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マンガの「裏歴史」を辿れる1冊
マンガの世界には様々な事情によって、発禁や自主規制、単行本未収録となる、いわゆる「封印作品」が少なくありません。本書では戦前から戦後・現代まで、あらゆる時代の封印作品を取り上げています――。封印の理由や当時の世相について、さらにマンガ表現と規制問題についても切り込んだ1冊。全60作品以上を収録。
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■マンガが消される理由の移り変わりも面白いが、消す人の移り変わりも面白い。日本のタブーを漫画出版史から読み解く

『証言構成『ポパイ』の時代―ある雑誌の奇妙な航海』で一時ただのカタログファッション誌に堕していた(が最近はリニューアルしてなんとなくよくなりはじめた)マガジンハウス社のポパイが、発刊当時いかにラディカルな雑誌だったかを鮮やかによみがえらせてみせた赤田祐一。『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』で今や大企業が群雄割拠し時代の主流となったインターネットに、そもそもどれだけ教室の片隅のおかしな人たちが群雄割拠していたかを示してみせたばるぼら。
この2人の共著になる日本のマンガの発禁史とでもいうべき単行本が本書『消されたマンガ』だ。発禁になった日本の漫画作品を、戦中戦後から、さらにはつい最近のものまで年代別に収録し、その消えた理由と推移を当時の週刊誌や、新聞記事、ときには市議会の議事録まで引用して、かなり綿密に検証している。

収録、第一発目は『のらくろ』! その理由は「戦争に邪魔だから」という単純明快なものでさすが戦時中だ。「『のらくろ』が終われば、『少年倶楽部』の売り上げが減って用紙の節約になる」という役人の言葉が本気なのか、おだて半分の言いがかりなのか分からないが、まあとにかくマンガどころじゃないだろということだったらしい。マンガとはかくもか弱き存在、それはこの頃から変わらない。
そして続いて出てくるのが『サザエさん』! こんなに超有名作に封印された回があったのかと驚くが、連載作品に比べ、単行本未収録のものは700回分ほどもあるという。中には著者が気に入らなかったり、時事ネタで分かりにくいからといって消されたものもあるようだが、本書ではとくに差別的な表現を含む回をいくつか挙げている。日本社会が豊かに、そして成熟(または、ただ欧米化)していく過程で社会の「あり・なし」通念が大幅に変わっていく。その狭間にいくつかの回が落ちていく、これは逆にサザエさんがいかに日本の時代とともにあったかをあらわしていておもしろい。

次から次へと出てくる「消されたマンガ」を年代別に追っていくと、まあそこにはとにかくありとあらゆる理由(人気絶頂のなか作者が銃刀法違反で逮捕、打ち切りなどというものまである)があるのだが、同時に日本のタブーの大きな流れ、戦中の戦意高揚から、戦後すぐの不敬、そして差別、エロ、著作権へという、世間の「なし」の移り変わりが浮かび上がってくるのもおもしろい。さらに本書が興味深いのは、その向こうに「誰が」マンガを消してきたのかも透かし見えてくるところだ。
例えば黒人差別について本書はコラムで2ページを割いているが、ワシントンポストの記事に端をなして発足した「黒人差別をなくす会」のメンバーが大阪の3人家族(当時小学生4年生の息子が書記長とかになっている)だったというのは知らなかった。この会の抗議で『ちびクロサンボ』が一斉に発刊中止になった(今は再販されている)のはけっこうエポックメイキングなできごとだったのだが、そこまで影響力のある会の実態が、一家族の投書活動というのは驚きだ。
さらにはエロ方面において、全国の保護者から大量に抗議ハガキがとどいた劇画バッシングの裏には、抗議ハガキのテンプレートを作る共産党がいたのではないか?(なぜならハガキの文面が全部同じだった)という編集者の座談会や、各都道府県に有害図書指定をうながしてきた「子供を守る会」が、実は性に厳格なある新興宗教団体の信者で構成されていた、などという話もあり非常に面白い。社会全体の流れであったようにみえる表現規制も、けっこう個に近い集団の趣味によっていたという、これは昭和後期の「消されたマンガ」のひとつの潮流だろうか。
これが最近になると、新人のデビュー作品が匿名掲示板で「パクリ疑惑」検証というネタになり、名無しさんによる大量動員で「盗作(コマの描き写し)認定」されてマンガが消えていく。権威、正義、法律遵守とタブーの錦は移り変わり、言い出す当事者も個人、団体からネットでの匿名の集合体へと移りかわる。今でもマンガは、カナリヤのように時代の空気をまっさきに吸って昇天し続けているのだ。
 
ところで、「消されたマンガ」の反対語はなんだろう。それは「大人買い」ではないだろうか。はからずも本作に取り上げられているなんらかの理由で「消された」マンガの数々は、連載マンガがアーカイブされるものではない、一度きりの存在である(かもしれない)という気分を思い起こさせた。
自転車でやってくる紙芝居から、貸本、連載マンガ、そして映画にいたるまで、それらはつい最近までその場で出会うしかない、一期一会の、消えていく存在だった。やがて、ほぼすべてのものはアーカーイブされはじめ、アーカイブはさらに束になって、「コンプリート・ボックス」などとして大人買いされるようになり現在に至っている。さらにクラウド化していくのかしれないが、しかしいつでも好きなときに読みたい!という欲望と、その瞬間しか読めない!という希少性への欲望は、どちらも芸術の魅力であるはずだ。しかしそんななかでも、「消される(た)マンガ」はいかに技術が進歩しようと、社会によって変わらず生み出されていくだろう。それは「大人買い」のしらけムードを阻む、一回性の芸術の最後の砦になるのかもしれない。

ちなみに本書に掲載された「消されたマンガ」のなかでいちばん印象に残った作品は『ラジヲマン』。原子力カー「ニュートロン号」で現場に急行するなか、一時冷却水が漏れても気にしない豪快なヒーローが登場する話で、本書に資料として掲載されている1コマだけでも笑える。どっかの雑誌でぜひ1回限りの再録をしてくれないか(『ポパイ』とか)!
文=ターHELL穴トミヤ

『消されたマンガ』(鉄人社)

著者:赤田祐一・ばるぼら
価格:1,365円(税込)
ISBN-13:978-4904676806
発売:2013年7月22日
出版社:鉄人社

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ターHELL 穴トミヤ  ライター。マイノリティー・リポーター。ヒーマニスト。PARTYでPARTY中に新聞を出してしまう「フロアー新聞」編集部を主催(1人)。他にミニコミ「気刊ソーサー」を制作しつつヒーマニティー溢れる毎日を送っている。
http://sites.google.com/site/tahellanatomiya/
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13.10.05更新 | レビュー  > 
文=ターHELL穴トミヤ |