web sniper's book review イカれたDJどもを縛り首にしろ 連中がタレ流している音楽なんて ぼくの人生に何の関係もない 『Hang Reviewers High(ミニコミ)』 文=井上文 ワタシは今、一人一人の主観だけが美しさを語ることができると思う。ワタシにとって、この本を編集することが、ゼロ年代に対してできる爆撃だ。――ばるぼら |
今もドキドキしている。
『Hang Reviewers High』はライターであるソメル(さやわか)氏のブログを書籍化したミニコミだ。編集者は批評家のばるぼら氏である。この本を作った意図について、ばるぼら氏は前書きでこう書いている。
「もう何年も前から、今この瞬間に起きている状況の変化について、今の言葉で語られない不満があった。空気や立ち位置、距離感ばかりに慎重な、相対化に汚染された他人行儀な言葉が溢れ、一つの理論で鮮やかにすべてを説明できるつもりの、強引な言い換えと断罪が横行している。(略)ここには徹底して個人的な、対象の姿について思索した言葉がある。それは我々が過去と未来の交点に生きていることを示す強力な批評である。ワタシにとって、この本を編集することが、ゼロ年代に対してできる爆撃だ」
収録されているのは主に本や音楽や映画や雑誌の評論だ。どれもめちゃくちゃ面白いし、鋭い批評であることには違いないにせよ、気を楽にして愉しめるものばかりである。それらを持ってゼロ年代への「爆撃」とするとはどういうことなのか。
全部を読むと、仕掛けは鮮やかに炸裂する。
「第一章 この瞬間について」「第二章 美しさについて」「第三章 変化について」「第四章 交点について」「第五章 再び、この瞬間について」の五章に分けられたこの本は、個別の作品について語ったものでありながら、同時に著書の“書く姿勢”を示したものなのだ。こういうものを「好きだ」という人物が、こういう美意識を持って、こういう時代で呼吸し、こんなふうに世界と交わり、こういうことを言っていると分かる。
著者は本文中で「このブログを始めるときに、連中をブッ殺すにはまず大量の弾が必要だと思った」と書き、単発のレビューでは伝わりにくい自分という基準を、スピードと量を持って、自分を直接語るのではなく、レビュアーとしての矜持を保ったまま表現しようとしてきた。ばるぼら氏が前書きで書いた「爆撃」という言葉はソメル氏の「弾」に対応しているが、ソメル氏がブログでやろうとしていることは、「連中」がやれないことを同じ土俵に立ったままやって見せるという挑戦であり、ブログにおけるその意図が、本の構成によって一層先鋭化されているのである。
もし、個別の評論が「連中」よりも面白くなかったらこの本は成り立たないと言える。逆に面白ければ面白いほど批評としての威力は増す。そしてこの仕掛けのスリルが、起爆した時の衝撃力をより高める。まったくよくできた本だと思う。
注意したいのは第一章の最初の原稿だ。ここには「連中」のことと、ソメル氏自身のスタンスが記されている。もっと言えばこの本全体が持つ射程が示されていると思う。全部を読んだ後、もう一度そこへ戻ってみて欲しい。頭の中でカチッと音がして、注意深く仕込まれた信管が作動するのが分かるだろう。さらにもし、自分自身が射程距離内にいると感じられたなら、その戦慄は中途半端なものではないはずだ。
ところどころに、ソメル氏が評論を書く上での姿勢をまっすぐに語った言葉がある。抜粋したいが、やめておく。ただ、私は折に触れて反芻すると思う。氏のそういう言葉は、まったく他人事ではないと自覚した上で、時に悲痛にも思えた。でも力強い。「弾」や「爆撃」という言葉に触れて、私は最初、怒っているのだとしか思わなかった。しかし氏のように書くことは、今、怖いことなのだ。人が銃を取り出すのは怖い時なのだ。
肌でそう感じられたから、繰り返し、熱く読んだ。ソメル氏のブログは今も更新されている。本で出来ることとインターネットで出来ることはまた違うだろう。このパワフルな本を経て、尚も日々厚みを増していく火薬から目を離すことができない。
文=井上文
『Hang Reviewers High(ミニコミ)』
著者:ソメル
デザイン:戸塚泰雄(nu)
編集:ばるぼら
サイズ:A5 x 72p
価格:500円
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「Hang Reviewers High」
「www.jarchive.org」
井上文 1971年生まれ。SM雑誌編集部に勤務後、フリー編集・ライターに。猥褻物を専門に、書籍・雑誌の裏方を務める。発明団体『BENRI編集室』顧問。 |