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戦争前に作られたような古いフィルムだった。
タイトルも主演俳優も忘れてしまったが、
クライマックスで、ヒロインが縛られるシーンがあり、
それはホンの5、6秒間のものだったが、
私の魂に鮮烈に焼きついた。

恥ずかしいことを、早く懺悔してしまいたいので、時代をすこし飛ばして戦後(一九四五年頃)のことを書く。

私の「オナニー地獄」のことである。

とは言っても、私がここでいきごむほど、恥ずかしいことでもなければ、わざわざ「地獄」とよぶほどのことでもないかもしれない。なにをいまどきオーバーな、と笑われるかもしれない。ま、笑われても仕方がない。書かねばならない。

一九四五年八月十五日、つまり敗戦の日、私は十五歳だった。

アメリカ空軍の無差別爆撃によって破壊され、焼きつくされた街の中を徘徊する話は、すでにあちこちに書いているし、いわゆる焼け闇市派世代の作品もたくさんあるので、この時代の状況はできるだけ省略する。

15歳のころから数年間(つまり男の性欲が最も盛んなときである)私はオナニーをするために映画館に通った。

繰り返すが、私が映画館にいくのは、ひそかに、オナニーするためであった。

「戦後の日本映画史」みたいな本を手元にひろげておけば、それらの映画の一つ一つのタイトルも、封切され年月も大体わかるのだろうが、いまはそういうことをせずに、時系列など無視して、記憶だけで書きすすめる。
つまり、順不同で書いていく。



要するに、どんな内容でもかまわない。ストーリーが展開していく中で、女性が縛られるシーンがあれば、それがたとえ三秒間でも五秒間でも、それを凝視しながら私は興奮し、オナニーした。

当時は、映画館の入り口わきに、スチール写真をたくさん貼り付けた大きなウインドウがあり、その写真を見れば、映画の中に女優の緊縛シーンがあるかどうかの見当がついた。

緊縛場面そのものがなくても、それに近いような、つまりヒロインが危機におちいりそうなスチール写真があれば、私は期待に胸を熱くふくらませて入場券を買った。

スチール写真だけに緊縛シーンがあり、映画の中にそういう場面がないときもあった。
そのときの私の失望感は大きかった。

ウインドウのスチール写真だけを見て、予感して映画館の中に入り、その予感よりも期待していたシーンがたっぷりあったときのよろこびは何物にも代えがたかった。
そういう映画は、どんな駄作でも、私には名画のように思えた。


総武線平井駅前に、戦災をまぬがれた古い三流の映画館があり、そこで三本立ての映画をやっていた。

封切られてから半年以上もたつ映画で、その中の1本は戦争前に作られたような古いフィルムだった。

タイトルも主演俳優も忘れてしまったが、クライマックスで、ヒロインが縛られるシーンがあり、それはホンの五、六秒間のものだったが、私の魂に鮮烈に焼きついた。

いま観たら、たいしたシーンではなかったにちがいない。

時代物で、百姓家の納屋のようなうす暗いところに、町娘がひとり、ひっそりと後ろ手に縛られているシーンだった。
他に人物はいない。声も音もしない。
本当にひっそりと縛られ、かすかに悶えながらすわっているのだった。

その姿に、私の心臓はドキンと高鳴った。

私はズボンのボタンをはずし、その周辺をゆるめると、スクリーンの女優を凝視しながら、オナニーをはじめた。

ここで私は、当時の三流映画館の客席について、すこしばかり説明する。

信じられないだろうが、すべての物資が欠乏している戦後の時代であり、映画館の客席に並べられていたのは、ごく粗末な、通称縁台とよばれる、正確にいえば床机(しょうぎ)という類いのものだった。
むろん、木製である(いや、いま思い出した。場末の三流館に限らず、有楽町駅前の現在の丸の内ピカデリーやTOHOシネマなどの劇場が入っているあの巨大な建物も、爆撃をうけて廃墟同然となり、その地下にあった小さな映画館には、木製の縁台もなかった。客は全員立ったまま映画を眺めていたのだ)。

その木製の長椅子は、四メートルほどの長さで、背もたれもひじ掛けもない。
そのとき私は、その長椅子の一番右端に腰をおろしていた。
スクリーンに近い、一番前の客席だった。
私の左側には三人分ほどの空席があり、そのむこうの端に、小学校四、五年生くらいの少年が二人並んで腰かけていた。

その少年のひとりが、暗がりの中で顔をねじまげて私にむかい、声を放ったのだ。

「おじさん、椅子をガタガタさせないでよ」

それは少年らしくない、低いが鋭い声だった。



私はまだ十代だったが、暗い中ではおじさんに見えたのだろう。
少年の叱責の声に私はおびえ、あわてオナニーを中止した。
恥ずかしさに、呼吸がとまりそうになった。私はうつむき、耐えた。屈辱に耐えた。

映画はつぎのシーンに変わっていた。

私は背中を丸めたままの姿勢で台から離れ、最後部のだれもすわっていない左端の席に腰をおろした。
すぐに映画館の外にとびだしたいほど恥ずかしかったのだが、縛りのシーンを観なおしたい気持ちのほうがつよかった。

映画は三本立てだった(当時の映画はすべてモノクロだった)。
他の二本は現代恋愛物と喜劇で、縛りのシーンはない。私はすでに三本とも観ていた。休憩時間を入れると、ふたたびその映画の縛りのシーンになるまで、三時間以上あった(いまはほとんど入れ替え制になっているが、当時は一日中映画館の中にいられた)。

わずか四、五秒だが、どうしてもそのシーンが観たかった。私は飢えていた。三時間半暗がりの中で待って、私は観るつもりだった。
私のすわっていた木の台に、新しい客が入ってきて、腰をおろしてしまった。私は立ちあがった。恥ずかしい思いをするのは、もういやだった。

立ったままで、そのシーンがくるのを待った。通路わきのコンクリートの壁に、右の肩をつけ、よりかかった。

そのシーンが近づいた。

左手に持っていたズックの鞄で、前を隠した。
壁によりかかって体を支え、立ったままでオナニーをした。
射精するとき、脚の膝が、がくんがくんと前に折れた。それほどの快感があった。
だが、快感も欲望も、急激にそして非情にさめていく。男の生理は非情で残酷である。

目の前が霞んだ。私は倒れるようにして、木の椅子に腰をおろした。

(続く)

『濡木痴夢男の秘蔵緊縛コレクション1「悲願」(不二企画)


品番:KC-01
発売:2010年06月24日
収録時間:91分
販売元:不二企画

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※当欄で使用していのイメージ写真は本作のキャプチャ画像です

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濡木痴夢男 1930年、東京都生まれ。SM雑誌『裏窓』『サスペンス・マガジン』の編集長を務めるかたわら、『奇譚クラブ』他三十数誌に小説を発表。1985年に「緊縛美研究会」を発足し、ビデオ製作や『日本緊縛写真史』(自由国民社)の監修にあたる。著書多数。近著に『緊縛☆命あるかぎり』(河出文庫)。
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