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岩波ホール創立50周年記念作品 カール・マルクス生誕200年記念作品
1840年代ヨーロッパ。カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスはパリで運命の出逢いを果たす。その出逢いは、やがて時代を超えて読み継がれる「共産党宣言」誕生の夜明け前へと連なっていくのだった――。4月28日(土)より、岩波ホールにてロードショー!(全国順次)
あるときは発禁本、あるときは聖典。出版以来、全人類を揺るがし続けてきたあの大ヒット宣言!『共産党宣言』のふたりが、ついにスクリーンにやってくる!!
というわけで若き、カール・マルクスと、フリードリヒ・エンゲルスの映画なのであるが、伝記もののツボとして、結果をすでに知っているところからの逆算して興奮というのがある。たとえば日本で一番有名なふたり組、藤子不二雄の伝記なら、クラスに転校してきた安孫子素雄に「それマッカーサーの似顔だろ! おまえ、まんがうまいんだなあ」と藤本弘が話しかけた瞬間に、ハイ来ました~!ふたりが出会いました、ドラえもん、オバQ、パーマン、伝説はココから始まった~!みたいな興奮をおぼえるわけで、その後トキワ荘になんだか暗い奴が来て、メンバーが「また遊びに来いよ!」と声をかけるもそいつが「いや、多分もう来ないよ」と答えて去っていけば、やはり、ハイもうひとつの巨星、つげ義春きました!レジェンド同士の一瞬の邂逅きました~!というように興奮したりする。それは「彼らのその後を知る唯一の者として彼ら自身ですらその時には気づいていないかけがえのない瞬間を目撃する」という興奮なのだ。
しかし、本作でかろうじてわかる人名はマルクスとエンゲルスぐらい。「彼は?」「バクーニンだ」とかいうシーンがあっても誰?みたいな。ここで共産主義ファンなら「はい、ミハイル・バクーニン来ました!アナキストの巨頭!!その後のバクーニンによるマルクス批判とプロレタリアート独裁がもたらす悲劇への予言を思うと、この瞬間への感慨深さがと・ま・ら・な・い~!!!」的にアガるのかもしれないが、いかんせんそこまで詳しくもない。脳内を発火させないまま過ぎていく「多分、歴史的な場面なんだろうな~」という幾つものシーンを前にしていると、自分はこの映画、理解できてるのかな?と不安になってくる。でも、なんかイキのいい若者たちが、タバコを吸いながら、産業革命によって激変した世界にキックやパンチをかますべく奮起している。そして男たちは、みんなヒゲを生やしている......、そんなところにツボを感じることができるかもしれない。
映画は、森で薪を拾う人々と、それを盗みとして取り締まる警官隊のシーンから始まる。マルクス(アウグスト・ディール)は財産の私有をおしすすめる新法を「堕落した法律」と新聞で批判し、ドイツ当局に逮捕されてしまう。警官隊が新聞社の階段を駆け上がり、ドアの前にやってくるその瞬間まで、仲間であるはずの編集部員たちを腰抜けと批判しまくるマルクス。彼はトラブルメイカーで、その後どこに行っても、敵味方関係なく論争をふっかけては、その場をめちゃくちゃにする。しかし彼のせいで一緒にパトカーならぬパト馬車に繋がれた社主は、早速パリでの次の仕事を誘いかける。
一方のエンゲルス(シュテファン・コナルスケ)は、産業革命まっただなかのマンチェスターで、工場主である金持ち父さんのもと、社長御曹司として暮らしていた。ある日、ストライキを起こそうとしてクビになる工員の女性に「オッ、いいじゃん?」と惹かれるエンゲルス。やがてふたりは恋人同士になり、ここにお坊ちゃんと、コテコテ労働者階級のカップルが誕生する。エンゲルスは労働者たちが集う酒場に顔を出しては「てめえが来るところじゃねえ!」と殴られたりしつつ、交流を続行。ついに『イギリスにおける労働者階級の状況』を出版するのだ。
そんなふたりがパリで偶然出会い、意気投合し、ついには『共産党宣言』の出版に到る。その20代における青春の日々を、本作は描いていく。
監督は『ルムンバの叫び』『私はあなたのニグロではない』のラウル・ペック。19世紀のファッション、風俗が再現された画面は重厚で、イギリスはじめヨーロッパ各地の貧民街を彷徨する場面には『オリバーツイスト』や、『レ・ミゼラブル』のような雰囲気が漂う。本作における理不尽を前にした彼らの怒り、「労働を搾取されているのだ!」という演説は(残念ながら)今なお古びず我々の心に響いてくる。3日徹夜させられた挙句ケガをしてそのままクビになる19世紀マンチェスターの労働環境と、社員がパワハラで自殺した企業への処分が罰金50万円で終わる21世紀の日本に、いったいどんな違いがあるというのか。
やがて無名で無力な彼らは、当時ヨーロッパでもっとも力を持っていた政治組織、「正義者同盟」への加入を末席ながら認められ、しかし突然の動議発動によってそれを乗っ取り、共産主義同盟を名乗る。劇中最も盛り上がるシーンでありながら、そこには血の匂い漂う、不穏さもある。多数決によって意見の合わない人間がパージされる光景や、討論で人々を「敵=ブルジョアジー」と「兄弟=プロレタリアート」に分け、闘争を呼びかける好戦的な姿勢には、その後、スターリンや毛沢東によって繰り返される政争の姿が重なる。
ところがこの映画、ここで終わらないのがいい。マルクスとエンゲルス、組織を乗っ取ったはいいけど、そのあと生活がやってくるのだ。マルクス最近やる気ないんじゃない?書くって言ってた『共産党宣言』の原稿どうなったの?いや子供もできて、生活が大変で、みたいになり、思えば藤子不二雄にも、安孫子素雄が地元新聞社に就職し、日々の生活にかまけるうち、漫画から遠のいてしまう危機があった。ブルジョアジーも敵だが、その前に「怠惰」という内なる敵が! 俺たちでデッカイことやろうぜvs日々の生活への埋没......、そこで効いて来るのが「締め切り」なんですね。エンゲルスによる「マジもうケツカッチンだから、シャレにならないから」みたいな催促によって、マルクスが重い腰をあげる感動の展開!「万国の怠け者よ、締め切り効果を利用せよ!」という熱いメッセージを、本作から受け取りました。
文=ターHELL穴トミヤ
マルクスとエンゲルスは何を考え、何と闘い、何を成し遂げたのか。
世界中に貧困と格差が拡がる今日、彼らのエネルギーが私たちにつきつけるものとは。
『マルクス・エンゲルス』
4月28日(土)より、岩波ホールにてロードショー!(全国順次)
関連リンク
映画『マルクス・エンゲルス』公式サイト
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