WEB SNIPER Cinema Review!!
アルチュール・アラリ監督長編第一作
強盗に明け暮れるピエール(ニールス・シュネデール)は、15歳から音信不通だった父が死んだことを突然知らされる。ダイヤモンド商家生まれの彼の父はダイヤの研磨作業中に不慮の事故で手先を失い、家族の前から姿を消して野垂れ死んだのだ。ピエールは生家から追放された父の復讐とダイヤの強盗を誓うのだったが......。9月16日(土)より、ユーロスペースほかにて公開(全国順次)
冒頭、白衣を着た男たちが映り、今度はダイヤモンドを覗き込む眼のクローズアップになる。そこに加えてしたたる汗。男が汗をぬぐおうとした瞬間、鮮血が飛び散り、ダイヤモンド研磨機に巻き込まれた指が吹き飛ぶ。このとき特殊効果で作ったのであろう、指のなくなった手をちゃんとスクリーンに映すのが気取っていなくていい。
監督は本作が長編デビュー作となるフランスの新鋭、アルチュール・アラリ。小学生の時にポンピドゥー・センターで観た『マルタの鷹』(ジョン・ヒューストン監督)をきっかけにシネフィルの道へ踏み出したというだけあり、フィルム・ノワールへの憧憬がこの映画をアートと俗の絶妙なはざまに押し込めている。冒頭のビザールな特殊効果はその一端だ。
ニールス・シュネデール演じる主人公は、内装業をしながら、裏では窃盗団に所属してパリに暮らしている。ある日そんな彼の元に、15歳で生き別れた父親が死んだという知らせが届く。彼の父親はもともとベルギー・アントワープに住む有名なダイヤモンド一族の跡取りだった。しかし不慮の事故で指を失って一族を追放され、ついには路上でその一生を終えたのだ。葬儀に出席した主人公は、父を追放した叔父にガブリエル(アウグスト・ディール)という息子がおり、裕福な家業を継ごうとしていることを知る。そのガブリエルから内装工事を頼まれた彼は、これを機に父の復讐を果たすことを思いつく。しかし内部事情を探るうち、自分に父親譲りのダイヤモンド職人としての才能があることに気づき、揺れ始める。
本作でもっとも印象に残るもの、それはニールス・シュネデールの眼だ。彼はしばしば、眼に全く感情を感じさせない。どこを見ているのか、何を考えているのか、彼の内面こそがミステリーとなって、この映画をノワールなものにしているのだ。登場したての頃、配達員のふりをした彼は、その眼だけをキョロキョロ動かす。それは人間に擬態したターミネーターやレプリカントのように、彼を信用ならない者に見せる。窃盗団のボスから盗品の売り上げをもらうとき、その眼は相手を見据えて無邪気に笑っている。実の父の死を前にすれば涙に濡れ、ダイヤモンド加工の修行を始めれば才能の輝きがともる。ひょろっと背が高くて、何を考えているかわからないというか、多分自分でもわかっていない。この先、悪に染まるのか、善に染まるのか、あまりに危なげなニールス・シュネデールを前にして、果たして日本の淑女たちは「私がついていないとダメになっちゃう!」と自らの胸に抱き留めたくなってしまわないでいられるのか? ちょいワル、ミステリアス、影アリ、寂しげ、でも才能ありと、すべての「守ってあげたくなる要素」を内包した本作のニールス・シュネデールこそが、ダメ男引き寄せの法則リトマス試験紙となって、観る者を試すのである。
しかし本作で実際、良いナオンと付き合っているのは従兄弟のほうだった。彼が自慢のフィアンセを連れてみんなの前に現われ、恥ずかしげもなく下手なラブソングを披歴するシーン。その姿を眺める、持たざる者ニールス・シュネデールの次から次へと感情の移り変わる眼、そこにノワールな予感が満ちてくる。
このシュネデールと対照的なのが、途中から出てくるインドの新興ダイヤモンド王だ。その眼には一片の濁りもなく、常に自信と意思がみなぎっている(プロの俳優ではなくインドの有名な歌手・ダンサーだという)。漫画的なほどに濃い正義の味方顔は、本作に突然のB級感をもたらし、このパルプ小説っぽさ(俗っぽさ)こそが、本作のもう一つの魅力となっている。
作為感を隠さない照明や、強いコントラストは、役者たちをしばしば人間というより、なめし皮で作られた人形のように見せる。ダイヤモンド王の工場では、ジャック・タチの『プレイタイム』や、ビリー・ワイルダーの『アパートの鍵貸します』のような、セット然とした仕事場が用意され、それらが人形劇のような寓話性をこの映画にもたらす。ニールス・シュネデールには実の父親がいない代わりに、窃盗団のリーダーであり育ての親がいる。親戚の家に乗り込んでからは、職人としての師になる男がいる。復讐か未来か、この映画はニールス・シュネデールの揺れる眼が、どの父親を選ぶかという葛藤の寓話なのだ。
そんな男濃度の高い「アルチュール・アラリ監督のフィルム・ノワール」を観たあとは、ぜひ「ベロチューも・アリ感触のピルも・飲んであーる」な、ぐいぐいセックスで睾丸にたまった男性ホルモンを放出したい......。こんな『汚れたダイヤモンド』ならぬ「汚れたダジャレやんの?」なオチで本稿を閉じる私もまた、あなたの胸に抱き留めてはもらえないだろうか。
文=ターHELL穴トミヤ
フランスの新星 アルチュール・アラリ監督 × ニールス・シュネデールによるノワール映画の真骨頂
『汚れたダイヤモンド』
9月16日(土)より、ユーロスペースほかにて公開(全国順次)
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映画『汚れたダイヤモンド』公式サイト
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