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戦後最大の奇書『家畜人ヤプー』の著者・沼正三、ついに逝く─

『懺悔録〜我は如何にしてマゾヒストとなりし乎〜(ポット出版)
著者=沼正三
文=永山薫

沼正三がその死の直前までSM専門誌「S&Mスナイパー」に書き続けた実体験エッセイ、「ある異常者の体当たり随想録」からの選集に加え、未完の短編小説「化粧台の秘密」、2006年に受けた生前のインタビューを特別収録した記念碑的一冊!!  
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マゾヒストはサディストを調教する

沼正三とは何者か? ここで改めて説明する必要はないだろうが、敢えて記しておけば永らく正体不明とされてきた天下の一大奇書『家畜人ヤプー』の作者である。で、その実体が元新潮社校閲部勤務で、沼の代理人と称していた天野哲夫だったということを今更ながらに気づいた人もいるだろうが、論争を展開していた人々以外にとってはどうでもいいことである。そんなことは沼の構築した壮大な空想世界、業の深いマゾヒズム探索の旅路に比べれば些事にすぎない。

さて、本書は天野哲夫名義で『S&Mスナイパー』に10年間にわたって書き続けられたエッセイの抄録「懺悔録」に、書き下ろし「マゾヒズムの星」、聞き書き「沼正三、マゾヒズムを語る」、未完小説「化粧台の秘密」を加えたもの。

欲を言えば、抄録ではなく全文を収録して頂きたかったと思う。もちろん紙幅の都合はあるだろうし、収録された部分だけでも重複する内容があり、全文ともなれば、かなり記述の反復があるだろう(さらに言えば沼のもうひとつの代表作『ある夢想家の手帖から』とも重なる部分がある)。その意味で抄録は致し方ないのかもしれない。だが、仄かな諧謔味とパッションが交雑する沼の滋味深い文章を味読したい読者、沼の深みに足を踏み入れようとする読者にとってはたとえ冗長度が高くなろうが、書籍が分厚くなろうが、「完全版」を希求するであろう。

無論、この出版不況下に出版されたこと自体を言祝ぐべきことであり、これ以上の無い物ねだりはやめておこう。


本書に記された天野の生涯にわたる実践は、まさに求道者としてのそれである。

知恵遅れの弟を装って厳しい家庭教師にしつけられ、洋裁教室にもぐりこみ、ある家庭で下男同然のあしらいをうける。

それにしても女性たちが見せるサディズムは、人品を疑いたくなるほどすさまじい。人間は弱者を嬲ることが好きな生き物なのだ。その弱者が異議を申し立てることができない存在であれば、安心して軽蔑し、ツバを飲ませ、平手打ちを喰らわせる。

本書の白眉は「マゾヒストの異常な恋」「森本佳子の秘めたサジズム」「兄へ宛てられた手紙」「真理は常に光栄ある孤立の側にある」「垢と埃と汗の混じったビール」「マゾヒストに自信と勇気を」と6回にわたる「森本佳子とのセッション」である。これは人間心理のケーススタディとしても重要だろう。

天野は新聞の求職欄で家庭教師志望の早大生・森本佳子(仮名)を発見し、若い女性から「無学文盲の徒として」指導されるという妄想を実現しようと考える。

「指導する、されるという、この微妙な従属関係において、女性を指導者としての意識に目覚めさせたとき、マゾヒストの恋は成就するのである」(p.102)

と天野は書く。

かくして、天野は森本佳子に電話し、幼稚園児並の知能しかない三十男の弟・健作の個人教授、それも森本佳子の自宅アパートでの指導を依頼する。もちろん健作などという弟は存在しない。天野が健作になりきって彼女のアパートに通うわけだ。

独身の女子大生が、やすやすと成人男性と自室で二人きりになるということを疑う向きもあるだろうが、そこに疑惑を呈するのは不粋というものだろう。

興味深いのは天野が電話と手紙のやりとりによって、健作への体罰を使嗾し、森本佳子のサディズムを掘り起こしていく過程である。当然ながら、天野は森本佳子からの報告を受ける立場にある。森本佳子が健作へは見せない本音も、森本佳子が天野に報告しない現場の細部も共に知ることができる。つまり、天野は演出家にして演技者であり、森本佳子のコーチであり、健作の保護者であると同時に虐待者でもあるわけだ。これを別の視点から眺めれば、森本佳子という一個の人格を、自分の快楽のために改造しようとする不遜な行為である。森本佳子は天野の掌の上で、良いように弄ばれている間抜けな犠牲者である。そう考えると天野のサディストとしての側面が明瞭に見えてくる。

天野の目論見がどういう結果をもたらすことになったのかは、実際に読んで頂いたほうがいいだろうが、これがまたリアルでほろ苦い結末なのだ。

サドマゾヒズムを考察する場合、機械的に「支配/従属」「加虐/被虐」といった二項対立的なモデルは作業仮説として、そこそこ有効だろう。だが、現実はそう単純なものではない。マゾヒストを支配するサディストを支配するマゾヒストというウロボロスの蛇の如き円環が二項対立を否定する。SMプレイのプレイは「遊戯」であると同時に「演技」の意味を含んでいる。要するに「密室の演劇」である。そこで入神の演技が行なわれたとしても、それはあくまでも「演劇」であり、虚構にすぎない。

マゾヒスト人生の中で理想のサディスティンと邂逅し、理想的な形、つまりマゾヒストの側から誘導することもなく、理不尽に嘲弄され、下僕扱いされ、虐待されるということは万に一つもあり得ない。

ならば、上出来の虚構をしつらえる。天野の言う趣味人としてのマゾヒストならば、それで充分に納得し、日常生活へ還っていくことができるだろうが、セクシュアリティの中心が、マゾヒズムに固着し、そうした状況でしか勃起しない全身マゾヒストの場合においては一時のガス抜きでしかないだろう。マゾヒズム趣味人と全身マゾヒストの差は欲動への固着の僅かな差異にすぎないのだが、それは決定的な差異でもある。

しかし、全身マゾヒストもまた決定的な絶望に陥る必要はない。何故なら優れた虚構が現実を凌駕するリアリティを獲得することもまた真実なのだから。

天野の核心はそんなところにあるのではないか?

天野は失敗に臆することなく社会的地位や知的能力の低い人間という役柄を繰り返し演ずる。そこには常に詐欺師的快感という陥穽が待ち受けているわけだし、仮想の最底辺から相手を見下げるという倒錯したサディズムも潜んでいる。そんなことは天野も解っているに違いないが、そうした「恥ずべき快感を覚える自分」「自分の快楽のために他人を利用する最低の自分」という自虐まで折り込み済みなのだろう。

本書は、知性と教養と矜持なしには成り立たないが、それを隠蔽しなければパートナーを得られないというマゾヒストの矛盾と妄執、それを超克するための求道的なまでのワークの実態を記した仄暗い魂の記録である。

ただ、読めば読むほどに、この書のどこまでが真実かという不粋な疑問が自制を越えて湧いてくる。そう考えてしまうのは、一重に沼=天野は稀代の「夢想家」であり、作家だからである。

この「仮面の告白」が、見も知らぬ人々に嫌悪され、蔑視されるという被虐的快楽を得る「手段」だとすれば、それはそれで天野という全身マゾヒストの徹底した人生を物語っていることになるだろう。

文=永山薫


『懺悔録〜我は如何にしてマゾヒストとなりし乎〜(ポット出版)

著者=沼正三

価格:2800+税
判型/四六判 / 280ページ / 上製
ISBN: 978-4-7808-0125-5 C0095
発行:2009年05月
出版社:ポット出版

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永山薫 1954年大阪生まれ。近畿大学卒。80年代初期からライター、評論家、作家、編集者として活動。エロ系出版とのかかわりは、ビニ本のコピーや自販機雑誌の怪しい記事を書いたのが始まり。長編評論『エロマンガスタディーズ』(イーストプレス)昼間たかしとの共編著『マンガ論争勃発』(マイクロマガジン社)最近の漫画評論「大江戸ワンダーランドとしての『百日紅』」(『ユリイカ 2008年10月臨時増刊号・総特集※杉浦日向子』青土社)

9月11日に生まれて

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09.06.21更新 | レビュー  > 
文=永山薫 |