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2014年ヴェネチア国際映画祭栄誉金獅子賞 受賞記念
2014年カンヌ国際映画祭 監督週間正式出品
フレデリック。ワイズマン監督がいつか撮影したいと切望し続けた場所――英国の国立美術館ナショナ・ルギャラリー。1824年の設立から190年、人々に愛されつづける秘密とは何か。ナショナル・ギャラリー全館に3カ月間潜入、すべてをありのままにカメラに収め、知性と心を刺激する至福のドキュメンタリー! 2014年カンヌ国際映画祭 監督週間正式出品
2015年1月17日(土)より全国公開中
たとえば、ある宗教画が出てくる。それは遠近法も使われていなく、同じ顔が沢山並んでいて、まあ専門に勉強している人にはなにか学術的価値があるんでしょう、というようなくすんだ作品にみえる。それを前にした学芸員が、客たちに向かって語りかける。みなさんは14世紀の教会の中にいます。中は薄暗く、香気が立ちこめ、祈りの低い声、そして賛美歌が聞こえてきます。光は高く細い窓から差し込んでくるだけしかありません。それに加えてロウソクの揺れる光がこの絵を照らします。みなさんは、読み書きができません。毎日身の回りで誰かが亡くなっていき、死は身近です。そうしてこの絵を眺めるのです。もしかしたら死んだのちに、黄金の国が待ち受けているのかもしれない。私もそこに行けるのかもしれない、そう思いながらこの絵をみるのです......。するとこの絵に生命が宿っていくのを感じる! 学芸員ってこんなすごい解説していたのかと思う、そこにはプロの技が映っている。この映画の半分は、そんな彼らの説明で埋まっている。
館長はマーケティング担当者と、「ナショナル・ギャラリーの存在意義」について議論している。それは保存、啓蒙、研究......、議論の行きつく先には館長の「ナショナル・ギャラリーはあんまりチャラチャラしたくない」という意向が待っている。運営会議では「建物の肖像をマラソン大会の広告に使わせるかどうか」で激論が交わされていて、他のスタッフが保守的な館長にグイグイ突っ込んでいく。一人が館長に否定されたあとも、まったく空気を読まずにまた別の人間が突っ込む。そこには議論が存在している。それはスタッフの半数が女性なところに起因しているのだろうか、それともイギリス人は皆こうなのか。
男がギターを弾く18世紀の絵画を前にして、絵の中の楽譜が、全くのでたらめだとある学者が指摘する。するともう一人が、この作家の他の絵からは、彼が実際に演奏ができる、音楽を深く理解した人間だと推察できたと述べる。では目の前の、楽譜のチグハグさはどこから来ているのか。意図があるのか、もしかして贋作なのか。すべての絵が自信をもって解説できるわけではない、そこにはミステリーが立ち上がる。
額縁職人、化学者、ドキュメンタリーは裏方にも迫っていく。学生たちを前に修正技師が、自分の仕事の説明をする。何カ月も続く彼の作業はニカワ(透明の保護膜)の上に描かれるのだという。それは将来ニカワを塗り直すときに、一緒に洗い流されてしまう。彼の仕事は、すべて無に帰すことがあらかじめ決まっているのだ。それでも元にもどせること、将来にわたって解釈が可能なことが重要なのだと、彼は語る。そこにはエゴを越えた美術への愛がある。
この映画では、出てくる人間がみな美術を愛している。だからこそ、彼らがしばしばナショナル・ギャラリーを否定するのがおもしろい。
たとえば、ある絵は17世紀の市長の自宅暖炉を飾るために作られた。その作品はその場所の「光」にあわせて描かれていて、ナショナル・ギャラリーの壁では死んでしまう。学芸員は「絵画は今日、間違った光のもとで見られているのです」と解説する。ここには「美術館」の最も根本的なジレンマがある。彼らの愛する美術品は、そもそもナショナル・ギャラリーのために作られたものではないのだ。王族や富豪、一部の人間だけが鑑賞してきた芸術を、全ての人間にむかって開いていくという信念と、本来の場所から引きはがされた芸術が標本化され、正しい姿を失ってしまうことの板挟み。
そのジレンマを無視しないからこそ、館長はギャラリーの大衆化をこばみ、修復技師は自分の仕事を洗い流し、学芸員は「自分たちの展示方法がいかに間違っているか」を説明する。その葛藤を越えて、それでもやっぱり芸術が、我々の目の前に開かれている。ナショナル・ギャラリーをはじめ、「美術館」という現代を生きる人類にとっての幸せを、本作は伝えていた。
文=ターHELL穴トミヤ
巨匠フレデリック・ワイズマン監督が、
英国の〈小さな美術館〉が〈世界最高峰〉と讃えられる─その秘密に迫る!
『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』
2015年1月17日(土)より全国公開中
関連リンク
映画『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』公式サイト
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