October 2009〜January 2010 at The University of Tokyo
超オタク的特別公開講義 in 東京大学 |
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2009年10月から2010年1月にかけて、東京大学にて「コンテンツ・サービス論」という特別講義が公開授業として行なわれていると耳にした。アニメや漫画の気配を嗅ぎつけたのでコミケに行くつもりで参戦してきた。会場では『マンガ論争勃発』(マイクロマガジン社)の永山薫、昼間たかし両氏や、市川孝一氏をはじめとするコミックマーケット準備会の面々を肉眼で確認。たくさんの同人誌も並んでいたし、コミケと思ってだいたいあってた。
この特別講義は全13回中の5回が公開授業として企画されている。今回は10月8日の「コンテンツ産業のプラットフォーム構造と超多様性市場」(講師・出口弘 東京工業大学教授)、10月22日の「2つのコンテンツ産業システム」(講師・小山友介 芝浦工業大学准教授)の講義を受けてきた(講義名はシラバスに則っている)。
以下に公開授業のスケジュールを掲載するので、興味が湧いた人は東大へ。なお、場所は「情報学環2階教室」のこと。この公開授業を主催されている田中教授の研究室のウェブサイトで適宜通知があるとのことなので、以下の URL で確認してほしい。
http://tanaka.in.coocan.jp/cgi-bin/clip/clip.cgi?
東京大学大学院 情報学環・学際情報学府「コンテンツ・サービス論」公開授業スケジュール
12月3日 「絵物語空間の進化と深化」(出口弘) 場所:情報学環2階教室
12月17日 「家庭用ゲーム産業の『ハリウッド化』」(小山友介) 場所:情報学環2階教室
編註:公開授業に参加をご希望の方は、田中教授宛に事前にご連絡のほどお願いいたします。詳細は記事欄外をご参照下さい。
12月3日 「絵物語空間の進化と深化」(出口弘) 場所:情報学環2階教室
12月17日 「家庭用ゲーム産業の『ハリウッド化』」(小山友介) 場所:情報学環2階教室
編註:公開授業に参加をご希望の方は、田中教授宛に事前にご連絡のほどお願いいたします。詳細は記事欄外をご参照下さい。
ほかにも「混淆が生み出す法運用問題」、「ポピュラー音楽におけるインディーズの成立」、「アニメ研究」など興味深い講義も多いが、残念なことに公開授業ではない。全ての講義を見てみたい、忙しくて通えない、東大に行く服がない、そんなあなたのために講義の教科書として使われている『コンテンツ産業論:混淆と伝播の日本型モデル』(東京大学出版会)がある。各章のタイトルと講義名は一致しており、おおよそ本に沿って講義が進行するのだと思われるがこの原稿を書き終えるまであえて読まないようにしているため確証はない。少々値は張るが公開授業にくれば二割引で買うこともできる。手持ち在庫は残り少ないといっていたような気がするので急いだほうがいい。いま気づいたが教科書には「アニメ研究」の項がない。絶望した。アニメのことをもっと教えてほしい。アニメのことがもっと知りたい。アニメのふだん見せないドキッとするような一面が見たい。第二版以降の加筆修正を強く希望する。
■講義内容をざっくり紹介するよ
シラバスに「コンテンツ産業は日本のサービス産業の中で、高い国際競争力を持つ分野の一つである。講義では(中略)日本型コンテンツに特徴的な創出プロセスに力点を置いてマーケットの構造を分析する」とある通り、講義内容は日本独自の大衆娯楽、アニメや漫画、ゲームなどの作り出されるプロセスに着目している。
まず東京工業大学教授・出口弘氏による「コンテンツ産業のプラットフォーム構造と超多様性市場」の講義内容を紹介する。江戸時代の浮世絵から現在のマンガ、アニメ、DVDが初回限定特典まで余すことなく並べられ、それらを超える膨大な量の同人誌とこれでもかといわんばかりのライトノベル見本市にはまさに圧倒された。今これを読んでいるあなたも心当たりがあれば自分の本棚や押入れの中を見直して自分の消費してきた大量の痕跡を振り返り、オタクであることの喜びと愛しさと切なさと心強さを噛み締めてほしい。改めて一望すると、ひでえから。
■流れ込む元ネタ「四上流」(コミケ的な意味で)
「コンテンツ産業のプラットフォーム構造と超多様性市場」では「漫画」「アニメ」「ゲーム」「ライトノベル」に補足としてフィギュアを加えた主な四つを物語メディアの「四上流」と定義。この四上流から下流、つまり同人誌やネット上の二次創作などのファンサブ、痛車と呼ばれる車の装飾や、アニメの舞台を訪れる聖地巡礼、コスチュームプレイなどなど消費活動が活発化される構造を指摘する。またサンプルとして支倉凍砂の『狼と香辛料(電撃文庫)』が取り上げられ、膨大な量のグッズや同人誌、海外における動画の吹き替えなどが紹介された。おびただしい量のライトノベル・レビューもはじまり、後に講義が光の速さに加速される悲劇の幕開けともなった。
■書棚に広がる「超多様性市場」
日本における漫画雑誌の発行部数はたいていが 40万部以下であり、20万部以下の層も厚い。『電撃大王』、『アフタヌーン』、『ヤングアニマル』、『IKKI』、『コミックビーム』、『Fellows』、『マーガレット』、『花とゆめ』、『少女コミック』、『Kiss』など筆者の感覚で親しみのある誌名を挙げてみたがいずれも 40万部以下の層にあたる。つまり一作品あたりのビジネス単位が数百万円のコンテンツが多数を占めている。これらのターゲットもカラーも全く違う小粒な雑誌群=多様な価値軸の共存する中で、作り手と受け手の新たな面白さの創出に向けた相互作用が作品世界の多用性を生むとして、出口氏はこれを「超多様性市場」と名づける。この超多様性市場の中から時折、海外展開もされている『ベルセルク(ヤングアニマル)』、劇場版の記憶も新しい『20世紀少年(ビッグコミックスピリッツ)』、『のだめカンタービレ(Kiss)』、『フルーツバスケット(花とゆめ)』など、脳漿をぶちまけんばかりの剛速球が打ち出される。『フルーツバスケット』に到っては全米ベストセラーの15位を占め、鹿鳴館以来の日本の宿願は透さんの清らかな心によって軽やかに達成されてしまった。
■複製コンテンツの起源は江戸時代から?
超多様性市場の地盤を担う二次創作文化の起源にも触れられた。江戸時代の忠臣蔵や白縫物語を原作とした無数の二次創作や、内容を成人向けにしたいわゆるエロ同人誌の先祖などが多数のサンプルと共に紹介された。
現在でもイラストを志す人々にはA・ルーミスの『やさしい人物画』や湖川友謙の『アニメーション作画法』、『人を描くのって楽しいね』や、最近ではニコニコ動画やpixivでも多数のHow toが参照されているが、江戸時代から浮世絵画の手本書は多数残されており、文人のみならず大衆にも絵を描くという文化があった。
江戸絵草子は現在のライトノベルを凌駕する勢いで挿絵が挿入されている。ライトノベルは江戸絵草子の正統な後継者、江戸から現在まで続く日本のメインカルチャーであるとし、複製コンテンツがカウンターカルチャーなのだとしたら浮世絵がカウンターカルチャーになってしまう、と述べるのだが私見としてはこの結論には疑問が残る。当時と現在では複製コストの差がありすぎるため単純に比較はできないし、音楽という括りの中にロックに対するカウンターとしてのパンクがあるように、複製コンテンツという括りの中にもカウンターは存在する。メインカルチャー、カウンターカルチャーは相対的なものであり、ある文化が時代によってカウンター的であったりメインストリームであったりするのではないだろうか。そしてこの主張自体も拡大し一般化されていくオタク文化を単純化しようとする風潮へのカウンターに読める。
■日本とハリウッドを比較する
次に芝浦工業大学准教授・小山友介氏による「2つのコンテンツ産業システム」の紹介に移ろう。講義開始前には小山氏の私物である諸外国のオタク雑誌や海賊版ゲームの披露パーティが行なわれ、早くも混沌たる様相を見せていた。講義中には東浩紀や大塚英志など、サブカルゾンビの筆者には親しみのある名前も飛び出し、なんとなく安心できる場所になっていた。こんな嬉しいことはない。
小山氏は、前述の「超多様性市場」を支える日本のコンテンツ産業の構造を日本型とし、ハリウッド型との比較によって、日本型の優位性を見出そうとする。
■大艦巨砲はダメだって知ってるだろハリウッド的コンテンツ産業
ハリウッドでは、製作者は学校教育によってプロフェッショナルとして育成される。またひとつのヒット作から最大の利益を確保するために厳しい知的所有権の管理が行なわれる。2007年度の平均コストは一億を越しており国際展開しなければ利益を確保できないほどスタートアップリスクが高まっており、The Internet Movie Database で参照できる統計を見てみると、その利益のほとんどが公開の開始直後に集中している。はじめに躓いたらすべておしまいというシステムがCMを連発させ、スターに偏った起用、過去にヒットした作品の続編やリメイクなど保守的な傾向を高めてしまう。ハリウッド型のコンテンツ産業システムはいわゆるハイリスク・ハイリターンの典型になっている。
■小粒を乱射、マシンガンだぜ日本的コンテンツ産業
日本における製作者といえばどうか。近年では専門学校も多く設置されているが、製作にあたる多くの人は学校教育以外の場から現われている。その人的資源形成の場としてコミックマーケットやコミティア、インターネット上の創作活動の存在は認知して然るべきだろう。それらの場は創作者の人材形成の場であると共に、専門機関よりも圧倒的に敷居が低く、安価に運用される。また、その場が保たれているのはグレーゾーンを許してくれる「ゆるい」著作権管理にも理由がある。ハリウッド型とは対照的だ。
超多様性市場が相互に刺激し合う小さく、しかし濃厚な市場からは時に挑発的とも言える――たとえばパンツが空を飛ぶような、あるいは大江戸線が淑女の悩みを解決してしまうような――物語の可能性が生まれるのだとする。
こうした物語の創出プロセスにあたり、大塚英志の『物語消費論』や東浩紀の『動物化するポストモダン』が参照される。原物語とも言える物語が存在し、それに対するパロディや記号の入れ替えによる物語の量産が多様性を導くとしている。
ここで小山氏はプログラミングにおけるオブジェクト指向的な考え方を導入し、原物語=スーパークラスを継承した物語クラスが作り手によって生まれ、物語クラスのインスタンス生成=マンガ、アニメ、様々なメディア展開が行なわれるという比喩を用いていたが、わからないひとは軽く流してくれていい。
講義では原物語の例として『機動戦士ガンダム』や『新世紀エヴァンゲリオン』が挙げられていた。『新世紀エヴァンゲリオン』の後にあらゆるロボットアニメが「エヴァのパクリ」と呼ばれてしまった過去を、リアルタイム世代なら覚えているだろう。『機動戦艦ナデシコ』とか『ラーゼフォン』とか『デュアル!ぱられルンルン物語』とか。
しかし、そのような再生産システムこそが可能性でもあるというのだ。徹底的、いやこの場合はテッテ的とでもいうべき自由市場は「売れたものが正義」の傾向が強く、なるほど Leafの PCゲーム『雫』と大槻ケンヂの『新興宗教オモイデ教』との関係を髣髴とさせる。確かに筆者はエヴァも、前述のエヴァのパクリと呼ばれた作品群も全て、大好きだ。
そして講義終了後の質疑応答では外国人留学生に対する逆質疑応答が行なわれ、字幕や吹き替えの流通速度やどのようなサイトでダウンロードするのかなど極めてイリーガルな話題にまで及び、やはり混沌としつつどこか懐かしい雰囲気に落ち着いた。この場所も、やはりコミケだった。
■だが、日本型万歳とは言い切らない
講義を終えて、ハリウッドの映画制作と日本のマンガ・アニメの物語原作を生み出す土壌の比較は対比になっているのだろうかという疑問が浮かんだが、いわれてみれば「物語」を用いたコンテンツを産業システム化し世界規模で運用している例はハリウッド、あるいはゲームにしか存在しないのかもしれない。
しかしハリウッド型がいかにハイリスク・ハイリターンと保守化の行き詰まりを迎えているとはいえ、日本のアニメ製作現場におけるアニメーターの待遇、単行本が出るまで激貧といわれる漫画家の生活を思えば現状が正義とは私には言い切れない。また先日とあるイベントで某アニメ監督が「ロボットの重みを表現できるアニメーターは、日本に数人しかいない」と述べていたが、高度な技術者の養成をアマチュア市場やOJT(On the Job Training、実際に仕事をしながら訓練、養成される)に任せていて、果たして今後も人材の枯渇を免れえるのかという疑問も涌いた。
日本型のシステムはハリウッド的な保守化に陥らず、しかし問題も抱えている。これは今後も課題として残るだろう。俺やお前が心から愛するアニメを作る人間が貧乏でいいわけないだろ。
■あなたの人生の物語
かなりかなりかなりざっくりとしたまとめになったが、筆者が講義を受けた感想はこの通りだ。筆者の理解なので講師の主張とは食い違いがあるかもしれないが、講義を受けてこう理解した人間がいるというドキュメンタリーと思っていただきたい。興味が湧いたらあなたも東大へ行こう。興味が湧いたということは、あなたも超多様性市場を支えている側の人間であるはずだ。オタクの美徳はコンテンツへの積極的なコミットにあるのだから。
文=四日市
「コンテンツ・サービス論」公開授業スケジュール
・12月3日「絵物語空間の進化と深化」(出口弘)場所:情報学環2階教室
・12月17日「家庭用ゲーム産業の『ハリウッド化』」(小山友介)場所:情報学環2階教室
※参加をご希望の方は、下記の田中秀幸教授宛に参加希望の旨、ご連絡のほどをお願いいたします。
また田中秀幸教授の研究室のウェブサイトには、今後の公開授業についての告知や、連絡先が明記されておりますのでご参照下さい。
『コンテンツ産業論―混淆と伝播の日本型モデル』
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