“本”と私たちの新しい関係を巡って
WEB sniper Weekend special contents
成年コミック誌『コミックLO」』『天魔』『コミックRIN』などで知られる茜新社のアンテナショップ「ダンジョンブックス」。版元直結の強みを生かした様々な工夫は、出版不況と呼ばれる「今」に何を示し、どのような成果を上げているのか。待望のWEB通販も始まった「ダンジョンブックス」を、漫画事情に詳しい永山薫氏が直撃レポート!!オタクのメッカ秋葉原でエロ漫画を買うとしたらどこに行くか?
多くの人は駅前のラジオ会館にある「K-Books」か中央通りの「とらのあな」を目指すだろう。世間一般からいえば、それだけで充分にオタク的、マニア的な行動パターンである。
しかし、もうちょっと濃いめの選択肢もある。
知る人ぞ知る店。それが、漫画専門店「ダンジョンブックス」だ。
開店して1年(2008年12月20日開店)。秋葉原駅から僅かに徒歩3分という好立地ながら、予備知識なしには、すぐに見つからないだろう。
簡単に道順を説明しよう。
まず、JR秋葉原駅電気街口に出て、左に曲がる。そのまままっすぐに、左に駅ビルのコンビニ「NEWDAYS」、カレー屋「タイム」、ハンバーガー「Becker's」、右にDVDショップ「BLUE LAMM AKIBA」、謎のバラエティショップ「わくわく太郎のよろず箱」、メイド服なんかも売ってるアダルトショップ「pop life departmennto.m's」に挟まれた道を進むと、秋葉原南の信号(T字路)にぶつかる。もう、てゆーか、さっきから正面に「ソフマップ」の中古店や「永山(えいさん)免税店」の看板が見えているはずだ。信号を渡って、左に曲がると「じゃんばら」のデッカイ看板が目立つ「ニュー秋葉原センター」がある。同センター「しゃんばら」の左隣のガード下部分に位置する「国際ラジオ」の前まで行って欲しい。ガード下のミツミ音響「電脳市場」(黄色の大看板)まで行っちゃうと数m行き過ぎである。
さて、「国際ラジオ」の前で、看板を見上げるとまぐろ帝國の描く巨乳戦士の看板があるはずだ。ところが入り口がわからない。ここは勇気をふるって、「国際ラジオ」の路地のような店内に踏み込んでみよう。すると入ってすぐの右手に階段がある。「ダンジョンブックス」のポスターもある。「メイドリフレクソロジー・キューティリラックス」の案内に心を惹かれるかもしれないが、階段を曲がりながら2階に上がるとすぐにダンジョンブックスの看板の入り口にぶつかるので、そのまま進んで欲しい。するとそこは白い壁に囲まれた明るいパラダイス……。
■アンテナショップの強みを最大限に活用
「ダンジョンブックス」は『コミックLO』『天魔』『コミックRIN』などで知られる茜新社のアンテナショップだ。その意味では一般の漫画専門店とは違うわけだが、それにしてもこのロケーションは一体?
「去年(2007年)から、秋葉原に店を出そうと探したんですが、路面店だとテナント料が高いし、成年向けの商品が売りにくいってこともあったんですよ」
と「ダンジョンブックス」の青木店長は語る。いい感じの新築ビルもあったが、坪10万円で、しかもアダルト禁止。
そもそも青木店長はオーナーから「アキバに店を」と声を掛けられた時に、首を傾げたという。
「今更って気がしないでもないと。でも、オーナーと話しているうちに、もっとディープな書店があったら、コアなお客さんが来るんじゃないか? 通販に行っちゃったお客さんをアキバに呼び戻せるんじゃないか?」
で、結局、見つかったのが現在の場所だ。
「場所わかりにくいけど面白いんじゃないのって。もともと秋葉原って、怪しげなところが魅力でしたよね。だから原点回帰でいいんじゃないかと。店にたどりつくまでが迷路みたいだから、店名もダンジョンブックス。茜の本を買うんだったら、ここ。撃沈覚悟で始めました」
青木店長は別の出版社のアンテナショップの経験もあれば、成年コミック誌の編集、営業の経験もある。この場所、この店ならではの面白いことができるんじゃないか? 確かに一見さんにはわかりにくい。茜新社の雑誌の自社広告やネットで存在を知った人、口コミやネットの噂で知った人、そういうちょっとマニア入った、アンテナの高いお客さんが、他店とは違った何かを求めてやってくる。
その欲求に応えればいい。ではどうするか?
まず、茜新社のアンテナショップというメリットを活かして、同社の三冊の雑誌すべてに特典を付けてみた。単行本にその作家が作成したペーパーなどを付けるという特典は他店でもやっていることだが、雑誌に付けたのは同店が最初。
その結果、雑誌の売り上げが倍々ゲームで増加したというのだから効果は絶大だ。
そんなに効果があるなら、編集部も、漫画家さん自身も熱心になる。自分から「特典を用意しますよ」という漫画家さんも少なくない。多少の手間がかかっても、数字に跳ね返ってくる。描き下ろしの凝ったイラストなら大変だが、設定資料やキャラクター表ならば、すでにあるものを流用できる。
かくして『コミックRin』09年12月号のように「今月の特典はこれでもか!の7枚だ!!」という大盤振る舞いが現出する。
さらにサイン本を定期的に売る。これも編集部と直結している強みだ。こちらも並べればすぐになくなってしまうそうだ。
もちろんサイン会もやる。
しかし、そこまでならまだ予想の範囲内。
■色校も持ってけ♪
いかにも版元直結のアンテナショップだなと感心したのは、サイン色紙や特典のペーパーに混ざって色校が貼られていることだ。
色校は、色校正紙、つまり、表紙やカラーページの色を最終チェックするためのいわば「試し刷り見本」みたいなものだ。編集者、場合によっては絵師がチェックすれば、それで用済みになり、普通は廃棄される。業界人にとってはそれだけのものにすぎないが、めったに表に出ないし、普通の漫画専門店が入手しにくいアイテムだ。見た目も華やかだし、裁断されていない大きな用紙にトンボや色チャートが刷り込まれていたプロ仕様がカッコイイ。マニアックな店の壁紙代わりにはうってつけだ。
「ダンジョンブックス」ではすでに2〜3回「色校フェア」を開催している。3000円以上買った人に先着順で貯まった色校をプレゼントする。
「取次の人からは、こんなの欲しい人いるの?っていわれましたが、お客さんの反応がいいんですよ。これこそ出版社系のショップにしかできないことだし、そういうところで攻めないと、この激戦区では勝てません」
色校フェアが話題になると、面白いことに他社からも色校を持ってきてくれるところが出てきた。元々は捨てるものだから、コストはゼロ。それが販促に使えて、読者も喜ぶ。おまけにエコだ。頑張って本を売っている営業部員なら見逃さない。今や「色校をゲットするならダンジョンブックス」という定番ができつつある。
■品揃えと棚構成
では、一度、入り口に引き返して店内の構造を見てみよう。
「ダンジョンブックス」の入り口は玄関的な小部屋になっている。ここにも漫画家から送られてきたファックスや特典のペーパー、LOや単行本カバーの色校が貼られている。
中でも目を引いたのは以前開催されたうさくんの単行本『マコちゃん絵日記』発売&サイン会に寄せられた漫画家さんたちからのお祝い&応援のファックスが何枚もあったこと。いかに、うさくんがみんなから愛されているか一目でわかる。
うさくんは地方在住ということもあって、なかなか都内でのサインは実現できなかったそうだ。しかし、どうしても呼びたいと力説したのがスタッフの伊藤(仕入れ責任者)さんだ。青木店長によれば、
「ポケットマネー出しても呼ぶと言ったんですよ」
これは簡単に言えることではない。筆者も地方取材となると「自腹」では二の足を踏んでしまう。旅費と宿泊費の自己負担は個人にとって重い。
「本屋さんって労働時間とか、お金的には報われない仕事なので、自分たちも楽しめないと、面白がれないと保たないです」
その熱意が実って、初サイン会は大盛況。開店の10時にはすでに行列ができていたし、大手の編集者までやってきたという。
このコーナーで、注目すべきはコミュニケーションノートが置かれていることだ。いや、取材時にはすでに誰かが持っていったあとで、「怒らないから、そっと戻してね」の貼り紙が……。
アニメショップなどのオタク系のお店には、お客さんが自由に書き込めるノートを設置してあることが多い。なんのために?と思う人も多いだろうが、実はこれが大事なコミュニケーションツール。漫画家が、新刊のお知らせをイラスト入りで描き込んだり、同人サークルがイベント情報を書いたり、お店への要望を記したり、漫画家への応援メッセージを残したり、ウェブ全盛の時代とはいえ、手書きの「掲示板」的なノートは大切なアイテムなのだ。お客さん・漫画家さん・お店・編集部を直接つなぐ回路であり、貴重なデータベースともいえるだろう。とはいえ、マニアから見れば、漫画家のレアなイラストが描かれた(手の込んだ作品になると家から持参して貼り込むこともある)ノートはまさに垂涎のお宝である。持って行きたい気持ちもわからないではないが、独り占めして鑑賞したあとは、こっそり戻して欲しいと思う。
小部屋を抜けて、売り場に入る。入ってすぐに出会うのがバールを持った「等身大Wちゃん人形」だ。これが実に「いかにもアキバのマニア系書店」の雰囲気を醸し出している。
この部分はイベントコーナーになっていてサイン会などもが開催される。余談ながら筆者は取材に先駆けて、12月に開催された掘骨砕三のサイン会に参加したが、そちらも盛況だった。列に並ぶ間に展示してある掘骨さんの膨大なラフ帳なども閲覧できて、楽しかった。
ちなみにサイン会の申し込みはインフォメーションが出て即日というか、一時間くらいで定員に達したそうなので、今後のサイン会に関してはマメにサイトや店長ブログを確認しないとイケナイ。
さて、売り場は「ウナギの寝床」状に奥行きが深い。決して広い店ではないが、壁が白く、明るいこともあって圧迫感はなく、奥まで見通せる。
「客がすれ違えるように、平台を真ん中において新刊を並べて、既刊を両端に配置しました。平台の新刊は二カ月分くらいですね」
もちろん茜新社の新刊が手前に揃えられているとはいえ、他社の新刊を冷遇しているわけではない。とにかく成年向けのコミックは全部置くのが方針で、新刊のそれぞれに発売日シールが貼付され、見本誌の内容確認も可能。
茜新社の雑誌のバックナンバーは入り口から見て左の棚にまとめられている。ここにくれば、在庫のある分については手軽に揃えることができる。もう一つの注目は奧の右側の棚。ここではなんと茜の倉庫から掘り出されたデッドストックが「お蔵出し」されているのだ。量は時期によって違うが、エロ漫画好きなら知っているなつかしの全書判「NINJIN COMICS」のシリーズが置かれていたりもするのだ。さすがに超レアな平野耕太の『拝・ハイテンション』(96年刊・アマゾンのマーケットプレイスでは4,980円!)はなかったが、取材時には94年に出た恋緒みなとのデビュー2作目『トマト倶楽部』全2巻を発見! 同じく95年刊のきのした黎『イノセントKISS』などを発見。古書店で探せば見つかるかもしれないが、10年以上前に出た本を新刊で買えるメリットは大きい。定期的に開催される「お蔵出しフェア」はマニアなら要チェック。
■アキバ巡礼の最後に廻るべき場所
茜新社関係の書店というと、水道橋には漫画専門店「コミックハウス」があるわけだが、成年系を中心とする「ダンジョンブックス」とは客層が全く違う。「ダンジョンブックス」の売れ筋はロリータ系が主流で、茜新社以外ではコアマガジン、ワニマガジンのきれいな絵柄の単行本が売れ筋だそうだ。一方、一般系中心のコミックハウスは
「ボーイズ系ががっちり売れてます」
とのことで、きれいに男女で棲み分けされているようだ。ずいぶん昔にコミックハウスにうかがって取材したことがあったが、あの時の店長も熱心だったことを思い出した。
「ダンジョンブックス」の営業時間は朝の10時から夜の10時まで。比較的、夜までやっている店の少ない秋葉原ではまさに「いつ来ても開いている」状態だ。そのせいか、他店を廻ったお客さんが大荷物を抱えてやってくる。
先述のように、明るくて、壁面はネタで埋め尽くされているから、漫画好きにとっては極めて居心地がいい世界。お客さんの多くは長居して楽しんでいく。お客さんの中には「ダンジョンブックスのファン」がいて、差し入れを持ってきてくれたりするそうだ。これも漫画専門店に限らず書店ではあまりないことである。
書店と読者の幸せな関係と言えるだろう。出版社系のアンテナショップという存在は書店界全体から見れば「特殊」であり、レアケースかもしれない。しかし、「ダンジョンブックス」で見ることのできる、漫画家、版元、編集部、営業部、読者をつなぐ「回路」とそのノウハウは、他でも活かせるんじゃないかと思えてくる。
読者の求めていることを知り、応えていくという、全く当たり前のことを、出版不況の中で、出版界の片隅に生息する筆者も含めて、もう一回ちゃんと考えてみるべきなのだ。
取材・文=永山薫
「ダンジョンブックス」
関連リンク
ダンジョンブックス通信販売
秋葉原ダンジョンブックス 店長日記