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【5】続・恐ろしい懲罰


ようやく地獄のような三日間がすぎました。数人の看守がやってくる靴音がして、三日間開かなかった扉が開く気配がしました。私は、急いで床に正座しました。

「ワッ、臭い臭い」
「まるっきり豚だね。恥も何もないんだから」

看守たちは、おおげさに鼻を押さえ、顔の前で手を振って騒ぎました。まっ赤になってうなだれている私に、看守が意地悪くたずねます。

「どうだい、十分反省したかい。それとも、もうしばらく楽をしていたいかい」
「イッ、イイエ、もう十分反省しました。これからは気をつけます。お許しください」

私は、床に額をすりつけて哀願しました。

「ヨシ、じゃ勘弁してやろう。まずこのにおいのもとを処分しなきゃ」

三日ぶり、ようやく後ろ手錠をはずしてもらった私は、しびれた両腕をさするひまもなく、自分の垂れ流したものがタップリはいった便器を持たされ、トイレに流して、洗い場で、自分の手で丁寧に洗わされました。それから、入れられていた懲罰房の床と壁の雑巾かけです。自分のお尻の始末より、そちらのほうが先ですから、汚れたお尻丸出しのまま四ツン這いになって雑巾をかけなければなりません。看守たちはおもしろ半分に、

「ほら、まだこっちが汚れてる。あっちもだ」

と、哀れな姿の私を追い回します。命令に追われて私は、裸のお尻を振り立てて、床を這い回らなければなりませんでした。



それもすんでようやく、

「裸におなり。その臭い体を洗うんだよ」

庭に面して外から丸見えの洗い場へ連れていかれ、全裸になった私にホースの水がかけられます。ようやく、冷たい水で体を洗うことが許されたのです。汚物で汚れたお尻やお股を、やっと洗える有り難さ。私は、恥ずかしさも忘れて、看守さんの持つホースのまえで大きく股を開いて、股間や肛門を洗うのでした。

それから、着るものを与えられない全裸のままで、今脱いだ、においのしみこんだ囚衣の上着とシャツの洗濯をさせられます。大勢の看守さんが見ているなかで、下着もつけない素っ裸でしゃがみこんで洗濯をさせられ、恥ずかしい前を隠すこともできません。

ジロジロ見られ、卑猥な言葉でからかわれながら(こういったとき、女の看守のほうが臆面もない下品なからかいの言葉を浴びせかけるのです)手でゴシゴシ洗うのです。洗いおわると、恥ずかしさに耳までまっ赤になって全裸のまま明るい陽のさす庭へ出、両手をあげて思いっきり伸びあがって洗濯物を竿に干します。



その格好を見て、看守たちはまた腹を抱えて笑うのでした。看守は、私から取りあげたズボンや下穿きを持っているのですが、意地悪くなかなか返してくれません。

「三日も尻を出しっぱなしでいたら、もうノーズロに慣れただろう、そのままのほうが面倒くさくなくていいんじゃないのか」

などとからかいます。屈辱的な哀願の言葉をくりかえして、やっと返してもらったズロースを穿いたときのホッとした気持ち! あの不格好なズロースが本当に有り難く感じたものです。上着を洗ってしまった私は、こんどは上半身裸、お乳丸出しの姿で、ようやく房に帰ることを許されたのでした。

懲罰房の恐ろしさが身にしみた私は、それからあとは、規則や看守さんの命令には絶対逆らわないように心がけるとともに、ほかの女囚にも憎まれないよう、できるだけ仲間になるようにつとめました。隠語の多い女囚言葉をなるべく使うように心がけ、女囚たちのアケスケで卑猥な猥談にもできるだけ加わって相槌をうち、お前もやれといわれれば逆らわずに、あまり豊富ではない自分の性体験をみんなに公表することまでやりました。そんなせいか、その後はハメられることもなく、出所するまで、あの恐ろしい懲罰房には入れられずにすんだのでした。


「女囚の懲罰ってこんなふうにやられるのね。鞭でお尻をぶたれたりするんじゃないんだ」

「いまは、すくなくとも表向きには、ぶったり叩いたりという懲罰は行なわれないことになっている。独房に入れて寝具を与えないとか、食事の量を減らすとかいった方法が正式に認められている。くみ子がお望みなら、裸にして尻打ち台に縛りつけて、赤むけになるまでお尻を鞭でひっぱたくという懲罰をサービスしてあげてもいいがね」

「冗談じゃないわよ。だれがそんなこと希望するもんですか。でも、痛い目にあわされないというだけで、この懲罰も残酷よ。下半身裸にされて革手錠で後ろ手に縛られちゃうなんて、まるっきり奴隷みたいじゃない。革手錠って、たしかに痛くはないけど、それだけに、つい手を動かそうとしてしまってそのたんびにグイと引き戻されて......、かえって惨めな思いを味わわされるのよね」

「体験者は語る、か。近年の行刑論、監獄法改正論で、人権擁護派学者から、革手錠の廃止が強く主張されている。革手錠のほうが、金属の手錠より囚人の苦痛が少ないはずなのに、革手錠の使用禁止が主張されるというのは、結局革手錠はこのくみ子の場合みたいに、長時間、ときには何日にもわたって嵌めっぱなしにするという使い方をされるからなんだろう」

「嵌めっぱなしにされるから、お尻も出していなければならないわけね」

「後ろ手にされるか、腰に革ベルトを締めさせられてそれに両手を固定されるか、いずれにしても、自分で下穿きのを上げ下げすることはできない格好にされるから、オシメを使うか、はじめっからお尻を丸出しにしているか、どっちかだというわけだ」

「オシメは厭! あの濡れたオシメをつけている気持ち悪さって、ほんとうに厭なものなのよ。身動きするたびに、お股のあたりでグチャグチャとして......まだ丸出しのほうがいい......」

「くみ子は、丸出しが好きだもんな」

「ウソよ! 私だって下丸出しなんて好きじゃないわ。女奴隷は下穿きつけちゃいけないって叱られるから、しかたなく脱いでるだけよ。ほんとよ!」

「コレコレ静かに。懲戒中の女囚が騒ぐと、鎮静衣というのを着せられる。搾衣ともいってズックの丈夫な袋みたいな上着に紐が付いている。これを締めあげられて放っておかれると、ほんとうに泡を吹いて苦しがるという。大声を出せば、防声具(嵌口具)をかまされる。革製の太い筒みたいなものを口にくわえさせられ、とれないように革具で固定される。当然手が使えないように、手錠か鎮静衣がかけれるから、ウーウーうなりながら転がっているほかなくなる」

「残酷......」

「これらが、現在刑務所で正式に認められている女囚の懲戒だ。皆みたいに、裸にひんむいて尻を竹刀でひっぱたくなどという体罰は禁止されているわけだが、さて、今のやり方が人道的、人間的な取り扱いだといえるかね」

「そうねえ、お尻を裸にされて鞭でぶたれるのと、お尻丸出しの格好で垂れながしのまんま何日も放っておかれるのと......どっちも残酷だけどムリヤリどっちか選ばされれば、結局みんな垂れながしを選ぶんでしょうね。鞭は怖いもの」

「鞭は肉体的苦痛だけど、垂れながしは精神的苦痛だけだから、女囚の身分では仕方ないことなんだと諦めてしまえばそれまで、ということだね。事実、昔からの女囚や女奴隷の例をみれば、鞭の痛さの前では、乙女の羞恥だの、人間の誇りだのなんてものは簡単にけしとんでしまって、どんな哀れな格好も自分からするようになる。アウシュビッツでのユダヤ娘たちは、結局、全員自分の手でパンティまで脱いでマッパダカになって、ドイツ兵が笑いながら見ている前を走ったんだし、パンパン狩りにあった日本女性は、やっぱり、泣きながらでもひとり残らずアメリカ兵の前で自分でズロースを脱いで、検診台にあがって脚を開いたわけだ。命にかえても誇りを守る、なんて人間は、ほんとうに千人に一人もいないと言えるんだろうな」

「人間なんて弱いものなのね」



【6】移送和歌山刑務所へ


恐ろしい懲戒を受けたのを境に、シャバッ気が抜けたというのでしょうか、それまで心のどこかに、私は周りの女囚とは違うんだという気分があったのが、女囚としての扱いを素直に受け入れる気持になりました。言葉を変えれば、心まで女囚になったということなのでしょう。そうなってしまえば、かえって、毎朝の点呼で、看守さんの前に正座して、囚人番号を大声で叫ばせられたり、一日の終わりの帰房検査で、腰まで裸にされてカンカン踊りを踊らされたりという哀れな取り扱いも、しかたがないことなのだと諦められて、それまでほどには惨めな気持ちにならずにすむのでした。

入所してから四カ月ほどたって、私たちの入れられている栃木刑務所の大改修があり、その間、大半の女囚たちが、あちこちの刑務所に分散移送されることになりました。女囚たちは、どこそこは小さいけれど設備がいいとか、どこそこはひどい所で行きたくないとか、あれこれ取り沙汰していましたが、白分で行く先を選べるわけではなく、それぞれに移送先を言い渡されては送られていくのでした。

私は、和歌山刑務所へ送られることになりました。遠い場所だけに、惨めな道中を考えると気が重くなりましたが、もちろん厭だといえるわけもありません。それでも、あの惨めな汽車送りではなく護送車で送られると知って、いくらかホッとしました。

移送される日は、朝早く領置室に集められました。その日は、三十人ほどがいっしょに送られるとわかりました。官給の囚衣をズロースまで脱いで返納し、私物の服とパンティ、ブラジャー、スリップが返されます(なぜかコルセットやガードルは許されません)。

四カ月間、地下の倉庫に領置されていたパンティやスリップは、少し変色していて肌に湿っぽく感じましたが、それでも、だれが穿いていたのかわからない官給品のズロース(刑務所での正式名称は女の下穿きでも猿股です)を穿かされている気持ちに比べれば、ほんとうに「人間に戻った」という気分でした。

けれども、結構色華やかな私服を着て並んだ仲間の女囚を見て、私は、心の底からドキンとしました。全員一人残らず、「自分の服」がまったく似合わないのです。色だけが変に浮きあがってみえて、ちっとも服が体についていません。

私もたぶん同じにみえているのでしょう。女が刑務所に入って一カ月もすると、体形が変わるといいます。栄養とか、体にあわない下着をつけさせられるとかいうことだけでなく、女として、ひとに美しく見られたいという意識を厭応なしに捨てさせられ、女の羞恥心さえ、自分自身を苦しめるだけのものとして放棄させられる女囚の暮らしをしていると、体も姿も自堕落に締まりをなくしてしまって、シャバの服などまったく似合わず、囚衣だけがピッタリと合う体になる、つまり「体そのものまで女囚になってしまう」のだと、しみじみ悟りました。

一歩でも、コンクリートの塀の外に出るときには両手の自由を奪われる。これは女囚にとっては逃れられない絶対の規則でした。

列に並ばされた私たちは、両手に固く手錠を嵌められ、順番に腰縄を打たれ、繋がれました。長い芋虫のような、繋がれた女たちの列かできました。数人の看守に前後を囲まれ、号令とともに、罪を償う女たちの列は歩きはじめるのでした。

ひさかたぶりの手錠の固さ、腰縄の惨めさをタップリと味わいながら、私も歩きだすほかありませんでした。ちょっとでも足を緩めれば、前の女囚の腰から伸びた縄にグイと体を引かれる情けなさに、私は、唇をかむのでした。前庭に、鉄格子のはまった護送バスが、私たちを待っていました。手錠姿の不自由さに、久しぶりにはいたスカートの裾を乱しながら、私たちはバスのステップをのぼるのでした。

バスに乗ったら、手錠の嵌まった手を膝の上で揃え、看守からよく見えるようにしておけと言われました、バスが走りだし、重い鉄の扉があけられて、私たちは刑務所の外へ出ました。私にとっては四カ月ぶり、ほとんどの女囚たちにとっては、それ以上に久しぶりに見る塀の外の景色でした。空は晴れていました。



「チキショウ、シャバはいいお天気でやがる」

女囚の一人が小さな声でつぶやきました。とたんに、

「おだまり! 護送中は口をきくんじゃないよ」

看守にどなられました。その女囚は、肩をすくめ黙りました。私は、首をねじ曲げるようにして、鉄格子越しにシャバの景色を見つづけました。前をむくと、両手に嵌まった手錠が厭応なしに目に入るのがつらかったせいもあります。大勢でのバス旅行なんて、高校の修学旅行以来でした。しかし、このバス旅行は、楽しい歌声どころか口ひとつきけず、両手を鉄の金具で厳しく繋がれての旅なのでした。

数時間を走りつづけ、昼に、ようやく休憩がありました。あらかじめ指定したドライブインの裏手にバスが停められ、私たちは車をおりるよう命令されました。まず、それまで我慢してきた用便です。片手だけは手錠をはずしてもらえましたが、腹縄はつけられたまま。例によってトイレの扉は閉めさせてもらえず、縄の先をもった看守に見られながら用を足します。





用足しがすめばすぐさま、また固い手錠が両手首に嵌められます。刑務所の外だけに、万一の事故を恐れて、取り扱いは容赦のない厳しさでした。私たちを手錠、腰縄で数珠つなぎにしておいて、看守たちも、交代でトイレに入ります。バタンとトイレの扉を閉め、カチリと錠をおろす音がします。シャバの人には当り前すぎるほど当り前のことですが、いつも開けっぱなしの場所で浅ましく用便をさせられる私たちには、なんとも羨ましく腹立たしい感じでした。

それから昼食です。別室がないため、広い食堂の片隅を衝立で囲った場所がつくってあるのですが、衝立のすきまが大きく開いているので、大勢の女が手錠と腰縄で繋がれた格好でゾロゾロと入っていけば、すぐ目につきます。

哀れな私たちの姿に食堂中のお客さんの目が注がれます。

「アラマア、囚人だわ」
「手錠掛けられちゃって、かわいそうなもんだね」
「いいかい、あんたたちも悪いことをすると、あんなふうになるんだよ。よく見ておおき」






ヒソヒソとささやく声、あからさまに嘲笑する声。私たちは、顔をそむけ、うなだれるのでした。手錠だけははずしてもらい、腰は縄で繋がれたまま、並んでテーブルにつきます。そして、そこで食べた「シャバの食事」。何のへんてつもない親子丼でしたが、刑務所の「臭い飯」に慣れた私たち女囚には、天にも登るようなおいしい味でした。

私たちはもう人目を気にする余裕もなく、涙をこぼしながら丼にかぶりついたのでした。食べおわって手を使う用事がすめば、すぐに看守が手錠を手にして立ち上がります。私たちも反射的に立ち上がり、一列に並んで両手を揃えて前にだして、手錠を嵌められる順番を待ちます。

厳しくしつけられて哀しく身についた女囚の動作でした。

「アラアラ、もう手錠を嵌められるのね」
「おとなしく並んで手をだして、素直なものね。厭だって思わないのかしら」

覗きこむ若い娘の無遠慮な声。

(チキショウ。殺してやりたい)
(どんなにつらい思いをするものか、こっちへきて一緒に手錠を嵌められてみればいい)

呪いの言葉を胸の中に押し殺し、屈辱をかみしめながら、私たちは、順番に冷たい金具で両手の自由を奪われていくのでした。



(続く)
※「女囚くみ子」は、1990年代(監獄法廃止以前)に書かれた、浜不二夫氏によるSM創作物語です。一組の男女の会話から想起される獄中の描写、法律談義は、くみ子を責めるためのプレイトークとしてお楽しみ下さい。

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浜不二夫
異端の作家。インテリジェンス+イマジネーション+ユーモアで描く羞美の世界は甘く、厳しく、エロティック。
「 悪者に捕らわれた女性は、白馬の騎士に助けてもらえますが、罪を償う女囚は誰にも助けてもらえません。刑罰として自由を奪われ、羞恥心が許されない女性の絶望と屈辱を描きたかったのです。死刑の代わりに奴隷刑を採用した社会も書いてみたいのですが――」
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