web sniper's book review 七〇年に発表された衝撃の問題作、ついに復刊!! 『銭ゲバ(幻冬舎)』 著者=ジョージ秋山 文=さやわか
少年時代に金の絶対的な力を見せつけられた蒲郡風太郎は、金のためなら手段を選ばない大人になる。そんな彼を人々は「銭ゲバ」と軽蔑したが……。 |
日本テレビで放映していたドラマ『銭ゲバ』が最終回を迎えた。ドラマとして人気があったのかどうかは知らないが、最終回はなかなか興味深かった。しかし個人的には、見るにつけ思い出されるのはジョージ秋山の漫画原作であった。この漫画はどういう物語であっただろうか。
これは蒲郡風太郎という悪漢を描いたピカレスクロマンだと言うことができる。それは確かにそうであるが、しかし単に主人公が人間性のすべてを銭のために捧げて、良心の呵責に煩悶しながら生きていくというような筋ではない。あまり深く考えなければそのような凡庸な物語のようにも見えるが、しかしそうではない。この物語においては、実のところ風太郎の倫理観が問われるような側面は少ない。第一部で扱われた「人間か、ケダモノか」という議論が繰り返されたころまでは、たしかに物語の焦点は善と悪に向けられていた。しかし第二部以降では風太郎が悪であるかどうかということはほぼ問題になっていない。不幸な生い立ちとかトラウマとして植え付けられた殺人の記憶などは、ついに銭のみを判断基準とする人間となるように風太郎を誘導するだけのものであった。そうして風太郎はまさしく資本主義を体現する存在として、善悪の彼岸に生きるようになったのである。左半分で人を強烈に睥睨しながらも右半分で空しく物思いにふける風太郎のグロテスクな顔は、人が資本主義社会に並立する熱狂と空虚のイメージとして、第二部以降に繰り返し描かれるようになる。その描写は風太郎が銭に転ぶ人の姿を見る度に空しさを感じるという意味で何度も効果的に使われるが、しかしそれは風太郎こそが「きれいなものを愛する」純粋さを持つ善なる存在なのだという主張にまでは至らない。また、資本主義の歪みが生み出した悪しき存在として風太郎を描くわけでもない。ただ風太郎の純粋さが導くものとは、資本主義に生きるならば風太郎のような存在こそが真実なのだということだけである。作中で彼の言動を悪だといって斥ける者たちは、あるいは単にピカレスクロマンとしてこれを読む読者は、それを理解してない。最後に風太郎が書いた「いつも私だけが正しかった/この世にもし真実があったとしたらそれは私だ」という訴えは、そういうことを意味している。
しかし前述のテレビドラマも、繰り返すが、けっこう面白いことをやっていたようだ。原作をどう解釈して表現したのか、あるいはまた別のものとして結実させたのか。それは、今から録画を見ながら考えてみるところである。
文=さやわか
『銭ゲバ/上(幻冬舎)』
著者=ジョージ秋山
価格:720円(税込)
判型:文庫
ISBN:978-4-344-41028-2 C0179
発行:2007/10/04
出版社:幻冬舎
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さやわか ライター/編集。『ユリイカ』(青土社)、『Quick Japan』(太田出版)等に寄稿。10月発売の『パンドラ Vol.2』(講談社BOX)に「東浩紀のゼロアカ道場」のレポート記事を掲載予定。
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