WEB SNIPER's book review
全米ファッション界の重鎮ティム・ガンが教える
美しく品のある生き方
テレビ番組『プロジェクト・ランウェイ』をきっかけに、全米で大人気のファッションコンサルタントになったティム・ガン。本書では、そんな彼が自身の生い立ちに触れながら人生をクリエイティブに生きる秘訣をたっぷりと紹介。『プロジェクト・ランウェイ』の製作裏話やファッション界の大物たちのエピソードを交えつつ語られる、ユーモアたっぷりの愛ある毒舌とは......。美しく品のある生き方
この本がどういう本なのか語るには、まずティム・ガンという人がどういう人なのか簡単に紹介しておいたほうが良いだろう。ティムはアメリカの人気番組『ティム・ガンのファッションチェック』で「何を着たらいいのかわからない」「今の服は何か違う気がする」と悩む一般女性に、ダイエットさせて用意した衣装を着せるのではなく、服を選ぶ審美眼を身につけさせることで大変身させ、デザイナーの卵がショーの権利を獲得すべく競い合う番組『プロジェクト・ランウェイ』では、厳しく的確なアドバイスをする番組の柱を務めたファッションアドバイザーである。
ものすごく簡単に言うと「日本で言うピーコ」的なポジションの人物だと言っていいかもしれない。ファッションについて語る立場でありながら、決して現実の「着る人」の立場から離れないポジションである。
ティムは、モデルにしか着られないような細い服ばかりがもてはやされる現状にはっきり「NO」を言う。余計なことに金をかけすぎるファッション業界に疑問を呈し、業界の悪しき習慣を批判する。ティムが勧めるファッションは、場にそぐわないものや無謀なダイエットを必要とするものではない。「今の状況で実現可能なベストな選択」、それがティムが勧める唯一の方法だ。
前作『誰でも美しくなれる10の法則』では、そうしたファッションに関する具体的なアドバイスが書かれていたが、今作ではそういったファッションに対するティムの考え方の源流や、ファッションに限らずティムが今までの人生で学んできた「こういうときにはこうするのがベストの選択だ」という解決策がシチュエーション別に書かれている。
そう言うと普通の自己啓発本のように思えるかもしれない。しかしそこで例として挙げられる話が普通ではないのだ。「こんな話、していいわけ!?」というようなセレブ達のビックリするようなヒドい話が、前置きのようにサラリと書かれているから驚かされる。
例えば、全世界の女性のファッション・アイコンである『VOGUE』の編集長、アナ・ウインターが、他人とは決して一緒にエレベーターに乗らないという習慣を決して曲げず、激混みの会場から退出するためにボディガードに腕を組ませてその上に乗り、人間みこしで階段を運ばれたというエピソードなど「本当に現実に起こった出来事なのか!?」と思うバカバカしく強烈な「事実」が、ファッション業界の異常さを象徴するものとして紹介されるのだ。ゴシップ好きならば目を爛々と輝かせてしまうであろうセレブに関する記述が、ほかにも山ほど出てくる。
ティムは友人・知人であってもそうして容赦なく、批判すべきところは批判しているが、自分自身に関してもかなりあけすけに「そこまで書かなくても......」というほどの過去を語っている。
ティム自身は子供の頃、典型的なひ弱なオタクで、FBI捜査官のマッチョな父親に殴られて育ったそうだ。初めて1人で講師の仕事をしたときは、緊張のあまり車の運転もままならず、車を降りるなり嘔吐したという。「嫌な感情は受け流すことが大切だ」というアドバイスをしながら「自分は受け流そうとして、心が折れるまで我慢しすぎて神経がまいってしまったことがある」と、自分の弱さについても包み隠さず告白している。また、ゲイであることに悩んだ過去、自殺未遂、ゲイであることを認めてくれない母親との関係、長く一緒にいた恋人の裏切りなど、よくこんなことを切り抜けてきたものだというハードな状況がいくつも「私の人生はこんなにも大変で、特別につらいものだった」という同情を誘う文体ではなく、まるで「誰の人生にも起こりうること」とのように、あくまでもひとつの例としての範囲を出ないクールな文章で書かれている。
文体は極めて冷静なため、そこで大きく感情を揺さぶられるようなものではないのだが、ティムの友人である有名人のエピソードも、ティム自身のエピソードもどちらも印象がかなり強烈なため、そこでこちらは「あれ? これって何についての本だったっけ?」と一瞬本来の目的から逸脱してエピソードにのめりこんでしまう。そういったエピソードの数々が、この本の印象をいわゆる「自己啓発本」とはかなり違うものにしている。自己啓発本の体裁を取った、自伝に近い本だという読み方もできる。
しかし、だからといって自己啓発本としての側面がおざなりになっているというわけではない。実現不可能な、現実離れしたファッションをよしとはしないティムの、人生に対するアドバイスはやはり「誰にでも実現できる、ベストな選択」なのである。ティムのアドバイスは決して劇的なものではないが、経験から得た確かな実感に裏打ちされた説得力のあるものだ。
ティムはこう書いている。「私はもともと多くの人を引きつけるような人間ではありませんが、意志の力だけで進んでものごとに取り組んできました」。謙虚なもの言いだ。ティム自身の性格はかなり内向的で繊細であり、きちんと努力を積み重ね、決しておごらず謙虚に生活することをモットーとしている。本書で書かれている内容も、その多くが「人間関係で、人の気持ちを害さずにどううまくやるか」「自分の希望を、周りと折り合いをつけながら通していくか」といったことについてであり、人一倍気を遣うティムの苦労がうかがい知れる。こうしたティムの一面は、非常に日本人的で親しみやすく、そのアドバイスもまた日本人の感覚や生活の実感にフィットするものになっている。
着るものも態度も、周りと調和し、自分の意志を曲げることなく、無駄な衝突を避けながら進んでゆくスマートな生き方。平坦ではない人生を歩んできたティムが示す「人生への姿勢」は、滋味に満ち、信頼に足る貴重な意見として読むことができる。
文=雨宮まみ
『ティム・ガンのゴールデンルール』(宝島社)
関連記事
『女子をこじらせて(ポット出版) 』 著者=雨宮まみ