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「台風と赤いハイヒール」 告白= 逸木登志夫(仮名)
昭和三十年年初頭、或る大学の寮で繰り広げられた密戯が長い時を経て今に蘇る……。浣腸の背徳に戦慄く人妻、エスカレートしていく「調教」、異端のプレイに堕ちていく二人の姿を当事者男性が綴った告白手記の中身とは。『S&Mスナイパー』1981年7月号より、再編集して掲載しています。
決行の刻
その日、私は寮の一、二階の各部屋を多美子と大城さんの三人で掃除した。ひと段落したのは午後二時を少し回った頃である。
多美子はショートパンツ姿でせっせと掃除に精を出し、かなり疲れた様子であった。
大城さんに夕方の副食物や茶菓子を買いに行かせた私は、多美子が子供達を昼寝につれていく際、「話があるから二階のP号室で待っている」と告げた。
他の寮室は全部入り口がガラスの引き戸であったが、このP号室だけはドア式になっており、裏通りに面してはいるものの物音があまり聞こえない。私はそこで新しい『奇譚クラブ』と、その掲載広告で購入したエネマプレイの組写真、イチジク浣腸一箱、さらに、もし抵抗があった場合に縛るための細紐も用意して彼女の来るのを待った。
やがて部屋へ入って来た多美子は、すっかり弛緩した様子で、私の手にしていた『奇譚クラブ』を手に取るとそのまま寝ころんで読み始めた。頃はよしとみた私は、エネマの組写真を多美子が開いている頁の上にそろりとのせた。
「何? これ」
好奇心を起こして中味をとり出した彼女は、チラとみて、「あ!」と声をあげた。
全裸の若い女性が後手に縛られて尻を高く突き上げたり、仰向けにされた姿勢でまさに浣腸されようとしている場面が写されているのである。
彼女は本の挿し画でそんな姿を見たことがあっても、写真で見るのは初めだったようで、「ようこんな写真とったもんやね」と、放心したように見つめている。
そんな彼女の目の前にぽんと二個のイチジク浣腸の容器を投げ出して、私は「多美ちゃん!」と叫んで彼女をいきなり羽がいじめにしたのであった。
女の直感で私の意図するところが分かったのか、「あんた! 何するんえ!?」と慌ててはね起き逃げようとする腰をすばやく後ろにまわって強引に横倒しにし、私は体を密着させて左手でしっかりと押さえこんだ。
そしてイチジクの容器を次々と右手で少し握り、薬液を出して嘴管を濡らした。
それを目にした彼女は、激しい息遣いで、「アホなことせんといて、そんなん嫌や……」ともがいたが、私はかまわず多美子のショーツをずり下ろして臀裂に沿って嘴管を滑らせ、アナルを探り当ててぐっと挿入した。
「あぁっ、痛っ! 痛いやんか!」
多美子は泣き声をあげたが、一度に注入されてしまうともう観念したのか、抵抗をやめて顔を覆った。私がさらにもう一個注入してチリ紙で押さえていると、うめき声を上げ、喘ぐような表情になった。
一旦、多美子の体を抱き起こしてやる。そして耳元に口を寄せ、「悪いようにせえへん。五分くらい、辛抱せんとあかんで。渡すもんは渡すしな」と報酬を約束してやると、「急に、こんなことするんやもん、びっくりするやんか」と恨めしそうに空になったピンク色の容器に目を落とした。
頬が赤く上気している。白い下半身をあられもなく晒した多美子は生々しく「女」だった。
そのうち排泄感が高まってきたのか、ふと我に返ったように「もう五分経ったやんか、早う御不浄に行かせて」ともがき、多美子は私の手をはずそうとした。解放してやると、脱兎の如く部屋を出て、階段を一気に走り下りると一階のトイレ駆け込んだ。
一度受浣してしまうとどんな女でも従順になるのが浣腸の魅力的なところだ。以来、多美子もイチジク浣腸であれば(300ccの浣腸器はまだ使う段階に来ていなかった)私の要求に応ずるようになった。
目的の第一段階は突破したものの、私が彼女に望むのはそればかりではない。繰り返し述べてきたごとく、主願はあくまで浣腸器による「心理的な調教」を試みることであった。
ただ、いくら夏季休暇中で学生がいないといっても、八月に入ると大学の夏季講座が始まる。そのため受講する寮生が戻ってくることが予想され、多美子と寮内で完全に二人きりになることはまずあり得ない状況となった。
しかし八月初旬に絶好の機会が到来した。それは舎監と大城さんが、おのおの暑中休暇をとって帰省し、竹本氏は大学の舞鶴の海の家に学生達がキャンプに行くというので附き添いで出かけることになったのだ。
その間の一、二日は母親が来て泊まり、邪魔が入ったのだったが、有難いことにちょうど八月の三日に早めの台風が兵庫県を通過することがあって、ついに目的を達成することが出来たのである。
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その日、私は寮の一、二階の各部屋を多美子と大城さんの三人で掃除した。ひと段落したのは午後二時を少し回った頃である。
多美子はショートパンツ姿でせっせと掃除に精を出し、かなり疲れた様子であった。
大城さんに夕方の副食物や茶菓子を買いに行かせた私は、多美子が子供達を昼寝につれていく際、「話があるから二階のP号室で待っている」と告げた。
他の寮室は全部入り口がガラスの引き戸であったが、このP号室だけはドア式になっており、裏通りに面してはいるものの物音があまり聞こえない。私はそこで新しい『奇譚クラブ』と、その掲載広告で購入したエネマプレイの組写真、イチジク浣腸一箱、さらに、もし抵抗があった場合に縛るための細紐も用意して彼女の来るのを待った。
やがて部屋へ入って来た多美子は、すっかり弛緩した様子で、私の手にしていた『奇譚クラブ』を手に取るとそのまま寝ころんで読み始めた。頃はよしとみた私は、エネマの組写真を多美子が開いている頁の上にそろりとのせた。
「何? これ」
好奇心を起こして中味をとり出した彼女は、チラとみて、「あ!」と声をあげた。
全裸の若い女性が後手に縛られて尻を高く突き上げたり、仰向けにされた姿勢でまさに浣腸されようとしている場面が写されているのである。
彼女は本の挿し画でそんな姿を見たことがあっても、写真で見るのは初めだったようで、「ようこんな写真とったもんやね」と、放心したように見つめている。
そんな彼女の目の前にぽんと二個のイチジク浣腸の容器を投げ出して、私は「多美ちゃん!」と叫んで彼女をいきなり羽がいじめにしたのであった。
女の直感で私の意図するところが分かったのか、「あんた! 何するんえ!?」と慌ててはね起き逃げようとする腰をすばやく後ろにまわって強引に横倒しにし、私は体を密着させて左手でしっかりと押さえこんだ。
そしてイチジクの容器を次々と右手で少し握り、薬液を出して嘴管を濡らした。
それを目にした彼女は、激しい息遣いで、「アホなことせんといて、そんなん嫌や……」ともがいたが、私はかまわず多美子のショーツをずり下ろして臀裂に沿って嘴管を滑らせ、アナルを探り当ててぐっと挿入した。
「あぁっ、痛っ! 痛いやんか!」
多美子は泣き声をあげたが、一度に注入されてしまうともう観念したのか、抵抗をやめて顔を覆った。私がさらにもう一個注入してチリ紙で押さえていると、うめき声を上げ、喘ぐような表情になった。
一旦、多美子の体を抱き起こしてやる。そして耳元に口を寄せ、「悪いようにせえへん。五分くらい、辛抱せんとあかんで。渡すもんは渡すしな」と報酬を約束してやると、「急に、こんなことするんやもん、びっくりするやんか」と恨めしそうに空になったピンク色の容器に目を落とした。
頬が赤く上気している。白い下半身をあられもなく晒した多美子は生々しく「女」だった。
そのうち排泄感が高まってきたのか、ふと我に返ったように「もう五分経ったやんか、早う御不浄に行かせて」ともがき、多美子は私の手をはずそうとした。解放してやると、脱兎の如く部屋を出て、階段を一気に走り下りると一階のトイレ駆け込んだ。
一度受浣してしまうとどんな女でも従順になるのが浣腸の魅力的なところだ。以来、多美子もイチジク浣腸であれば(300ccの浣腸器はまだ使う段階に来ていなかった)私の要求に応ずるようになった。
目的の第一段階は突破したものの、私が彼女に望むのはそればかりではない。繰り返し述べてきたごとく、主願はあくまで浣腸器による「心理的な調教」を試みることであった。
ただ、いくら夏季休暇中で学生がいないといっても、八月に入ると大学の夏季講座が始まる。そのため受講する寮生が戻ってくることが予想され、多美子と寮内で完全に二人きりになることはまずあり得ない状況となった。
しかし八月初旬に絶好の機会が到来した。それは舎監と大城さんが、おのおの暑中休暇をとって帰省し、竹本氏は大学の舞鶴の海の家に学生達がキャンプに行くというので附き添いで出かけることになったのだ。
その間の一、二日は母親が来て泊まり、邪魔が入ったのだったが、有難いことにちょうど八月の三日に早めの台風が兵庫県を通過することがあって、ついに目的を達成することが出来たのである。
(つづく)
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09.10.17更新 |
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