web sniper's book review これぞ、究極のどんでん返し! あらゆる予想は、最後の最後で覆される。 『儚い羊たちの祝宴(新潮社)』 著者=米澤穂信 文=さやわか
ミステリの醍醐味と言えば、終盤のどんでん返し。中でも、「最後の一撃(フィニッシング・ストローク)」と呼ばれる、ラストで鮮やかに真相を引っ繰り返す技は、短編の華であり至難の業でもある。本書は、その更に上をいく、「ラスト一行の衝撃」に徹底的に拘った連作集。古今東西、短編集は数あれど、収録作すべてがラスト一行で落ちるミステリは本書だけ! |
米澤穂信による連作短編。収録作には良家の子女が集まる読書サークル「バベルの会」という名前が登場することと、ミステリとしての趣向が猟奇殺人に絡めてあるという特徴がある。それから、オビに書かれているようにどの作品もラストにどんでん返しが用意されている。
個人的に、自分はミステリの誠実な読者であるとは言えないと思う。つまり、正直にいえば「ラストのどんでん返し」などにあまり興味がない。どんでん返しがあるかどうかということ、そのギミックが上手く功を奏して予想を裏切られるかどうかということは、小説の与える読書体験としては一定であるということができると考えてしまう。例えば優れた密室トリック自体が文学や社会に対する批評として働いた例がなくはないが、そういったものは例外的であり、基本的にミステリにおける謎とはそのジャンル小説に当然備えられるものであって、つまりその仕掛けの新旧や巧拙に興味を持てない。
さりとて別にミステリを嫌うわけではない。ただ、トリックがどうしたというところに目がいかないのだ。そういう目で読んで『儚い羊たちの祝宴』に残されていたものは、むろん猟奇的な要素であった。しかし、この猟奇性もまた、猟奇的なミステリが、あるいは小説が備えているべきものとして、標準的なものであった。売り文句がどれだけ「暗黒連作ミステリ」などと訴えようと、例えばあまりの惨状に目を覆い、本を閉じ、暗闇が怖くなり、夜寝られなくなり、出版社に苦情の電話をするようなものではない。今日日、そういう類の本は絶滅した。あるいは気軽に消費できるように調整されている。だからここにあるのは、「これは暗黒です」と断り書きをしておけば、誰もが「なるほど暗黒だ」と言って「楽しむ」ことのできる暗黒である。「儚い羊たちの祝宴」という様式美的なタイトルだって、そういう雰囲気を味わわせるものとして用意されている。
そこには本当の恐怖や闇などないが、しかしそれでいい。米澤穂信はしばしばミステリというジャンルのエンタテインメント性に誠実な奉仕の姿勢を見せる作家であり、そこで彼は読者に楽しく消費できる殺人事件や猟期犯罪を与えてくれる。彼は真の闇など目指したりはしない。あるいはミステリは芸術である、ミステリこそが文学であるなどと騒ぎ始めたりもしない。ミステリがエンタテインメントとしてのあるのは自明なことであり、作家はその上で何ができるかを考えるべきであるということに彼はこだわっている。それは本来当たり前のことだが、しかし作品をポップカルチャーとして考える事への抵抗のなさは、彼をほかの作家よりもずっと進んだ存在に見せてしまう。
文=さやわか
『儚い羊たちの祝宴(新潮社)』
著者=米澤穂信
価格:1,470円(税込)
判型:書籍・四六判
ISBN:978-4-10-301472-0
発行:2008/11/21
出版社:新潮社
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