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『S&Mスナイパー』1984年4月号 読者投稿小説
「熱い花蜜」
作= 鬼堂茂
『S&Mスナイパー』のグラビアに載っているモデルは高校生時代に憧れていた同級生だった!? 実在のモデルを元に妄想を膨らませて描いた、熱い読者からの投稿SM小説。久しぶりの対面、握った秘密、そして密かに育んできたサディスティックな願望……。危険な再会の果てに行き着くアブノーマルな愛の結末は如何に。『S&Mスナイパー』1984年4月号に掲載された作品を、再編集の上で全2回に分けてお届けします。
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同級生

騒々しい軍艦マーチと、煙草の煙がもうもうとしている店内を出ると、外は、十一月の肌寒い風が吹いていた。

(二浪もしていると、パチンコと麻雀ばかり上手になるな)

と、両手に抱えた景品を両替するために、竹野文夫は路地に入っていった。

両替所のある裏通りには、キャバレーやピンク・サロンがひしめいている。それとは対照的に、下北沢の表通りは、ファッショナブルな洋服を着た若い女性が行き来していた。

受け取った数枚の千円札をジーパンの尻ポケットに突っ込み、彼は路地の奥にある古ぼけた本屋に足を向けた。表通りには新しくできた本屋が白亜のファッション・ビルの中にあったが、そこは、若い女性が沢山いて、竹野が欲しい本を買うには、気がひけた。

古ぼけた小さな本屋は、文芸書や教育書はあまり置いてないが、ある種の雑誌だけは、下北沢のどの本屋よりも豊富にあった。店にある本の中から、無造作に「S&Mスナイパー」最新号を取ると、金を払い、竹野はマンションに戻った。

二浪目に入ってから恋人のいない竹野は、『プレイ・ボーイ』や『平凡パンチ』のヌードグラビアを見てはオナニーをしていたが、この頃では多少のヌード写真では性的刺激を受けなくなり、半年ほど前から、SM雑誌を買い始めるようになった。

竹野の住む「代沢マンション」は、小田急線下北沢駅よりも、井ノ頭線池ノ上駅のほうに近かった。バス付きの1DKだ。九州の福岡で教師をしている両親が、竹野のために借りてくれ、家賃とは別に、毎月十万円の仕送りがあった。

両親は竹野が東大に入ることを望んでいたし、竹野もそのつもりでいた。しかし、今年の春、自信を持って受けた東大の受験に失敗してからは、勉強にも身が入らず、だらだらパチンコや麻雀やオナニーに耽って毎日を過ごしている竹野だった。

来年は、私立の早大か慶大を受けることに決めていた。両親のガッカリした顔が眼に浮かぶが、これからどんなに勉強しても東大合格は無理だった。部屋のテーブルの上には、朝までやっていた麻雀のパイが、マットの上にバラバラに転がっていた。

徹夜麻雀とパチンコの疲れで、夕食を作る気力もなく、カップラーメンをスーパーの袋から取り出し、薬缶をガスレンジにかけた。煙草に火を点けて、ベッドに横になり、買ってきたばかりの『S&Mスナイパー』を袋から取り出す。パラパラめくっていた竹野の指がヌードグラビアで止まり、そこに写っているモデルを見て、竹野は唖然とした。

「秋子だ!」

思わず、声に出して、小さく叫んだ。

下着を剥ぎ取られて、ロープに縛られ、あられもない姿態のヌードモデルは、間違いなく、竹野の高校時代の同級生市川秋子だった。

雑誌には「古川秋子」と書かれていたが、竹野の知っている「市川秋子」に間違いなかった。


計画

飛び石連休の三日間を、竹野は秋子の緊縛ヌード写真を見ながらオナニーに耽って過ごした。

(秋子のヤツ)

そう思うと、自然に手が下半身に伸び、自分の分身を握りしめる。

秋子は、高校時代、男子生徒に大変な人気があった。長い髪に、切れ長の瞳。スラリとしたプロポーション。どこを取っても文句のつけようがなかった。

竹野も、一時、秋子に想いを寄せたことがあった。しかし、受験勉強が忙しくなると、自然に秋子への片想いは心の隅に置かれたままになった。今こうして、秋子のヌード写真を眺めていると、忘れさられていた秋子への想いが、再び心の中にふくらみ始めた。

翌日、竹野は一日がかりで部屋の掃除をした。やっと掃除が終わったのは、夜の九時過ぎだ。整理された部屋は、まるで他人の部屋のように、竹野の眼に映った。竹野は電話の前に座り、引き出しの中をかき回して見つけた住所録を広げて、秋子の部屋のダイヤルを回した。

秋子は、高円寺に住んでいた。

「もしもし。市川です」

聞き覚えのある懐しい声が、受話機から聞こえてくる。

「あっ、秋子。僕、竹野」
「タケノ?」
「いやだな、判らない? ほら、高校の時、同級生だった竹野だよ」
「ああ、判った、判った。竹野君ね。お久しぶり。元気?」
「うん、元気だよ。秋子は?」
「私も、元気よ。どうしたの、急に、電話なんか掛けてきて」
「うん、実はね……あっ、その前に、この連休何処か行った?」

と、秋子に尋いてみた。

「うん、行ったよ。鎌倉に、お友達と」
「ふーん」

竹野は言いながら、どうせスナイパーに書いてあった、なんとかという男といっしょに行ったんだろうと想った。

「僕は、福岡に帰ってたんだ。そうしたら、杉本が遊びに来て、年末に忘年会を兼ねた同級会をやろうってことになっちゃってさ。その幹事に僕と秋子が決まった訳」

竹野は、考えていた嘘を言った。

「えっ、私が幹事に? 困ったな。同級会はやりたいけど、幹事は、あまりやりたくないのよね」

電話の向うで、秋子が困惑して言った。

「うん、僕もやりたくないんだ。でも、決まちゃったから、もう取り消せないしね」
「そうね、しかたないわね」
「それで、打ち合わせをしたいんだけど……いつがいい?」
「急な話なのね。うん、私は、いつでもいいよ」
「じゃあ、明日は?」
「うん、いいよ」
「それじゃあ、明日の午後一時、下北沢の改札口はどう!」
「うん、いいよ。下北沢の改札口に午後一時に行けばいいのね」
「じゃあ、待ってるから。お休み」
「うん、お休みなさい」

電話を切ると、竹野の腋の下は冷や汗に濡れていた。「これでよし」と微笑して、煙草に火を点ける。

秋子は高校時代と同じように、相変わらず言葉の初めに「うん」を付けていた。さの変わらない感じが竹野には嬉しかった。

バスに入り、念入りに体を洗った。石鹸をつけた指が、竹野の分身を洗い始めると、再び秋子のヌードを想い出し、タイルの上に仰向けになって、オナニーに耽った。

翌日、いつものジャンパーにジーパン、スニーカーという格好をやめて、ワイシャツにスラックス、コンビシューズを履いて、竹野はマンションを出た。

セーターを首に巻いている。秋子との約束の時間まで、まだ三十分あった。駅前の「マクドナルド」で、ハンバーガーを食べて時間を潰した。約

束の時間に改札口に行くと、秋子はすでに来ていた。秋子は、オフホワイトのワンピースの上に、マロン色に白のパイピングブレザーを着ていた。

長い髪が改札口を吹き抜ける風に揺れている。竹野に気付くと、秋子は手を振った。

「やあ、久しぶり。綺麗になったね。最初、判らなかったよ」
「ウソーッ。竹野君って、しばらく会わないうちに、お世辞が上手になったのね」

甘く甲高い声が弾んだ。

「お世辞じゃないよ」

そう言って、秋子の体をさりげなく観察する。オフホワイトのワンピースの上から、下に着けているベージュのブラジャーが透けて見えていた。

「どうしよう。喫茶店に行こうか? それとも、僕の部屋に行こうか?」 
「そうね、喫茶店でもいいけど、せっかくここまで来たんだから、竹野君のマンションに行ってみたいわね」
「エッ! 僕のマンション、よく知ってるね」
「だって、住所録に『代沢マンション』って書いてあったから」

と、秋子は舌をペロッと出した。

「ああ、そうか。じゃあ、そうしようか」

そう言って、竹野は秋子と並んで歩き出した。

「代沢マンション」は、七階建ての、まあまあのマンションだ。玄関を抜けて部屋に入ると、部屋を見回した秋子が目を丸くして言う。

「へえ、竹野君って、意外に綺麗にしているのね」
「そうでもないさ、物がないだけだよ」 

竹野は言って、サイフォンのアルコールランプに火を点けた。

「ねえ、煙草吸っていい?」
「いいよ、灰皿なら、こっちにある」

竹野は台所のテーブルを指さした。

「竹野君も、吸うの?」
「うん、たまにね。二浪もしていると、煙草吸うようになるね、どうしても」
「ふーん。あ、想い出した。竹野君、東大志望だったわね。クラス一の秀才だもん」
「よせやい」

竹野はアルコールランプの炎を吹き消して、カップにコーヒーを注いだ。その手がかすかに震えていた。

コーヒーの芳しい香りが竹野の鼻をくすぐる。

「うん、ありがとう。竹野君、まだ浪人してるの?」
「大学が、まだ来なくていいってさ」
「秋子は、確か、青山学院大だろ、女の子に一番人気があるんだってね。雑誌に書いてあったよ」
「そんなことないわよ、名前負けよ。渋谷や表参道に近いからじゃないの? それに、ちょっと勉強すれば入れそうなところに、人気があるんじゃないかな」
「ハハハ、ちょっと勉強すれば入れそうか、面白い言い方だね」

秋子も笑ってコーヒーを飲んだ。 

「ところで、竹野君、来年、大丈夫?」
「さあ、どうかなあ」
「東大、ガンバッテネ。合格したら、プレゼントあげようか」
「プレゼント?」
「うん、私、秘かに期待していたんだ。竹野君なら、絶対東大に入れるってね」
「そ、そんなに、期待されると困っちゃうな。プレゼントって、何? それによっては、ガンバロウかな」
「何がいい」
「そうだな、何がいいかな……秋子でも、もらおうかな」

秋子を正視して言った。

「エッ、私!?」

と、秋子は言って、キャアキャア陽気に笑った。竹野もつられて笑った。しかし、その瞳は冷めていた。

「あっ、そうだ。秋子に見せたいものがあるんだ。ちょっと待ってて」

急に思い出したように、竹野は台所から部屋に行き、押し入れを開けた。

「なあに?」
「……」

押し入れを閉じて、台所に戻り、秋子の前に立った。

「これだよ」

背中に回していた腕を前に出し、秋子の眼前に『S&Mスナイパー』のヌードグラビアを突きつけた。その瞬間、秋子は口をポカンと開けて、信じられないといった顔で竹野を見た。

秋子の顔が、みるみる蒼ざめる。

「な、なによ! こ、これが、どうしたっていうの!」

蒼ざめた顔で、つっかえながら、怯えた悲鳴をあげた。

「これ、秋子だろ?」
「知らないわ!」

秋子の体が、自然と後に退がる。

「隠しても駄目だぜ。こっちへ来いよ!」

秋子の腕を強引に掴み、ベッドに突き飛ばした。

(続く)

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