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女の子にとって、「美醜のヒエラルキー(それによって生まれる優劣)」は強大だ! 「酉年生まれゆえに鳥頭」だから大事なことでも三歩で忘れる(!?)地下アイドル・姫乃たまが、肌身で感じとらずにはいられない残酷な現実。女子のリアルを見つめるコラムです。
私が働いていたフレンチレストランには、父親ほど年の離れたシェフがいる。それから営業時間だけ標準語になる広島弁の店長と、猫が好きなお姉さんとギターが好きな男の子。全員で五人しか従業員がいない小さな店だ。
去年までひとつ年上の男の子がいたけど、大学四年生になってすぐアメリカへ留学に行った。アメリカ行きが決まった途端に、USAとロゴの入ったパーカーを着るような調子のいい男の子で、みんなから好かれていた。あとはタイ人の男の子もいたけど、三日で辞めた。名前は長すぎて忘れてしまった。
それとお客様からワインを注文されたのにすっかり忘れていた私、21才、大学四年生。
出勤したらまず洗い物をする。昨夜、洗いきれなかったワイングラスと灰皿には、遅くまで食事していた人たちの会話が降り積もっているみたいだ。吸殻を専用の缶に捨ててから、降り積もった会話と一緒に灰を洗い流す。カクテル用のレモンとライムを半分ずつ切ったら、営業開始だ。
この店には時々、とても美しい女の子がふたり、仕立てのいいスーツを着た初老の男性と共に来店する。女の子たちはふたりとも、ハイブランドのファッションショーを抜け出してきたみたいで、来店するたびに一瞬どきっとする。ついさっきまでにこやかに食事をしていた同伴中のキャバクラ嬢なんか、あからさまにつまらなさそうな表情になってグラスに残った氷を噛み砕き始める。
彼女たちは少し重たくて渋い赤ワインが好きだ。前菜やスパークリングワインなどお構いなしで、最初から重たい赤ワインを飲む。そして恐るべき速さでボトルをかぱりと空けるのだ。いつも、だいたい一本と半分を飲んだところで、ふたりはキスをする。
初老の男性は酒を飲まない。サンペレグリノを飲みながら、時々マリネを口に運ぶ。彼女たちはよく飲むうえに、好きなものを好きなだけたくさん食べる。厚切りのバケットにのせたリエットや、こってりしたビーフシチューを、細い体のどこにいれているのか不思議なくらい。そして長い手足を伸ばし合っては、仲の良すぎる姉妹のように見つめ合って、けたけたとよく笑う。
そんなふたりを初老の男性は、フレームの細い眼鏡の奥から、遅く生まれてきた娘たちを眺めるように目を細めて見ている。
ワインを二本と半分ほどあけると、片方の女の子は煙草を吸う。フォン・ド・ヴォーの匂いがかき消されるくらい、甘ったるい匂いのタバコを。彼女が煙草を吸うと、もうひとりの女の子は顔を寄せて、甘い煙と一緒に彼女の髪の匂いを吸いこむ。そしてそれをごちそうに、残りのワインを飲み干すのだ。
ふたりの食事が落ち着くと、初老の男性はなぜかいつもノラ猫の話をする。さっきまで髪に顔をうずめていた女の子は、顔をしかめてから、「もう、また猫の話」と、からかうように笑う。もう片方の女の子は煙草を吸いながら、「私は猫好きよ」と、男性の話を聞いていた。
チェシャ猫でも出てきそうな量のもくもくとした煙が、遠慮なく甘い匂いとともに流れ出しているのを、不思議と誰もとがめない。
会計になると彼女たちは男性から伝票を奪う。「こらこらやめなさい。そんなことしたら君たちのことを嫌いになるぞ」と慌てる男性を、ふたりは気にもとめない。そして、「このくらい平気よ。私たちの仕事、知ってるでしょ」と、いたずらに笑うのだ。
結局、私は彼女たちがなんの仕事をしているのか知らないまま、三年弱働いたレストランをやめた。ワインのオーダーを忘れたせいではない。就職に関するあれやこれで忙しくなってしまったのだ。
大学の就職活動からはずれたせいで、四年の夏休みだというのにまだ就職先が決まっていない。しばらくは、あちこちからかかる正社員の誘いにふらふらしていたが、いい加減インターンみたいなことでもしてみるかと、誘われるがまま、とある企業にはいった。私はそこで姫乃ちゃんと呼ばれている。
思えば四年前、就職するために大学に入ったんだけどなあ。友達をつくることもなく、飲みに行くのは仕事の人ばかりで、私を本名で呼ぶのは家族と、親友の女の子だけになってしまった。それは考えてみれば悲しいことなんかじゃなかったけれど。
しかしレストランは、本名の私にも価値があると思わせてくれる貴重な空間だった。不思議なことに私は昔から本名の自分と姫乃たまを同じ人間だとは思えない。そのため、いくら仕事で成功しても、この先ちょっとした名声を手に入れる瞬間が来たとしても、私が心の底から満たされることはないだろう。
最後の日、閉店後にみんなでワインをのんだ。あの子たちの好きそうな重くて渋い赤ワインだった。帰り道は本名の私がゆっくり死んでいく気がして、千鳥足で少しだけ泣いた。
頭の中に思い浮かぶのは、彼女たちだ。あの奔放さ。自らの美しさによる弊害を気にもとめないようだった。たとえば知らないキャバクラ嬢に睨まれたりだとか、そういうことを。彼女たちは私が見る限り、いつでも自分のままでいた。誰もが持っている複数の顔や人格を、彼女たちは持ち合わせていないように思えた。
いつか私と姫乃たまがひとつになる日が来るんだろうか。この世界のどこかに長い手足を伸ばしながら、赤ワインをのむ彼女たちはいる。そう思うと、そんな日がいつかやってくるような気がした。その日が来たとき、細いフレームの眼鏡の奥から穏やかに見守ってくれる誰かがいたらいいなと思った。
文=姫乃たま
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14.08.30更新 |
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