It's a problem of great urgency!
都条例改正問題中間レポート!!
18歳未満に見えればアニメやマンガのキャラクターでさえも「非実在青少年」として性的表現の規制対象とする、東京都の青少年育成条例。3月15日、改正案に反対する漫画家などが都議会民主党総務部会を訪ねて意見を伝え、都庁で会見、さらに都庁会議室にて緊急集会を行なった。その模様と今後の展開について、来る30日の本会議における採決を前に永山薫さんがレポートします。前回、緊急レポートを上げた都条例改正問題はいまだ継続中である。
今回は、3月15日以降の動きを簡単にレポートしておこう。
まず15日には、ちばてつやさん、竹宮惠子さん、里中満智子さん、永井豪さんなどの著名な漫画家が都議会民主党のヒアリングに出席して、改正に反対の意見を述べ、その後の記者会見では、先の四人の他、藤本由香里さん(評論家・明大准教授)、呉智英さん(評論家・日本マンガ学会会長)、宮台真司さん(首都大学教授)、森川嘉一郎さん(明大准教授)、山口貴士さん(弁護士)、矢部敬一さん(日本書籍出版協会)が都条例改正案の問題点を訴えた。
会見の模様は下記のニュースをはじめ様々なメディアで報道されている。
ITmediaNews:「文化が滅びる」――都条例「非実在青少年」にちばてつやさん、永井豪さんら危機感
また、記者会見と同じ頃、漫画家、小説家、編集者、翻訳家など約30名が、都条例改正案反対の立場から民主党都議に対して陳情を行なった。筆者も陳情団の一員として参加したわけだが、正式な「取材」ではないので、都議(複数)と陳情メンバーの名前は伏せることにする。
この時期、すでに新聞、ネットニュースで都条例改正論議の報道が始まっていたこともあって、筆者は、正直な話、多少は楽観視していた。国会の児童ポルノ法改正論議にどういう姿勢で民主党が臨んだかということを知っていれば、論議の中心となった「定義」「単純所持禁止」「創作物規制」のソフトな先取りとも言える都条例改正案を、都の民主党がそのままスルーするとは考えにくい。しかも民主党都議も委員として参加した「第28期青少年問題協議会」の提出した「東京都青少年問題協議会答申」よりも改正案のほうが問題点が多いことを、民主党として問題視しているはずだという予測もあった。たとえば答申では児童の性行為が描かれる漫画を激しく非難しながらも、児童ポルノ法との関連では、以下のように限定的な表現を用いている。
少なくとも児童に対する性行為等を写真やビデオと同程度にリアルに描写した漫画等については、児童ポルノ法その他の法律により、可能な限り早期に何らかの規制を行うことが必要である。
また、規制を強化しようとしている団体の委員は筆者に対し「ポンチ絵を取り締まれとは言っていない」と明言した。それにもかかわらず、改正案の条文では「写真やビデオと同程度にリアルに描写した」という限定はどこにもなされていない。
しかし、予想と現実は違う。陳情後の懇談で、実は明確に反対の立場を取っている民主党都議はむしろ少数派だということがわかってきた。筆者を含め、漫画・出版業界の人間にとっては大きな問題とはいえ、その認識がすべての人々に今すぐ共有されるかというとそうではない。会派にかかわらず、この問題に関心がないどころか、存在すら気づいていない議員も多いのだ。また関心があっても、それぞれに立場がある。これは、かなり微妙な、そして予断を許さない状況である。
今回の陳情には「東京都青少年問題協議会答申素案に対する都民からの意見」(パブリックコメント)の公開を求める項目が含まれていた。これは、現在もそうだが、パブリックコメントは代表的な意見のみ公開されているにすぎず、これが様々な憶測を呼んでいる。これについては、すでに民主党都議から公開が求められているにもかかわらず、都側はこれを拒否しており、正式な開示請求に対しても「4月には公開する」と回答しているという。改めていうまでもないが都議会総務委員会は3月18日に質疑が行なわれ、19日には採決される。そして3月末には本会議での採決だ。これでは都が採決後までパブリックコメントを隠していると指弾されても致し方ないだろう。漏れ聞く話ではパブリックコメントに誤解した意見が多いからと説明しているらしい。総務委員会と本会議での論議において「都民の意見」を議員が参照できないというのは果たして正常な状態なのだろうか?
この、都議にも開示しない「パブリックコメント隠し」は様々な憶測を呼ぶことになる。もちろんこれも憶測にすぎないが、筆者は青少年協議会議事録への非難が集中しているのではないかと考えている。一部の委員のトンデモ発言に対する批判がゼロだというのも奇妙な話だからだ。「こんな委員が作った答申素案から作られた条例改正案はいかがなものか?」「委員の選択に問題があったのではないか?」という「都民の意見」はゼロなのだろうか?
第28期東京都青少年問題協議会議事録
東京都青少年問題協議会:メディア社会が拡がる中での青少年の健全育成について 答申(素案)(平成21年11月24日)
東京都青少年問題協議会:メディア社会が拡がる中での青少年の健全育成について 答申(平成22年1月14日)
■定員の三倍が集まった緊急集会
さて、同15日。記者会見後、都庁会議室において「東京都青少年健全育成条例を考える会(代表:藤本由香里)」は「2010年3月15日東京都による青少年健全育成条例改正案と『非実在青少年』規制を考える」集会を開催。
筆者は定員の100名を切らなければ成功……と考えていたのだが、定員の3倍以上という大盛況だった。平日の昼間にこれほどの人々が集まるとは思ってもみなかった。会場には民主党若手都議(複数)、一人会派の都議、著名漫画家、前衆議院議員の保坂展人さんの姿も。
パネラーは先の記者会見メンバーとは多少入れ替わりがあったものの、さそうあきらさんも参加し、会場は大いに盛り上がった。パネラーそれぞれの危機感が伝わる発言が続いたが、森川さんのノートPCとプロジェクターを使ったプレゼンテーションが圧巻。文化庁メディア芸術祭大賞マンガ部門受賞者の作品を次々と紹介し、「ロリコン漫画の元祖です」「エロ漫画も描いてました」とコメント。玉石混淆の広大な大地から優れた作品が育つのであって、「悪い漫画」を間引いて「良い漫画」だけを残そうするのは無理と説く。これには参加者から、同意の笑いが起きた。
ただ、いくら集会が盛り上がっても、それがストレートに都議会や都政に反映されるわけでない。しかし、さすがに著名な漫画家、評論家がこれだけ顔を揃えることは並大抵のことではなく、反響が大きかった。
朝日新聞:アニメ・漫画・ゲームの児童ポルノ規制 都が条例改正案
東京新聞:『子ども』性描写 都規制案に賛否 漫画家『表現の自由損なう』
読売新聞:漫画家ら育成条例改正案に反対会見
毎日新聞:都青少年健全育成条例:改正案 子供への性暴力描写規制、漫画家ら反対表明 /東京
J-CASTニュース:ちばてつやさんら反対訴え 都の児童性描写規制問題で
読売新聞:性描写漫画巡り白熱…都条例改正案
産経新聞:アニメ、漫画の児童ポルノ規制で都議会が混乱
上記は報道の一部である。産経新聞の見出しのように、勘違いした見出しも見受けらるが、一気に情報が広がっていき、それと並行して、日本ペンクラブ、出版四団体、大学、日本図書館協会、日本アニメーター・演出家協会などの団体が次々と声明を発表し、反対論ないしは慎重論が野火のように広がった。
■東京都の見解発表
こうした事態に対処すべく、東京都は3月17日に見解を発表し、翌18日、都庁サイトに公開する。どう考えても18日の総務委員会に間に合わせるための発表・公開だろう。
東京都青少年健全育成条例改正案について
この「条例にかかわる見解」は都条例改正案中、報道等で特に問題とされた、「児童ポルノ/第7条・8条・18条の6の2関係」と、現行制度についての解説である。まず「児童ポルノ」に関して、単純所持規制は拙速で違憲の可能性もありという指摘に対しては、あくまでも、
処罰を目的としたものではなく、児童ポルノの被害に遭った青少年の苦しみを考慮し、児童ポルノの根絶に向けて、「児童ポルノは悪であり、許さない」という都民の意識を醸成するとともに、インターネット上等で現に流通している児童ポルノの拡散防止と流通削減のための取組につなげるため、正当な理由がある場合を除いて所持しない、意図しないまま所持していたことに気が付いた場合はこれを削除する、インターネット上で児童ポルノを発見した場合にはプロバイダへの削除依頼を行うなどの自主的取組を都民に心がけていただくためのもの。
としている。児童ポルノの定義すら不明瞭なまま、こういう道徳論を書かれても困る。ちなみに同改正案にある「児童ポルノをみだりに所持してはならない責務を有する」という条文は禁止規定ではなく「自主的取組を都民に心がけていただくためのもの」だそうだ。「責務」という言葉は「責任と義務」であり、「心がけ」程度の軽いものではないはず。
現行制度については、
岐阜県の同種条例において、この制度は表現の自由に照らして合憲と判示。
不健全指定に当たっては、第三者機関である青少年健全育成審議会に諮問の上で指定を行う慎重な手続きが取られている。
なお、不健全図書指定はあくまでその程度が「著しい」「甚だしい」ものに止まり、その程度に至らないものについては、業者による自主規制を前提とし、優先させている。
不健全指定に当たっては、第三者機関である青少年健全育成審議会に諮問の上で指定を行う慎重な手続きが取られている。
なお、不健全図書指定はあくまでその程度が「著しい」「甚だしい」ものに止まり、その程度に至らないものについては、業者による自主規制を前提とし、優先させている。
としているが、「著しい」「甚だしい」が主観的文言であることは言うまでもない。
次の「第7条・8条・18条の6の2関係」がいわゆる「非実在青少年」に関わる部分である。まず改正案は以下のように書かれている。
第七条二号
年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人の年齢を想起させる事項の表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの(以下「非実在青少年」という。)を相手方とする又は非実在青少年による性交又は性交類似行為に係る青少年の姿態を視覚により認識することができる方法でみだりに性的対象として肯定的に描写することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を阻害し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの
年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人の年齢を想起させる事項の表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの(以下「非実在青少年」という。)を相手方とする又は非実在青少年による性交又は性交類似行為に係る青少年の姿態を視覚により認識することができる方法でみだりに性的対象として肯定的に描写することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を阻害し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの
これに対する都の見解は次の通り。
この規定は、作品の設定として、年齢や学年、制服(服装)、ランドセル(所持品)、通学先の描写(背景)などについて、その明示的かつ客観的な1)表示又は2)音声による描写(台詞、ナレーション)という裏づけにより、明らかに18歳未満と認められるものに限定するための規定であり、表現の自由に配慮して、最大限に限定的に定めたもの。
このような明示的かつ客観的な裏付けがないにも関わらず、単に「幼く見える」「声が幼い」といった主観的な理由で対象とすることはできず、恣意的な運用は不可能。
(例えば、視覚的には幼児に見える描写であっても、「18歳以上である」等の設定となっているものは該当しない。)
このような明示的かつ客観的な裏付けがないにも関わらず、単に「幼く見える」「声が幼い」といった主観的な理由で対象とすることはできず、恣意的な運用は不可能。
(例えば、視覚的には幼児に見える描写であっても、「18歳以上である」等の設定となっているものは該当しない。)
では、視覚的には幼児に見えて、ランドセルをしょっているが、名札に「小学20年生」とでも書いてあればオーケイということか? それではまさにザル法であり、わざわざ改正する必要がない。ただし、改正案の条文には都の見解を裏付けるような記述はない。例によって「みだりに」「健全」などという個人の価値観によって幅のある概念が書かれているわけで、恣意的な運用は充分可能だ。もし、都がこの見解通り、どう見えても幼稚園児だが20歳設定の女性と男性がセックスしている場面を描いた漫画がこの条項によって規制されないとしても、セックス描写そのものが青少年にふさわしくないという判断で規制できる。
他にも「単なる子どもの裸や入浴・シャワーシーンが該当する余地はない」「単なるベッドシーンや、主人公が性的虐待を受けた体験の描写がストーリー上含まれるだけで規制されることはない」「単なる『18歳未満のキャラクターによる肯定的な性描写』を規制するものでは全くない」など、改正案が実はそんなに厳しくないということを印象付けようとしている。しかし、都の「見解」と称する「条文解釈」を担保するような記述を条文に見いだすことはできない。逆にいえば、ここまで大胆な解釈が行なえるということはそれだけ恣意的に読み替えることができるということでもある。
少し前まで都民からの問い合わせに「規則は条例が通ったあとで決めるので、今の時点でははっきりしたことは言えません」という、恣意的な運用を認めるかのような回答をしたり、「原則は18歳未満の性交渉が駄目」とか答えていた都の見解とはとても思えない。
また「出版社などのメディアが東京に集中している現状では、改正条例は国の法律と同じ効果を持つ」という指摘に対して都は「青少年への閲覧規制の効力は都内のみ」と簡潔に回答している。これは出版と流通の中心である首都の責任と現状を全く無視した態度であろう。
反対の声があまりにも大きく広く広がったため、火消しにやっきになっているという印象だが、一方では改正案のベースとなる論議が行なわれた青少年問題協議会委員の一人であり、協議会での発言で一躍有名になった新谷珠恵さんが会長を務める東京都小学校PTA協議会が賛成の立場から陳情を行なうという自作自演的とも言えそうな動きもあった。
■それでもスレスレだった3月19日
この流れを眺めれば、都条例改正案に反対ないしは慎重審議を求める声が大きく盛り上がり、その間にも民主党をはじめとする都議宛には反対意見を記した大量のメールと封書が全国から届いていた。賛成派と都庁は防戦一方だったという印象を受けるだろうが、印象と現実の間には常に温度差がある。民主党内部でも激論が続き、反対で完全一致するまでには至らず、継続審議という形で意見が固まりつつあったが、民主党だけでは委員会採決の過半数は取れない。
17日には一部報道機関から「継続審議決定」のニュースが流れたが、実はその頃にはまだ民主=継続審議、共産=反対、生活者ネット=不明という状況で、野党の足並みが乱れた場合、自民・公明の賛成で半数、議長裁決で賛成多数になる可能性すらあった。もちろん、それでも本会議で反対または継続審議が多数という可能性も残されていたわけだが、実は綱渡りだった。
19日の採決では継続審議で決着したものの、18日の審議で危機感を覚えた傍聴人の一人が、ツィッターで「継続審議報道はデマ」と急報したため、たちまちリツイートの嵐となる騒ぎもあった。今回の「騒動」でツィッターの有用性と危険性の両面を体感できたことは大きい。やはり、いかなるメディアでもメディア・リテラシーを抜きには語れない。メディア・リテラシーを単に「マスコミの嘘を見抜く能力」だと勘違いしている人も多いが、元々の意味は双方向的で、発信におけるリテラシーをも含んでいる。
この後の展開としては、まず3月末に本会議の採決がある。ここまでの経緯からいってほぼ「継続審議」となって、次回6月の都議会にまで結論が持ち越されるだろうが、何が起こるかわからないのが政治の世界。油断は禁物だ。また、都条例の動きに対応して大阪府知事が漫画・アニメを規制すべきなのか調査に入ると明言し、京都府知事が二期目を目指すマニフェストに「日本一厳しい児童ポルノ規制を作る」と宣言しており、地方にもこの論議が波及していくことは間違いない。継続審議となって賛成・反対の二元論に縛られることなく、考え、行動する時間が与えられた。当事者は漫画家、出版社、都議だけではない。この条例改正による影響は漫画関係者以外にも、産業・経済・雇用の側面から各家庭に波及する可能性が高い。つまり、全員が当事者だという言い方もできるのだ。
文=永山薫
■最も参照しやすいまとめ記事
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2010-03-08 - 9月11日に生まれて(上記を転載した永山薫のブログ)
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都条例「非実在青少年」規制問題について - たけくまメモ
メディア社会が拡がる中での青少年の健全育成について - 東京都青少年問題協議会の答申
永山薫 1954年大阪生まれ。近畿大学卒。80年代初期からライター、評論家、作家、編集者として活動。エロ系出版とのかかわりは、ビニ本のコピーや自販機雑誌の怪しい記事を書いたのが始まり。主な著書に長編評論『エロマンガスタディーズ』(イーストプレス)、昼間たかしとの共編著『マンガ論争勃発』『マンガ論争勃発2』(マイクロマガジン社)がある。