WEB SNIPER's book review
彼女たちは、なぜ「ワリキリ」を行なうのか?
出会い系メディアを通じて"ワリキリ"を行なう女性100人超にインタビューを敢行。語られる物語と膨大な統計データによって現代の売春の実像を浮き上がらせる――。気鋭の評論家によるルポルタージュ。盲点だと思った。先進国の日本において個人間売春をする女性たちは、自尊心の低さやトラウマなど、個人の問題に要因があると思い込んでいたからだ。
90年代に援助交際ブームが起きたときはそうだった。女子高生を中心としたエンコー少女たちは皆そろって「ブランド物のバッグが欲しいから」とか「若いうちにしかできないから」と答えていたし、そこから見えてくるものは、社会への征服感とか、自傷行為的意味合いだとか、寂しさが原因といった、心の問題として議論される傾向にあった。彼女たちが求めるものは「生活費」ではなく、遊ぶための「お小遣い」であり、ひたすら浪費することに意味があるように見えた。
その刷り込みが強過ぎたためか、私は未だもって彼女たちに当時と変わらぬイメージを抱いていたし、おそらくほとんどの人が同じではないだろうか。
かつて援助交際と呼ばれた自由売春は「ワリキリ」という言葉に変化し、出会い系サイト・出会い喫茶・テレクラなどを介して現在も存在する。著者である荻上チキは、自分の足で日本全国を回りワリキリ女性たちを体当たりで取材。100人を超えるワリキリ女性にインタビューをして、3000人分以上のデータを集めた。本書では彼女たちの証言をメインに、ワリキリ事情を紹介していくわけだが、そこから見えてくるものは、あまりにも悲惨な彼女たちの生活・経済状況だ。
まず、多く目につくのが、うつ病、パニック障害、対人恐怖症などの精神疾患を抱え、昼職に就くことが困難である者。子どもの頃の生育環境が劣悪で虐待被害者であり、帰れる安全な家が存在しない者である。彼女たちは、夫や交際相手にもDV男を選びがちで、悪循環に陥りやすいという特徴を持っている。
また、非正規の労働者は女性のほうが多く、平均所得の男女格差も大きく開いたままであること。シングルマザーの大半はワーキングプアであり、多くは一銭の養育費も受け取れずにいること。貧困状態の彼女たちにとって、NPOや行政があまりにも遠い存在であること。路上生活をするには男性以上に危険を伴うため、屋根のある空間を確保する緊急性があること。街をさまよう彼女たちに最初に声をかけるのがホストやスカウトであり、売春に手を染めるきっかけが作られやすいことなどを指摘している。
多くの女性は複合的に問題を抱え、そこから抜け出すのが困難な状況にいるが、中でも寝かしつけた子どもとふすま一枚隔てた部屋の万年床で売春を繰り返しているシングルマザーの話は痛ましい。小さな子ども一人を置いて、自宅を出るわけにはいかないというのがその理由だ。
子どもの父親が養育費をきちんと支払うというケースはまれであり、子育てを協力してもらえる環境にない場合、シングルマザーが子育てと仕事を両立することなど非常に困難である。
本書では数多くのワリキリ女性たちの物語が収録されているわけだが、そこから見えてくるのは、いかにこの世が女性にとって不都合に作られた社会かということであり、売春せざるを得ない状況の女性が、ある一定数いるという現実だ。
困っている人が数多く存在することがわかれば、僕たちは「個人問題を社会問題化」する必要がある。
(P12)
という荻上チキの言葉には説得力がある。
しかし、本書の後半に出てくる「ナナの日記」を読んで、私は憤慨した。
27歳のナナは、過去にワリキリも行なっていたが、現在は「茶飯」と呼ばれる、ご飯・お茶・お酒だけを専門とする女性だ。本書には、このナナによる一カ月分の日記が掲載されているのだが、それを読むとどうにも釈然としないのだ。
6月8日(水)
AM12:00 男性が続々とご来店♡
ソッコ→ トークが入り
23才 スカウトマン カラオケで 1万円♡
「この後ごはん行かない?!」って言われ、いざかやへGO!
向こうにTELが入り30分くらいで店を出て
またまた1万円もらった♡♡♡
戻ってすぐにトークが入り 2度目のカラオケ
その男性わ 23才 まぢめ系 新規♡ 1万円もらった^^*
この日わ、運がよかった♡
3万円GET!!
(P250)
このような内容の日記が延々と続いている。
男性とカラオケや食事に行っただけで、毎日1万~3万円ほど稼いで暮らしている女性。しかも27歳という決して若くはない年齢で、自分より若い男性を相手にしてお金を貰えるという事実に衝撃を受ける。
さらにこの女性が、現在は結婚し妊娠中であり、幸せいっぱいに出会い喫茶を卒業したというエピソードつきなのだ。荻上チキはこれをハッピーエンドとするのだろうか。
結局のところ重要なのは、「望まない売春をいかに減らすか」という、極めてシンプルな課題だということになる。
(P158)
それはその通りだがどんなに生活が苦しくて家庭環境が最悪でも、売春する女性としない女性ではキッパリと分かれるし、その線引きは明快にあるのだ。止むを得ない事情を抱え、たまたま売春を選択した女性だけを取り上げ、
売春男に彼女たちを抱かせることをやめたいなら、社会で彼女たちを抱きしめてやれ。そうすれば事態は幾分、マシになる。
(P131)
と、意気込んで見せるのも、へんてこりんな話だ。
現にDVシェルターや児童養護施設、生活保護など、すでに様々な手段は用意されているし、そこに助けを求めないのは彼女たちの選択である。
現代日本における売春は、様々なケースがありすぎて、一概に問題をひとくくりにはできない。具体的にどのような事情を抱えたケースがあるのかは、本書を読めばわかるだろう。荻上チキからの提案は特に書かれていないが、新しい視点での問題定義を含んでいるという意味では、貴重なデータの揃った一冊といえるだろう。
文=東京ゆい
『彼女たちの売春(ワリキリ) 社会からの斥力、出会い系の引力』(扶桑社)
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