web sniper's book review
「自分探し」の果てに辿り着いたもうひとりの私?
今だから書ける痛恨の大失敗、その顛末記。
「私に起きたようなことが、あなたの身にも起きるかどうか、わからない。だけど、私を見て。私から学んで。人は自分に復讐される生き物だということを」(本文より)。作家志望の女性との間に起こった騒動を描き、雑誌『本人』連載中より話題を呼んだ中村うさぎのエッセイ新境地。今だから書ける痛恨の大失敗、その顛末記。
本書に登場するその女は、小説家を目指す三十路女・優花ひらり。彼女は自分のホームページで「有名になって川村隆一とテレビに出たい」「自分には才能がある。いつか絶対に有名小説家になってみせる」と息巻いていたようだ。しかし優花ひらりのウォッチャーたちに言わせると、「才能も何もないただのデンパ」。
優花ひらり自身は、自らを「絶世の美人」「元は京大のマドンナ」と話すが、それもウォッチャーたちに言わせると「ただのデブス」。
彼女のHPの掲示板は常に荒れていたが、優花ひらりのすごいところは、ちっともメゲていないところなのだという。
そんな優花ひらりの噂を聞きつけ、ホームページを覗いた中村うさぎであるが、気づけば彼女に目が釘付けとなり、イライラさせられつつも夢中になってしまう。
あげく優花ひらりを取り巻く現象そのものに疑問を感じ、彼女はなぜ反発を食らうのか、なぜ人は自己顕示欲を罰しようとするのか、優花ひらりと自分は何が違うのか、と考えはじめ、加えて自分の周辺にいる有名作家の発言への怒りや、文壇への嫌悪感などがないまぜとなり、自問自答した末に決意してしまう。
「どんな手を使おうと、優花ひらりを、作家デビューさせてみせる!」
ところが優花ひらりは、「デンパ」と揶揄されるほどの女である。
共著を持ちかけた中村うさぎに、
「あの、共著っていうのは、うさぎさんが作家として行き詰まってて、私の名前を利用したいからですか?」
と言ってしまうほどであり、その後も繰り返される非常識な行動・発言により、企画はあっさり頓挫した。しかし自分の行ないが悪かったことを理解できない優花ひらりは、その後もしつこく中村うさぎに付きまとう。優花ひらりの行動は不可解なものばかりで、様々なトラブルを巻き起こすわけだが、本書ではそんな狂人・優花ひらりとのやりとりが中村うさぎ特有の分析能力でもって克明に記されている。
中村うさぎといえば、買い物依存、ホストクラブ通い、美容整形、デリヘル体験など、女性のグロテスクな一面を実体験で書き綴ってきた異色の作家。心の病と真正面から向き合い、どんな痴態をも躊躇なしに表現する怖いものなしの人物だが、本書では自身と同じくらい優花ひらりの愚行も書きまくっている。
作家デビューをさせようとした人物とはいえ素人、それも「デンパ女」と呼ばれるほどの相手に、ここまで書くか!と驚く部分もあるが、しかしこれこそが中村うさぎの流儀なのであろう。書かれて恥ずかしいとは言わせない凄みがある。
『cyzo woman』でのインタビューで、中村うさぎは本書について「これまででいちばん醜悪な作品」と語っているが、それはまさに“闇”や“人間の本質”を知るために、優花ひらりという他者を持ち出してきたことに対して言っているのだと思う。
優花ひらりという人間と接し、狂気の正体を暴こうとすると、いやおうなしに彼女の痛々しさが露出してしまう。その痛々しさを晒すこともまた「醜悪」と言えるだろう。
驚くのは、中村うさぎが優花ひらりを「健常者」として扱いながら問いかけをしているところだ。優花ひらりの一連の行動を読む限り、私は精神病か人格障害を疑わずにいられない。もしも医者なり心理学者なりが優花ひらりに出会ったら、中村うさぎのような分析をせず、もっとアッサリと病名を付けて終わる気がするのだ。
ところが中村うさぎは、優花ひらりを通して、多くの人が持つ醜い感情や、自分との接点を見い出すところから始めている。そして感情移入のとうていできない相手とわかってからも、納得いくまで彼女の内面を分析している。狂人に対してのこのような試みは、作家である中村うさぎだから出来るのであろう。
とはいえ中村うさぎの分析は、狂人・優花ひらりを説明するにはどこか物足りない。読了後も、優花ひらりについて「わかった」という気持ちにはなれない。なんだかモヤモヤしたものが残るのだ。そして実際のところ、優花ひらりをとりまくこの一連の話に、私は興味を抱けなかった。優花ひらりと自分との間に、あまりにも接点がないからである。まったく精神構造の違う人間、あまりにも感情移入ができない相手になると、そもそも関心を持つということが出来ないのだろう。
本の中で中村うさぎは、「狂うこともできなかった」と、買い物依存症であった過去を持ち出して話している。しかし優花ひらりに近づき、狂気に触れることで自分を知ろうとするその姿は、ある意味で、中村うさぎの狂気ではないのかと思えてくる。
文=東京ゆい
『狂人失格』 (太田出版)
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