WEB SNIPER's book review
心。身体、悲しみ、全部を ただ優しく包みたい......
家の近くの「蛇崩交差点」でいつもすれ違う、片思いの彼。いつも俯いている彼に片思いし続けてきた僕は、ある日、やっと言葉を交わすことができたのだが――。同性間で育まれた好意。その繊細な揺れを切なく描いた注目のBLコミック!!抒情的で独特の透明感のある作風でファンの多いBL漫画家・藤たまきさんによる作品で、ジャンルでいえば「思春期の友情もの」といえるでしょうか。
何不自由ない、だけどどこか空虚な生活を送っていた、お金持ちの息子で高校生の龍一。彼は近所の蛇崩交差点で見かけるだけだった10年来の片思いの相手・円(まどか)とふとしたことから親密な関係になります。円は龍一が最初、女の子と見間違えてしまったぐらい線が細くてはかなげな少年。「家が厳しい」が口癖で、常に寂しげな陰を纏っている。距離が近づいていくうちに龍一は、それが円がみずからの家庭に対して抱える秘密によるものだと気が付きます。
お金持ちの息子なのにというべきか、お金持ちの息子だからというべきか、理屈っぽいところはあるものの屈託のない龍一は、円とは反対の、いうなれば「陽」の存在。円にメロメロになった彼は、素直に円を何とか幸せにしたいと願い、その心情が冒頭の帯コピーとして作品内で表現されるわけなんですが、龍一のその気持ちと行動を、円も最初は受け入れます。いえ、最初どころではなくて、途中ですれ違いはあったものの中盤まで受け入れて、ずっと「蜜月」が続きます。
ただ、円の秘密が何なのか、円はずっと明かそうとしません。龍一もあえて強く追及しようとはしません。二人とも目を逸らしているわけではないのですが、円は「傷が深すぎてそう簡単に打ち明けられない」、龍一は「傷ついているのがわかるから、聞きたくても聞けない」。根本的な問題が何も解決していないから、どう考えても破綻する予感しかしない。
やがて、そんな「終わりの気配」を漂わせながらも、二人は龍一の葉山の別荘で夏を過ごすことになり、龍一にとっては長年一方的にではあるけれど思い続けてきた相手と過ごす非現実めいた日々が、円にとってはそれまでの鬱屈した日常からかけ離れたあまりにも明るい日々が、始まります。ですが、ある嵐の日に今まで目を背け続けてきた円の秘密に関する事件が起こり、そこから逃れることはできないと悟った円は別荘を飛び出していきます。
つまり龍一の「優しく包みたい」はうまく機能せず、肝心な問題に肉薄できなかったわけですが、何がいけなかったかというと、優しく包む=自分の都合のいいやり方で円が喜ぶのを見たいということでしかないんですね。しかもそれを自覚していない。円が求めているかどうかは考えず、悪気なく高級レストランに誘ったり、スーツを仕立てたり(これが嫌味にならないところが彼のすごいところなんですが)。でも円も、それは自分を一時的にではあれ解放してくれるものなので、受け入れてしまった。
方向性が極端で半分は自己満足だったにせよ、龍一は自分にできることをその時々で考えて彼なりにもがいたし、だからこそ円も揺らいだのでしょう。そんな一方通行とは必ずしも言えない、重なり合うことがありながらもすれ違っていく心情の描写は、円の秘密が明らかになるにつれて一層痛々しいものとして迫ってきます。また、それらを台詞やモノローグだけでなく、ちょっとした風景描写などでも感じさせるシーンもいくつもあって、あぁこの作者さんはそういう表現がうまいなぁと。そういった積み重ねがあって、ひとつの到達点である葉山でキャキャウフしているシーンは余計に切なく見えました。切ないBL好きにはホントおすすめです、この作品。
あと、龍一と円は恋愛に発展しても常に友情っぽい雰囲気があって、そこも強く推したい。攻めと受けの違いはあっても基本的にはどちらも男というか、少年としての目線でお互いと接している。セックスも主導権的なものは龍一にあっても、お互いイカせあってますし。
よく、「それって受けは女でいいじゃないですか、男にする必要ないじゃないですか」と言いたくなるBLを目にしますが、この話は円が男じゃなかったら成り立たなかったと思います。少年だからこそ持ったハネッ返り具合と傷つきやすさと神経質さ(このあたりは円の秘密に関わってくる要素なのですが)、そういったもの全部で龍一と向き合うのでなければ。私はBLはやっぱり男と男......というよりも、男性的要素と男性的要素の絡み合いであってほしいんです。それを本人たちが悩むにしても、さらっと受け入れるにしても。
切なくて、でもエロいシーンもキッチリあって、ちゃんと男的な男同士で、と私的にはツボをかっちり押さえていただいた気がした作品でした。エロシーンがキッチリとはいっても、さらりとしたタッチの絵でそれほどくどくないので、BL初心者にもおすすめです。
文=早川舞
『蛇崩、交差点で』(大洋図書)
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