WEB SNIPER's book review
現代における性意識の最先端。
これが今私達が生きている世間の一般的な感覚だ。
しかし「どうして性を売ってはいけないのか」と問われると、うまく答えられる人はあまりいないんじゃないだろうか。
かくいう私も、そんな一人である。
子供のころからエッチな物が好きで、物心ついてからはエロ本やAVをオカズにオナニーに励むことで冴えない青春時代をなんとかやりすごしてきた。アダルト産業はこの世になくては困るものだと思っているし、セックスが苦痛じゃない人間が性を売って何がいけないんだろうと思う。
「ラクして大金を手にしようだなんてけしからん」という意見もあるだろうが、アダルト産業に少しでも興味のある人間なら、今はそんな甘い時代じゃないと想像がつくはずだ。
性を売るのは、なぜイケナイことなのか。
私がこれまで目にした中で唯一説得力があったのは、90年代後半の援交女子校生を描いた村上龍の『ラブ・ポップ』という小説だけだ。
街で見かけたトパーズの指輪に心を奪われたヒロインは、その代金12万を作るために伝言ダイヤルを使って1日で何人もの男に会う。そしてその中の一人に言われる
「お前が知らない男の前で裸になっているのを知ったら、死ぬほど悲しい思いをする人がいる。誰にだってそういう人は必ずいるんだ」
この一文を読んだとき、夫も恋人もいない私の頭に浮かんだのは親の顔だった。もしも何かの拍子に私がAVに出たり売春したりしたら、きっと両親は死ぬほど哀しむに違いない。そうか、だから性を売ってはいけないのか。
陳腐ではあるけれど、「そんなことをしたら親が泣く」という論理には人を納得させるだけの力があった。
さて前置きが長くなったが、『うちの娘はAV女優です』だ。
本書は、いわゆる「親バレ」をしながらAVに出演している10人のAV女優たちへのインタビューをまとめた一冊。WEBで連載しているときのタイトルは『親公認AV女優』というさらにショッキングなものだった。
最初このタイトルを見たとき、私はドキッとした。死ぬほど悲しむはずの親が認めてしまったら「性を売るのはイケナイこと」という社会通念にまったく意味がなくなってしまうではないか。
しかし読み進めていくうちに、「親公認AV女優」はそこまで特別な存在ではないのだとわかってくる。
娘の握手会へ行き、事務所へのお中元、お歳暮を欠かさない母親。
父親のDVに苦しむ母親を見て育ち、強くなるためにお金を稼ぎたい女優。
不特定多数を相手にする風俗よりもAVのほうが安心だという親。
本書に登場する親たちはけして娘のAV出演を歓迎しているわけではない。むしろ「賛成はしないけれど理解はできる」というくらいのスタンスだ。
女の子がAVに出ることにした理由も親公認になった流れも十人十色であり、子供に手をかけてあげられなかった負い目があるがために「頑張っているのなら」「本当にやりたいのなら」と、娘の決断を認めている節も見受けられる。
40代半ばの私は、AVにお世話になっている人間の目線と、もしかしたらAVに出演していたかもしれない女の目線と、娘がAV女優になっていたかもしれない母親の目線でこの本を読んだ。そして、どの立場も理解できると思った。
中でも私がシンパシーを感じたのは、アラフィフ美熟女女優・一条綺美香のエピソードだ。
一人っ子で未婚。70代の両親の世話をしながら暮らしている彼女は、結婚したり子供を産んだりしている同世代の友人達の姿に触発され、20代の頃はとても考えられなかったAV出演を決めた。父親は「いい大人なんだから、自分で責任の持てる範囲でやれ」と反対はしなかったという。
熟女世代の私には、人生半ばを過ぎて「女として何かを残したい」と新しい世界に飛び込んでいく彼女の気持ちも、それを止められない父親の気持ちも痛いほどわかる。
このように、AVに出る女性たちの言葉が特別な世界のこととしてではなくスッと入ってくるのは、筆者であるアケミンの立ち位置によるところが大きいと思う。
AVや風俗について書く行為というのは、欲望やモラルといった個人的な感覚に直結しているせいか、反感や必要以上のロマンチシズムが入りやすい。しかしAVメーカーの広報からAVライターという道を進んだ彼女には、そういった偏った感情はないように思える。
AV業界の内情を知り尽くした「中の人」であるから、思い込みや偏見がない。同じ女性としての共感と、同じ業界にいるからこそのシビアさと優しさ。そういったものががほのかに透けてみえる文章は、心地よくて読みやすい。
インタビューはもちろんだが、AVファンなら間に挟まれたコラムも必読だ。
例えば、こうして一冊の本になるくらい目につくようになった「親公認AV女優」の存在だが、実はその絶対数は一昔前より格段に増えたわけではないと言う。
女の子の質が上がり競争が激しくなった今のAV界で有名になるためには、イベントやテレビ出演といった目につきやすい仕事もしなくてはいけないし、スケジュールの融通もきかなくてはならない。つまり、親公認なのは売れるAV女優の必須条件だというのだ。こんな考察が出てくるのも、彼女が「中の人」である所以だろう。
その他にも、単体、企画、キカタンといったAV女優のヒエラルキーについてや、アイドルとAVをつなぐ恵比寿マスカッツの存在、そして実際のところAV女優になるとどれくらい稼ぐことができるのか等々、興味深いテーマばかりである。
インタビューの最後、アケミンは「親公認AV女優」たちに尋ねる。
「もし自分の娘がAV女優になると言ったら、どうしますか」
ほとんどの子の口から出てくるのは「うーん、自分がやってるんだからやるなとは言えないけど......」そんな白でも黒でもない言葉だ。
いくら親公認でやっているといっても、逡巡しないわけじゃない。
毎日のようにAVでオナニーしているし「性を売ってはいけない」なんて思ってもいない私だけれど、その答えにはなぜだか少しホッとしてしまった。
文=遠藤遊佐
『うちの娘はAV女優です 』(幻冬舎)
関連記事
BOOKレビュー『ゲスママ』(コアマガジン) 著者=神田つばき