web sniper's book review 思春期の自意識を生きるシンフォニー・マガジン 『パンドラVol.2 SIDE−B(講談社)』 文=井上文 講談社BOXマガジン「パンドラ」新生! 小説・批評・ノンフィクションが渾然一体となった講談社BOXマガジン登場。ますます充実の内容で、満を持して放つ「打倒ファウスト」の急先鋒! |
今回、初めて『パンドラ』に触れて(それが「vol.2 SIDE-B」だった)、まず編集者の押し出しの強さに驚いた。編集部員一人一人のキャラが設定されていて、それぞれに役どころがある。そしてみんな熱い。盛り上げようとしている。自然に起こる拍手を待つのではなくて、「拍手、拍手!」と自分たちから言ってしまうようなパワフルな盛り上げ方だ。総頁数1055Pの文芸誌。なんだこれは。
読者は10代〜20代前半が多いという。特殊な18禁雑誌とばかり関わってきた私はほぼ浦島太郎状態だった。「思春期の自意識」をテーマにした作品群は、けれど、言いかえるならば「セックス以前の男女関係」に重点を置いたと言える作品が多く、偏った見方で申し訳ないがそこを非常に面白く感じた(直接的にエロをテーマにしたものは一つもないけれども、将来「エロに必要なものはみんな『パンドラ』を読んで学んだ」というエロ系メディアの編集者が登場してもおかしくはない)。「エロ」の対義語は「短絡」である。18禁雑誌や18禁サイトを作る人が「行為以前」「エロと自意識」について考えなおすことはとても大事だ。ネットで拾えるモロ出し画像なんかを脅威と感じている暇は我々にないだろう。そういうことを忘れかけていたような気がする。
作家を目指す人の道場としても機能している『パンドラ』からは、「掘り返す」とか「種をまく」という連想を掻き立てられる(10代を読者にしていることもそう思わせるのかも知れない)。人気作家の作品の他に、作家志望の読者の作品が「下剋上ボックス」というコーナーにまとめられ、他の読者の審判を待っている。この緊張感が編集部の盛り上げによってきちんと読者に伝わり、作品が読まれ、ネット等で自由な批評が行われている。『パンドラ』という雑誌の場(ムードとか空気みたいなもの)が頼もしく機能している結果だが、個人的には、それを新しいというよりも、むしろ丁寧な掘り返しや読者との地道な接し方など、編集部のクラシカルな努力の成果が大きいと思えることに興味を覚えた。
エロ系の人間としてはかつて『奇譚クラブ』(投稿原稿を主体とした伝説的なアブノーマル雑誌)のしていたことが思い出される。「編集者と読者と寄稿者の共犯関係」というのが、しばしば『奇譚クラブ』について語られる時のキーワードになっている。人と人をゆるやかに繋ぐのが場であり、次いで共犯関係の中で作り上げられるのは快楽だ。雑誌の危機が叫ばれる今、恐ろしく分厚い『パンドラ』の圧倒的なボリュームはwebへの対抗策になっているのと同時に、共犯の前提となる場の存在を否応なく、改めて意識させる。また、座談会のページで小まめに示されている編集者の価値観は、言わば柵となって場の形とルールを明確にする(『奇譚クラブ』では誰かの寄稿に別の寄稿者がツッコミを入れるという形で雑誌の価値観が練磨された)。すでに存在する場に関わることになる読者は、もろもろの空気を分かった上で、敢えてノルるという形をとることになるだろう。一緒に雑誌を盛り上げる、つまりは共犯関係が出来るのだ。
それを引き受けて継続するエネルギーや努力はもちろん編集者のものである。逆に、これを避けていてはもうどうにもならない気がする。エロが。悩み多き思春期の自意識がテーマというのが(無理やりエロにこじつけたいわけじゃないけれども)イヤラしくってたまらないので脱線したが、これから雑誌やメディアがどうなっていくのかという時に『パンドラ』がやって見せたことはとても太い思う。
ちなみに、これまで年二回の発行だったのが今年から年四回になり、次号がもうすぐ発売となるようである。つくづく大変そうだ。
文=井上文
『パンドラVol.2 SIDE−B(講談社)』
発行年月日:2008/12/19
ページ数:1071頁
サイズ:A5
価格:1,995円
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『Hang Reviewers High(ミニコミ)』 著者=ソメル
井上文 1971年生まれ。SM雑誌編集部に勤務後、フリー編集・ライターに。猥褻物を専門に、書籍・雑誌の裏方を務める。発明団体『BENRI編集室』顧問。 |