WEB SNIPER Cinema Review!!
スウェーデン発、満足度100%のハートフル・ラブコメディ!
アスペルガー症候群の主人公の眼に映る世界をユーモアたっぷりに描き出し、第84回アカデミー賞外国語映画賞のスウェーデン代表に選出された本作。物理とSFが大好きなシモン(ビル・スカルスガルド)は、気に触ることがあると自分だけの"ロケット"に閉じこもる。そんなシモンを理解してくれるのは兄のサム(マルティン・ヴァルストロム)だけだったが、そのサムがシモンの独特な振る舞いのせいで彼女にフラれてしまう。落ち込んだサムにペースを乱されたシモンは、サムに"完璧な恋人"がいれば元の生活が戻ってくると考えて、兄の恋人探しを始める――5月3日より、渋谷ユーロスペースにて公開後、全国順次公開
アスペルガー症候群のイケメン(ビル・スカルスガルド)を主人公とした、スウェーデンの映画だ。たいていの映画は始まるとまずいろいろな製作会社のロゴなんかが3秒づつくらい流されるが、本作はその合間にいびつなシモンのドラムソロが入ってくる。この空気の読めなさこそシモン! 彼は他人の感情を理解したりその場の空気を読むことが苦手で、その結果、どの場所でも異物になってしまうのだ。
監督は本作が長編デビュー作となるアンドレアス・エーマン。ミュージックビデオも手がけているだけあって、ロボット認識のようなシモンの世界観はとてもグラフィカルに演出されている。たとえば彼は他人の感情を6つのパターンにあてはめて理解するのだが、それがまるでAR技術のように空中に浮かびあがるのだ。目の前にいる人間は、いったいどのパターンに近いのか? シモンはそうやって他人の気持ちをおしはかる。彼が好きなのは物理、SF、そして宇宙。パニックになると、「宇宙船」という設定のドラム缶に引きこもるクセがある。
諸君には酷な話であるが、たいへんハッピーでたのしい本作、同時にデートムービーとしても完璧だった。スウェーデンという導入からおしゃれなところでもって、音楽もすてき、イケメンがかわいそうになる展開、(でも)最後にはハッピーエンド! 場内に明かりがつけば「ラブリーな映画だったね」と絆を深めあうカップルがあふれている。諸君がポップコーンの空き箱をもって足早にそこから立ち去る姿、目に浮かぶようではないか! しかし、敬遠するのはもったいない。
映画はついに両親の手に負えなくなったシモンが、兄貴(マッティン・ヴァルストレム)の家に送られるところから始まる。「ピシュ、こちら地球。応答せよシモン、ピシュ」やさしい兄貴はシモンの世界観につきあってあげるが、同棲している彼女は不満顔。なにしろシモンは生活のすべてを計画どおり、時間通りにこなさないと気がすまない。シャワーの時間になれば、中に人がいてもおかまいなし! ついに耐えきれなくなった彼女は出て行ってしまうのだが、やさしい兄貴はシモンを責めたりしない。でも電気の消えた室内でひとりベットに突っ伏す姿は、あきらかに落ち込んでいる......。そこでシモンが立ち上がる! ただし理由は「一度、決めた家事の役割分担を変えるのがいやだから」。映画はアスペルガー症候群のシモンによる、兄貴の恋人探しへ突入していく。
街に飛び出し、怒濤の勢いで女の子に声をかける彼の姿は、さながら歩くマッチングサイト・アルゴリズム状態。独自の「13項目のアンケートに答えてくれますか?」で始まり、「セックスのときは大声を出す?」などをはさみつつ、「科学的にぴったり合う人とデートをする気はある?」でしめるアプローチ方法は、ナンパ術としてもかなり画期的だと思う。真似したいと思う反面、シモンの欲望を全く感じさせないマシーンのようなフラット感がないと、ただの変態化してしまう難しさも感じる......、だが試してみる価値はあるはずだ。
やがてシモンは運命の女の子(セシリア・フォッシュ)と出会う。これが、アラブの血が入っているのか、ジャージが似合う感じ、M.I.A.系(※参考YouTube)? D E N A系(※参考YouTube)? CHIPPY系(※参考YouTube)?女子なのが今っぽい。いつもなんかヘラヘラ、フワフワしている彼女を見込んだシモンは、兄貴とのデートを持ちかける。
このジャージ女子が、公園で掃除をしているシモンのところにやってくるシーンがいい。いつも「計画どおり」を気にする彼から「時間から自由にならなくちゃだめよ!」と腕時計をとり上げる、これこそシモンのハッキングではないか! 2人は、イヤホンを分け合って音楽を聴き始め、軽快なポップスが流れ出す。「目の前の風景を、音楽と合わせて眺めてみて」と導くジャージ女子。すると時間は時計から放たれて、心と溶け合い、目の前の風景と溶け合い......、スクリーンにはソニーがウォークマンを発明して以来、音楽好きの誰もが通過してきた至福の瞬間がおとずれる! ふつうの「まじめすぎる男が主人公」の映画とかだったら(たとえば最近の映画だったら引きこもりサラリーマンが世界へと目を見開いていく『LIFE!』とかだったら)ここで「目がさめた!」とかなって、「これからは人生をたのしむぞ!」とかなって、もしかしたら横にいる女の子と「キスしちゃうー!」とかまでなるかもしれないのだが、そんなストーリーはアスペルガー症候群のシモンには通用しなかった。せっかくの雰囲気も台無しになってしまい、しかしここで女の子があんまり気にしてないのがまたいい。彼女をみていると、「いつもヘラヘラしている」というのも強さなのだと気づく。この性格こそが、本作の困難のまえに光を投げかける、ひとつの答えを示唆しているのだ。
やがて映画はシモンの考える、兄貴とジャージ女子をくっつける大作戦へと向かっていく。人の感情を読むのは苦手だが、物ごとの法則を読むのは大得意であるアスペルガー症候群のシモン。そんな彼が「ヒュー・グラントの恋愛映画」を借りまくって練り上げた「完璧なマッチング・デート」とはどんなものなのか......(ここで客席のカップルは最高潮!)。そして、いつも人と分かりあえず、関係が行き詰まるたびに宇宙へと漂うシモンの苦しみは、いったいどこへたどり着くのか!(カップルからもれ聞こえてくる「このあと、どこ行こっか」の声!)諸君! まさにデートムービーとして完璧な本作を、むしろショボくれた友だち同士で観ようではないか! そして帰りがけに「13項目のアンケート」を出しあって、まわりのカップルの雰囲気をぶちこわしちゃおう!(たぶん無理)
文=ターHELL穴トミヤ
アスペルガー症候群の症候群×天真爛漫女子!?
『シンプル・シモン』
5月3日より、渋谷ユーロスペースにて公開後、全国順次公開
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『シンプル・シモン』公式サイト
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