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アカデミー賞受賞作『キャラクター/孤独な人の肖像』の監督が贈る傑作コメディ
天涯孤独の身になった大富豪の息子ヤーコブ(イェルン・ファン・コーニンスブルッヘ)は、自殺の手助けを裏家業とする葬儀屋に自殺の協力を依頼した。その直後、同じく自殺の幇助を依頼した女性アンネ(ジョルジナ・フェルバーン)と出会った彼は、心境が変化し、契約を確実に履行しようとする葬儀屋から彼女と共に逃げ回る羽目になる――5.28(土)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国公開
主人公(イェルン・ファン・コーニンスブルッヘ)が元貴族の大富豪だから、家が豪邸ってレベルじゃなくてもう城、屋敷なんだよな。だから、金のある感じが楽しい。金があるっていうのは安心感があるよな~、いやいま俺の口座の残金が8万円しかないからそういうこと言ってるわけじゃなくて、もちろんそれも関係あるのかもしれないけど、もう映画が始まって5分くらいで主人公がクソ金持ちということが示されるので、あーこれは特殊能力を持ったスーパーマンの話なのだなと思って見ていたのだった。それってでも物語的には、単純だよね。いや俺が口座に8万円しかないからひがんでるわけじゃなくて、だって富豪ってことは「あとは目覚めればいいだけ」っていう状態なんだから。いやでも主人公は、なかなかつらそうな無力感に蝕まれているらしい。
この映画で探し求められるのは主人公の生きる実感で、大富豪の息子はなんか、何考えてるんだか分からない茫洋とした感じで登場してくる。心ここに在らずみたいな。自分の財産にも興味がなさそうで、財団に寄付とかしちゃって、自分の屋敷の中をウロウロしてるんだけど、どうも自殺する場所を探しているようだ。
でそのウロウロついでに敷地内が紹介されていくんだけど、門から屋敷までまず車でしばらく走りますみたいな。いくつもあるうち、これがメインの建物ですという屋敷の前には、噴水があって、広大な池もある。庭というか森では猟銃で狩りをしていて、車の保管所には高級クラシックカーがずらり。この車がまた見ているだけで、美しいんだな~、俺が口座に8万円しかなくて、ママチャリのサドルとか経年劣化で3箇所くらい裂けてるから言うんじゃないけど、たとえば主人公が排気ガス自殺しようとして選ぶ古そうなジャガー。居住空間が大きく後ろに寄ってて、深緑で、タイヤのホイールはなんか傘の骨みたいのがすごい密集した感じになっている。ああーいいなー、って眺めてるだけで思う。
彼は家の中だとゆっくり排気ガス自殺できないから、岬に出かけていく。するとスーツの男によって、道から崖の下へといざなわれていく老人にいきあう。それこそが主人公と「特殊な旅のお手伝い」をする代理店との出会いだった。ついに自分が求めていたものを見つけた、そう感じた彼は拾ったマッチを手がかりにその会社を訪ねるんだけど、そのまえに崖が美しい。イギリス映画によく出てくるような、いきなりそこで大地が終わったような崖(本作の舞台はオランダ・ベルギー)。岸壁は白くて、そのはるか下には海が打ち寄せている。大地はケーキに粉砂糖をまぶしたように、短い芝で覆われている。日本の崖だと、松とか生えてんだよね、しかも山なのよ。だから圧迫感あるんだけど、この崖だと、すごい開放感ある。なんでヨーロッパだと、芝なんだろうね。緯度が高いから?産業革命の時に全部、切っちゃったとか?あんな崖行きたいな~、8万あれば航空券だけは買えるかな、あとのことは崖で考えればいいし......。
主人公が会社を訪れると、社長が彼に告げる「一度、旅の申し込みをされたら、絶対にキャンセルできませんがいいですね?」。この旅というのはもちろん、あの世への旅のことで、ここは自分で死ねない人のためにお手伝いをしてくれる非合法の会社だった。絶望した男が殺し屋に自分の暗殺を頼んで......というアキ・カウリスマキ監督の『コントラクト・キラー』という映画があったけど、もうどう考えたって、こうなればやっぱり途中で人生の素晴らしさに目覚めるに決まってる。この映画ではそれが、同じく「最後の旅」を頼みに来ていた女性客との出会いを通じて起こる。この女優、ジョルジナ・フェルバーン、おっぱいでかかったな。なんか仏教にはまっていて、カルマがどうとか、死ぬというのはエレベーターで一個上の階に上がることだとか言っていたけど、今口座に8万しか残ってなくて、ついつい生と死を見つめがちになるから言うわけじゃないけど、この映画の死生観ってなんかそんなに深くないというか、でも主人公が徐々に感情を思い出していく。その最初が、恐怖で、それは失いたくないものができるから、というのはちょっとよかったな。つまりそれは弱くなること、なのだ。生きるためには、完全無欠な富豪のままではダメで、弱さを知る必要がある。
ここでまた車の話をしたいんだけど、主人公がフェルバーンの店番してる店に誘いに来る、この時に見たこともない美しい車に乗っている。これはフランスでわずか数年しか作られていなかった、ファセル・ヴェガ・HK500という伝説の車らしい。ファセル社の本業は家具会社だったっていうんだから、もうその出自からしてオシャレじゃないか。二人はその走る家具に乗ってデートとかしてるうちに、やっぱ生きるって楽しいなと思ってくる。そしたらもう何の問題もない、富豪でラッキー!あとは何とかして「旅」のキャセンルさえできればいいんだけど、果たして?と映画は続いていく。
監督は、1997年に『キャラクター/孤独な人の肖像』でアカデミー賞外国映画賞を受賞したマイク・ファン・ディム。これは父親との相克を描いた重くて陰鬱な映画だったんだけど、ひさしぶりの新作はおしゃれなコメディか~、と思ったら実は本作もけっこう陰惨なところがある。たとえばトラックで暴走してきて落っこった黒人の運ちゃんはどうなったのか。あっさり死んでるのだろうか。極め付けがこの映画のオチで、この映画の主人公たち以外への配慮のなさというのは、わざとなのか、それとも監督の無意識なのか。
舞台となったベルギーとオランダは、世界に数少ない安楽死が合法の国で、だからこそこの映画がその主題である「自分で死を選ぶ」ということをどう扱うのか注目していた。あのオチからは、(自業自得とはいえ)困窮した人は「死ねばいいんじゃない?」みたいな、突き放した安楽死感が見えて、俺は怖かったよ!これは、『ソイレント・グリーン』(リチャード・フライシャー監督)の前日談なんじゃないか(待合室の雰囲気もなんか似てるし)!?ブラック・コメディなんかじゃなくて、主人公も含めて、全員が冷たい、冷え切った人間たちのサイコ・コメディなんじゃねえのか?!と思ったんだけど、それは貯金の残高が8万円であることが見せた幻想だったんだろうか。「口座に残高少なすぎなサプライズ ブレインセルの奇妙な大回転」状態になってしまったターHELL穴トミヤさんへの、温かいお便りや、現金書留待っています。
文=ターHELL穴トミヤ
死にたがる若き大富豪が謎の代理店に"サプライズ"な死を依頼するダークコメディ
『素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店』
5.28(土)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国公開
関連リンク
映画『素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店』公式サイト
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