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長年にわたり総括されることのなかったチップチューンをゲーム音楽史の観点から再評価
アーケードゲーム、ファミコン、ゲームボーイなど、現在ではレトロゲームと呼ばれるゲーム機の内蔵音源チップから生まれた音楽ジャンル「チップチューン(Chiptune)」。 その誕生から黎明期の状況、国内外の現役のアーティストたちの活動などを、膨大な資料と関係者への取材をもとに明らかにする一冊。
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■ゲーム音楽から転生した音質と音楽の魅力

今日隆盛するスマホゲームにおいて、「ピコピコ」したゲーム音楽は鳴っていない。しかし、かつてのゲーム音楽のように、音源チップの「音質」を駆使した音楽のことをチップチューンといい一つの音楽ジャンルを形成している。著者は、日本初のチップチューンサイトを運営し、初期から国内外の情報を発信してきた。この本では、前史の「コンピュータと音楽」の歴史から始まり、現在のチップチューンのシーンに至るまで、ミュージシャンのインタビューを含めて網羅的に解説し、題名の「チップチューンのすべて」の名にふさわしい内容となっている。

しかし、チップチューンがコンピュータやゲームから派生した音楽であるため、多くが「コンピュータと音楽」の歴史の記述に割かれている。それは、いかにコンピュータの発展と音楽が密接な関係であったかがわかるもう一つのコンピュータ史となっている。また、音楽がコンピュータを取り込んだ電子音楽とは異なる、もう一つの音楽史ともいえる。「コンピュータと音楽」、「ゲームと音楽」の歴史を詳細に描くことで、傍流とみなされてきたチップチューンが、コンピュータや電子音楽にとって正史であることを証明しようとしているように思える。それだけに、チップチューン本論までたどり着くのに時間がかかり、概略がつかみにくいが、作者の意図がそのようなものであるとすれば頷ける。

著者は、チップチューンのことを
「あの安っぽくて懐かしい1980~90年代初頭のゲーム音楽から、テイストをそのまま持ってきた、あるい は主要素として用いた音楽のことである。そういった音楽が、現在ではゲームのBGMという枠を超え、より幅広い表現の場で作られ聴かれるようになってきている。レトロゲーム機(風)の音楽なのに、ゲーム音楽ではない―という不思議なものを形容するための言葉」
と述べている。

そして原点のゲーム音楽自体は、
「コンピュータ音楽の本流からは見向きもされず、ポピュラー音楽においても完全に黙殺されたまま、音源チップによるVGMの時代は90年代半ばに終焉を迎える」
と述べ、
「VGMに聞き惚れていた少年たちが成長し、己のルーツとしてVGMを直視し、自らの音楽スタイルとして意図的に選択した時、チップチューンの時代は始まった」
という。

「実機」派と現代的な音楽制作環境でシミュレートする「チップスタイル」派に分けられることもあるようだが著者は、
「チップチューンか否かは、あくまで音の質感で判断されるべきことだ」
と述べているのが興味深い。つまり、チップチューンは、メディア考古学的に、過去のメディアを掘り起こし、回顧趣味的に使い続けるということではない。物質的な楽器としての音源チップに縛られることなくその音質や、音楽スタイルを指すジャンルとして捉えられているのだ。それは、複数音を同時に発生するのが困難であった音源チップやメモリの制約、あるいは音符に縛られない極小単位(ミニマルユニット)主義など、他の音楽ジャンルと同様に、制約や特性の中で築かれた文化の継承といえる。

我々の世代がよく知るゲーム音楽は、『スーパーマリオブラザーズ』や『ドラゴンクエスト』のVGMである。ただ、『ドラゴンクエスト』に関しては、バロック調の音楽などクラシックの要素が多分に含まれており、コンサートなどでアナログ楽器での生演奏が可能であった。つまり「本物」が仮想されていた音楽といえる。しかし、チップチューンでは音源チップ特有の「ピコピコ」サウンド自体が嗜好されたといえるだろう。

私は、大学時代は電子音楽や現代音楽の授業を積極的に受講し、勃興し始めていたサウンドアーティストとの交流も多かった。しかし、恥ずかしながら2000年以降はあまり音楽自体をフォローしていなかったこともあり、チップチューンについてはほとんど知らなかった。著者が参加していたクラブ・パーティ「MIDI祭」の名前をかすかに記憶しているくらいである。それは、私が親しんでいたのが電子音楽や現代音楽のような「シリアス」な音楽であったからかもしれない。電子音楽でもなく、ポピュラー音楽としても認知されていなかったゲーム音楽は、デバイスの発達により音楽的制約がなくなってその特徴は溶解した。しかし、制約の中で育まれた90年代までのゲーム音楽は、ゲームから独立したチップチューンとして生まれ変わり、ポピュラー音楽として自立していく。その意味では消滅と転生の音楽といえる。

チップチューンが世界的に波及していく2000年代は、音声合成技術が発達し、初音ミクのように人間に限りなく近づいた音声によって、音楽のアンドロイド化が進んだ。それとは逆に、旧式のロボットのように、たどたどしく電子的な音質による音楽が発展していたのだ。同時に、かつての音源チップがPCにどんどんエミュレートされ、インターネットによって爆発的に結びついて広がっていったのは今日的な現象でもある。初音ミクのようなボーカロイドとチップチューンが、ニコニコ動画で融合していくという現象は、これらの動きが同時進行であることを裏付けている。

また、80年代のVGM時代に細野晴臣が『ゼビウス』の音楽に魅せられていたり、テクノやエレクトロニカの中でかつてのVGMが再評価されたり、転生したチップチューンが認知されていったり「本流」からの接近や合流の動きも興味深い。さらに、ゲーム音楽が原点ということは、その時点の愛聴者は、プレイが前提になっており、ゲームボーイなどの「実機」などを使ったチップチューンの演奏への展開も見逃してはならないだろう。その意味では、TENORI-ONを制作したメディアアーティストである岩井俊雄が関わったゲーム『オトッキー』などはゲームプレイの音楽性を前景化し、融合を試みた先駆例といえる。

現在、EDMやテクノ・ポップなど、クラブミュージックやポピュラーミュージックにおいてもコンピュータを駆使した音楽が主流になっている。そのためチップチューンは、他のジャンルと溶け合ったり、80~90年代のゲーム音楽を知らない世代によって更新されていく過渡期にあり、その意味でもこの本は、新旧を含めた広義の「チップチューン」のもたらした広範囲な影響についても読み解く手がかりになるだろう。

私事であるが、幼い子供がおり音源チップを搭載した音の玩具を毎日聞かされている。そういう意味では、音源チップの音楽は、今日においても、大多数の子供が最初に親しむ音楽といっても過言ではないだろう。つまりチップチューンは未だに子供の音楽体験の原点にあるといえるのかもしれない。ゲーム音楽から独立したチップチューンが、今後どのように需要され、新たなチップチューンを生んでいくのか、耳が離せない。

付記
最近、私は画像の配色から音楽を自動生成するスライドショーソフトを制作している。無償版もあるので是非ご試用いただきたい。チップチューンの動向を紹介した本書は、大いに参考になった。

PhotoMusic
http://photomusic.jp/dl/pmbasicdownload/
文=三木学

『チップチューンのすべて All About Chiptune: ゲーム機から生まれた新しい音楽』(誠文堂新光社)
著社:田中治久(hally)
価格:2,200 円+税
ISBN: 978-4-416-61621-5
発売:2017年5月11日
出版社:誠文堂新光社

Amazon.co.jpにて詳細を確認する>>

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三木学(みき・まなぶ) 文筆家、編集者、色彩研究者、ソフトウェアプランナー他。独自のイメージ研究を基にした編集、執筆、ソフト開発、ライセンス・マネジメント等を行っている。編著に『フランスの色景』、『大大阪モダン建築』、ヤノベケンジ『ULTRA』(すべて青幻舎)がある。「あいちトリエンナーレ2016」コラムプロジェクト『アーティストの虹-色景』ディレクター。音楽自動生成スライドショーシステム『PhotoMusic』ディレクター。
http://photomusic.jp/
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17.10.21更新 | レビュー  > 
三木学 |