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THE ABLIFE September 2009
「あぶらいふ」厳選新連載開始!
アブノーマルな性を生きるすべての人へ
縄を通して人を知り、快楽を与えることで喜びを得る緊縛人生。その遊行と思索の記録がゆるやかに伝える、人の性の奥深さと持つべき畏怖。男と女の様々な相を見続けてきた証人が、最期に語ろうとする「猥褻」の妙とは――
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彼女の手首は美しい。
手首と手の指の美しさに、
彼女の清潔感が凝縮されている。
手首を縛られ、二の腕に縄がかけられ、
さらに胸へまわされるときに、
脳髄がしびれるほどの快感があることを私は知っている。


まあしかし、こんなに長生きするとは思わなかった。
よく死ななかったものだ。
よく生きてこられたものだ。
あと六カ月たつと、私は、八十歳になるのだ。
八十歳! グェェッ、気が遠くなりそうだ。凄い年齢ではないか。自分のことながら、とても信じられない。
じつはもうとっくに死んでいて、いま生きている自分は、何かの錯覚ではないかと思うことがある。
生きているような気がしているのは、そんな気がしているだけで、じつはもう死んでいるのではないか。
もうすぐ八十歳になるというのに、こんな若い、いい女の、こんなにぷりぷりした弾力のある形のいいお尻を、両手で抱きかかえて、撫でまわし、頬ずりし、なめまわして(ほんとに舌を出してぺろぺろなめるのだ)よいものか、と思う。


だいたい、こんなに長生きする体力なんて、もともと自分にはなかったはずなのだ。
落花さんと私が、どこで、どういうきっかけがあって知り合い、こういう仲になってしまったのか、それをいま、ここでは書くまい。だんだんわかってくるはずだ。
とにかく、私が誘えば、彼女は、彼女が自由に使える時間の範囲内だったら、たいてい、どこにでもついてくる。
それは、彼女が私に対して従順という意味ではない。
(従順どころか、人一倍自分の意志を強く持ち、頑固で好みの激しい、自尊心の高い女性である)
私が誘えば、どこへでもついてくる、とうっかり書いたが、私は、彼女がつまらないと思うところへ、彼女をつれていったことがない(つまらない、ということは、無意味、ということである)。
そのことを彼女はわかっているから、私が誘えば、どこへでもついてくるのである。いや、ついてきてくれるのである。

先日、渋谷のアップリンクXというミニシアターへ、『風の馬』という映画を、彼女を誘って観にいった。
チベットを舞台にして、アメリカ人が作った映画である。
中国の支配下にあるチベッド人の尼僧が、弾圧の中で信仰を貫く話で、ヒロインは捕らえられ、投獄される。
しかし、連日の拷問とレイプの中で、彼女は信念を守り通すというドキュメントタッチの劇映画、という宣伝文句である。
「これはもう、我々にとっては、観なくてはならぬ映画だ」
というわけで、私は落花さんを誘った。

期待したシーンはわずかで、まあ、つまらなくはなかったが、おもしろくもなかった。
ミニシアターを出て、JR山手線に乗って二十分後、私と落花さんは「江戸駒」の一室にいた。
畳の部屋である。つまり、和室である。
部屋に入って十分後に、私はバッグの中から、黒い木綿の縄を取り出し、彼女を後手に縛りあげた。
服は着たままである。
いや、上に着ていた毛糸のうすいカーディガンだけ、ぬいでもらった。
この部屋の畳は古い(旅館自体が古いのだ)。うっかり体を横にすると、褐色に変色した古畳のケバケバが、カーディガンにくっついて離れなくなるのだ。
毛糸の編み目に密着し、もぐりこんで、かんたんには取れなくなる。黒いカーディガンだと、外に出て歩けなくなるほど、それが目立つ。
その失敗を、私と彼女は何度もくり返している。

二カ月ほど前、浅草の老舗の旅館で、やはり失敗し、ひどい状態になった。このときから、ほんとに懲りた。
つるつるした生地のうすいブラウスの上から、彼女を後ろ手に縛った。
左の手首を背中へねじあげると同時に、彼女の体は敏感に反応し、上半身がやや前に倒れてしまう。
つづいて右の手首をつかんで後ろへまわすと、彼女の全身からはほとんど力がぬけて、ぐにゃぐにゃになってしまう。
両手首を背中にねじあげられる、という行為に対して、非常に敏感なのだ。
縄をかける以前に、もう反応してしまう。
体をぐにゃぐにゃにされると、正直言って私は縛りにくい。
しかし、世間一般的には理不尽きわまる私の行為に対して、彼女がこのように正体をなくして反応する実態を目の前にするのは、私としては悪い気持ちではない。優越感が生じる。
彼女の手首は美しい。手首と手の指の美しさに、彼女の清潔感が凝縮されている。
手首を縛られ、二の腕に縄がかけられ、さらに胸へまわされるときに、脳髄がしびれるほどの快感があることを私は知っている。

胸の縄を引き絞る。彼女は声をあげ、さらに正体をなくして全身をぐにゃぐにゃにさせる。畳の上にすわっている下半身が、完全に力を失い、倒れてしまう。半分失神の状態になる。このとき、私も勃起する。八十歳の男の勃起である。私はその先端を彼女の唇に押しつけ、口をあけろ、と言う。すこしの抵抗もみせず、ためらいもなく彼女は唇をひらき、私のものをしゃぶり始める。

(続く)


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濡木痴夢男 1930年、東京都生まれ。SM雑誌『裏窓』『サスペンス・マガジン』の編集長を務めるかたわら、『奇譚クラブ』他三十数誌に小説を発表。1985年に「緊縛美研究会」を発足し、ビデオ製作や『日本緊縛写真史』(自由国民社)の監修にあたる。著書多数。近著に『緊縛☆命あるかぎり』(河出文庫)。
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