者は歴史の本ばかり書くのかということだ。

『僕たちのゲーム史』『AKB商法とは何だったのか』『一〇年代文化論』というこれまで出た三冊は、真ん中の一冊以外は新書で、真ん中の一冊も新書みたいな本だった。すぐ読みきれそうな薄さ、目次を見ると極めて具体的な対象について書いてありそうな雰囲気、テーマがはっきりしている書名。そこが新書っぽい。ゲームの歴史について、AKB商法について、二〇一〇年代の文化について、いかにも書いてありそうである。実際にそれは書いてあるのだが、しかし自分が読んで思ったのは「なぜ著者は歴史の本ばかり書くのだろう」という先ほどの問題だった。

なぜそこが気になるのかをかんたんに説明するのは難しいのだが、一つ先にしておきたい話がある。さやわかは「書くこと」に極めて自覚的な筆者で、個人的にはそこに橋本治との類似点をつい見てしまう。橋本治を知らない人のために橋本治『週刊本18 根性』(新潮社、一九八五年一月一日発行)から一言引用してみる。こういう作家だ、と想像できるだろうか。

〈『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』で、対象作家毎に文体を変えて行ったっていうのは、その作家の持つであろう読者に合わせてってことなんですよね。たとえば、山岸凉子がこういうものを書くんだとしたらこういう読者を想定するであろうという、その読者なんですよね、僕が考えてるのは。〉(p169)

橋本の『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』は少女漫画についての評論をまとめた本で、さまざまな少女漫画家が取り上げられており、それぞれ文体を作家の読者にあわせて変えていた。想定された読者に届けるにはどのように書けばいいか、文体の設定こそが重要だ、ということに自覚的な一冊だ。

対して、さやわかが書いているのは作家論ではないけども、『僕たちのゲーム史』ならばゲームが好きな読者にあわせている、いや、ゲームについて語ることや読むことが好きな読者にあわせて書いているに違いない、と思いながら読んだ。だが結果的にそれだけではない気がしたので、改めてさやわかが「歴史を書くこと」をどう思ってるのかを考えた。くりかえしてばかりだが、とにかく気になるのだから仕方ない。

『僕たちのゲーム史』がどのように書かれていたかを思い出そう。この本は明らかに、現代の読者がオンライン/オフラインで交わすであろう感想を先読みして、そこで言われるに違いない批判を先に無効化する方法をとっていた。つまり、何かの歴史を書くにあたって必ず言われる「あれが載ってない」を言わせない、言っても意味がないという状況をいかに成立させるか、という書き方を検討した本だった。冒頭で〈本書では以下のゲームについて、あえて言及しておりません〉(p15)と作品名を列挙し、〈歴史について書くということは、「何を書くか」よりも「何を書かないか」の方が重要なのです〉(p17)と言うだけヤボなことを書いているのは、本書にはくれぐれも「あれが載ってない」などと言ってくれるなよ、という暗黙の了解の確認だ。

もう一つ。まず〈この本によって「ゲームとは何なのか」ということが明らかにできるだろうと思います〉(p9)と書き、ゲームとは何かという問いに答えるために、〈今からお話するゲームの歴史では「ボタンを押すと反応する」ということがどんなバリエーションを持たされてきたか〉〈「物語をどのように扱うか」〉の二つを軸に歴史を記述するスタイルをとった。そしてこの二つを軸にした歴史を書こうとしたら、このようにゲームを取捨選択して取り上げるしかない、そういう書き方をしている。当時の雑誌記事などを引用し、現在から過去を再定義するのではなく、過去はそのまま当時の視点で紹介し、そこに現在からの雑感(違和感)を付け加える。これによって「自分の実感と違う」という批判も無効化させ、当時の受け止められ方はこう記録されているのだからあなたの個人的実感はこの歴史には関係ない、と言い切る準備ができている。だから『僕たちのゲーム史』は、予想される安易な批判をどれだけ封じ込めて、どれだけ少ない文章量で大きな歴史を記述できるか、ということに挑戦した本だ。

『AKB商法とは何だったのか』も歴史の本である。「状況」をどのように記述するか、という本ともいえる。ここで軸に設定されたのは「ヒットチャート」と「アイドル」であり、その二つのあり方を歴史的に辿ることで日本の音楽シーンがどうしてこんな状況になったのか、を描き出そうとする。この本のテーマは〈過去から現在に至るチャートを通してAKBを、そして今日のアイドルを語りながら、日本の音楽シーンに何が起きたのかをあぶり出す〉(p13)と説明されている。前書との比較で見ればさほど歴史の書き方に違いはなく、やはり「何を書かないか」が意識されていると思う。

おそらくこの時想定されたのは「○○が好きなだけじゃん」という思い入れで文章を書くことへの批判で、だからこそ、あとがきでアイドルの魅力や自分の好みを書かなかったとわざわざ説明しているのだろうし、ヒットチャートという客観的なデータ(本当に客観的かを問うことはできるが)に寄り添った記述を心がけたに違いない。以前、AKB本の感想を求められて著者に喋った時は整理できてなかった部分もあったのだが(リンク先に音声ファイル)、パフォーマンス力や「キャラクター」を演じる力、総じて「演技力」が重要な評価軸になっている現在のアイドルと、それを取り巻く文化現象に、全然興味がない自分にもこの本が面白く読めるのは、思い入れをできるだけ排除しているからだろう。

そして『一〇年代文化論』も歴史の本だ。しかしこれはそこまで過去に遡らない。二〇一〇年代の文化は二〇〇七年前後から二〇〇九年頃までにすでに萌芽があって、それを取り出すことで二〇一〇年代の文化の底に流れているムードを示す、という本だ。その萌芽は「残念」というキーワードに表われているという。ただ、この本は書名が『一〇年代文化論』なのに、強調されている「残念」という言葉に引っ張られて「一〇年代残念論」として読んでしまいがちであり、一見して頭に入りやすい「残念」という言葉の存在が、かえってこの本をわかりづらくしていると感じる。

この本は「若者の価値観が変わってきている」という単純なことを説明している。そのために一番わかりやすい表層として「残念」という言葉をサンプルに選んでいる。目に見えて変わったものは「残念」の使い方なのだけども、変わっているのはあくまで目に見えない「若者の価値観」なのだ。お前のそれは長所と短所のどっちだ、と自分の立場の表明を迫られる二元論から離れたい欲望が二〇〇〇年代半ばの若者にあり、それを脱構築したのが二〇〇〇年代後半の「残念のポジティヴ化」で、そうした両義性を受け入れたい感性が現在のポップカルチャーに反映されている。その価値観の読み解きこそが本書の重要な点だ(最近『Quick Japan』一一四号にレビューを書いたので、それと内容が重複するが、改めて同じことを書いておいた)。

この本をさやわかがどう書こうとしたのかといえば、今度は『僕たちのゲーム史』の逆、現在から過去を遡って「残念」という言葉を見つけ出し、「残念」という感性が意味をなすように歴史を組み上げている。「再定義された『残念』」というストーリーを導き出すために拾われ、抜き出され、解説されている。「残念」の新しい意味にピンと来ない読者は「断絶された旧世代」として扱われてしまうので、本当かよ、一部の話じゃないの、と言いづらいムードがある(さやわかは意識して「一部の話じゃないの」という批判を封じ込める書き方をしているのではないだろうか)。そして他人の論説の引用をなくし、造語を避けた、とあとがきにある。その二つに注意したのは、そうしないと書こうとしている論がぼやけてしまう、のではなく、むしろクッキリと境界線が出すぎてしまい、思い描いている像と違ってくるからに違いない。

物語を書くように歴史を書く。いや、歴史とはすべて物語である。これを自明のものとする立場を表明するような本が『一〇年代文化論』だ。つまり、書かれている内容とは別に、自分の立脚点を示すために作られた本ではないだろうか。『AKB商法とは何だったのか』までは「物語評論家」となっていたプロフィールの肩書が、『一〇年代文化論』で「評論家」になったのは、すべて物語なのだからわざわざ物語と名乗る必要などないはずだという、自分の文化に対する視点を改めて提示したかったからではないか。

ワタシはさやわかは小説を書いてない物語作家だと思う。三部作、と勝手に呼ぶが、これまでの三部作でそういう認識を強めた。すべては虚構なのだから、あとは書き方(組み立て方)の問題だ。そういう意識に見える。さやわかという著者が歴史の本ばかり書く理由は、それが物語だからで、いつか小説を書くのだろうと思うけど、別に小説という形でなくてもいいのだろう。

一応書いておくけど、これは自分の考えであって、本人がそう思ってるかどうかは別の話である。「僕はそう思ってないけど、君がそう思うこと自体は否定しない」という立場を『一〇年代文化論』は前提にしているのだから別にいいのだ。次回作は「僕は次の本としてガチに文学、小説のことだけを書いた本を出そうと思っている」という。

文=ばるぼら

『一〇年代文化論』(星海社新書)
著者:さやわか
価格:820円(税別)
ISBN: 978-4-06-138545-0
発売:2014年4月24日
出版社:講談社

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ばるぼら  ネットワーカー、古雑誌蒐集家、周辺文化研究家。著書に『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』『ウェブアニメーション大百科』(共に翔泳社)、『NYLON100%』『岡崎京子の研究』(共にアスペクト)など。共著で『消されたマンガ』(鉄人社)。
「www.jarchive.org」 http://www.jarchive.org/
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14.09.07更新 | レビュー  > 
文=ばるぼら |