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『不可能性の時代(岩波書店)

著者=大澤真幸


文=さやわか


「現実から逃避」するのではなく、むしろ、激しく、時には破壊的でもある「現実へと逃避」する者たち―。彼らは一体何を求めているのか。生きがたい現実に対し、真摯に希望を探り続けて絶大な支持を集める大澤社会学、最新の地平。
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大澤真幸『不可能性の時代』は、彼が96年に上梓した『虚構の時代の果て―オウムと世界最終戦争』(ちくま新書)の内容を踏まえ、その上で現代に即して内容をアップデートしたものであると言える。

両書において大澤は、見田宗介の議論に依りながら、戦後から70年代初頭までの日本を「理想の時代」として捉え、その後我々は「虚構の時代」を生きてきた、とする。どういうことだろうか。ごく簡単に言うと「理想の時代」とは敗戦後の日本がアメリカをモデルまたは達成目標としながら資本主義社会へと移行していった時代を指している。敗戦により戦前から日本を支えてきた規範意識や価値観は崩壊するかに思われたが、我々は天皇の代わりにアメリカという「超越的な存在」を受け入れ、それを「理想」として努力邁進することで高度経済成長の時代を成り立たせたというわけだ。

しかし70年代以降、オイルショックによる不況の経験や冷戦によるイデオロギー対立の顕在化、そして高度に発達した資本主義経済自体が、我々を「超越的な存在」に対する信奉から遠ざけてしまう。すべての価値観は相対的なものであり、またあらゆる現実が結局のところ言葉や記号によって意味を与えられたものに過ぎないという態度へと我々は移行したのだ。大澤によると、この「虚構の時代」が臨界点に達したのが95年のオウム真理教事件であり、97年の「酒鬼薔薇聖斗」による神戸連続児童殺傷事件であるとされる。ひとつの「理想」を信じることができた時代からすべてが「虚構」へと転じた時代において、両事件はいずれも個人が社会における自身の行動に正当性を付加するための「超越的な存在」を自ら供給しようとして、そこに破局が訪れた事件だったのである。

「超越的な存在」は大澤の用語に正しく則れば「第三者の審級」と呼ばれる。行動や思想に対して人間が判断する代わりに正邪を審判してくれる超越的な第三者というわけである。「虚構の時代」の終わりとはすなわち、第三者の審級が存在しなくなった時代なのだ。そして我々が現在到達しているゼロ年代とは、そういう時代なのである。大澤はここにおいて我々の態度は「現実への逃避」すなわち原理主義的にイデオロギーの信奉へと回帰することと、「極端な虚構化」すなわち自由主義の名の下にすべての信条を虚構として取り扱うこと、それらの二極化へ転じているとする。

一見すると両者は完全に相反するもののように見えるが、大澤はここで、両者は結局のところ、我々が決して到達不可能な「現実」というものを切望した結果もたらされたものだとする。それ自体は決して同定できず、大きく歪んだ形でしか認識することのできない「不可能な何か」としての「現実」を追い求めているのが今の時代である。大澤は以上のような議論を元に、現代日本を「不可能性の時代」と名付けるのだ。「不可能性の時代」にあって、すべての信条を虚構として取り扱う相対主義は、原理主義的なイデオロギーの追求という、すでに失効したはずのモデルに対して優位に立つように見える。だが実際のところ前者は後者の存在を前提として成り立つものだ。各人に対して、大澤の言葉では「物語る権利」を保障せんとする自由主義者は、特定のイデオロギーに依った「真理への執着」を行なう原理主義者が「自分ではない誰か」として存在することを前提としなければ成り立たない。同時に、寛容さの顕れに見える「物語る権利」の保障とは、個人的ではないレベル、すなわち社会の場で原理主義的に振る舞うことの排除をもって成り立つものなのだ。従って、両者は実は依存の関係まま膠着状態を続けることになる。

大澤は、この何とも救いのなさそうな状況に対して、本書の短い結部において何らかの処方箋を提出しようとしている。しかし、「不可能性の時代」が最も難しいのはここだ。ここで大澤は、「プロレタリアート」「革命」「民主主義」のような言葉が並んだ章を読者に読ませてしまうのである。これはあまり配慮が行き届いたこととは言えないように思える。本書のここまでの議論を踏まえれば、彼が一定のイデオロギーに読者を誘導しようとしているのではないことは分かる。しかし、「理想の時代」も「虚構の時代」も終焉した時代とは、単にイデオロギーがおしなべて破壊され無効化したということを意味するのではない。それであれば話は早かった。しかしそうではないのである。この時代においては、むろん、イデオロギーは各々保存されたままで形骸化しているのだ。そのような時代にあって、大澤が最後に提示する素朴な言葉は、実に単語のレベルで典型的な左派言論のようなものとして誤読される、あるいは利用される危険性があるだろう。

だが個人的には、大澤の述べた「物語る権利」という言葉が気になっている。これは価値観の相対化(虚構化の徹底)をするために推し進められるリベラリズムの象徴として提示される言葉だが、大澤はこれを社会において原理主義的に振る舞うことの排除によって成り立っているとした。しかし、ならば「物語る権利」に対して「読む義務」という発想を我々は準備すべきだと考えはじめるのはどうだろうか。すべての人に物語る権利を与えるということは、我々自身が誰かの考えに耳を傾け、許容する姿勢を持つ必要を突きつけられていることに他ならないはずだ。決して相容れることのできない「他者の他者性」と共存していくために、我々は「読む」ための不断の努力を迫られるべきなのである。

文=さやわか


『不可能性の時代(岩波書店)
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著者=大澤真幸
サイズ:新書判
ページ数:302
ISBN:978-4-00-431122-5 C0236
価格:819円
初版年月日:2008年4月22日
発行:岩波書店

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「Hang Reviewers High」
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08.09.21更新 | レビュー  >