Specially selected abnormal maniac exhibition
特選アブノーマル・マニア展覧会
美少女羞恥緊縛図絵
『北陸の秘画礼賛』
文=井上文 北陸在住の或るマニア男性が鉛筆で描き出す、責められる肉感少女たちの恥じらいと諦観。永遠に公開されなかったかも知れない極私的秘画をじっくり密かに鑑賞しよう。
何処へ行っても手に入らない傑作絵画がある。北陸に住むマニア男性・魚清氏の作品もその一つである。数年前、SMマニア雑誌の編集をしていた私の自宅へ丁寧に梱包された数冊のファイルが届いた。中に入っていたのは鉛筆だけで丹念に描き込まれた緊縛画の数々である。多くは背景が黒く塗りつぶされ、その暗闇に憂いと恥じらいを湛えた美少女が厳しく戒められて浮かんでいた。
↑背景の黒の深さが少女の裸体の細さをくっきりと浮かび上がらせる。緊張感の中に対象への畏怖が窺える第一号作品(図版は複写)。
絵を汚さないように慎重にファイルから取り出すと、鉛筆の鉛の匂いが鼻をつく。力を込めて描かれたに違いないその絵の数々は熱かった。感激した私はすぐさま複数回に分けて雑誌に掲載したのだが、載せきれなかったものがまだ大量に残っている。そして魚清氏は今も夜な夜な新作を描き進めている。
何度か電話でお話を伺わせてもらった。氏はご自身のことを「老人」と言うのだが、緊縛画を描き始めたのは10年ほど前のことだという。きっかけになったのは学生の頃に偶然手にしたマニア誌『裏窓』(久保書店)だったそうだ。絵を描く以前にマニア誌に触れたのはその一度だけだという。当時、『裏窓』は編集長が須磨利之氏から濡木痴夢男氏に変わってしばらくした頃だったのではないだろうか。魚清氏は好きな画家として椋陽児氏の名前を挙げた。
↑不安、恥じらい、葛藤、恐怖......縛られた少女のファンが滲み出る。顔ばかりでなく手首の表情や首の傾け方などにも注目したい(左図版は複写)。
椋陽児氏には数年間『裏窓』の編集部に在席していた時期がある(この辺りの経緯については濡木痴夢男氏が『月光』(南原企画)で書いた「緊縛エロチシズム考」に詳しい)。椋陽児氏の名前が少女緊縛画の大家として広く知られるようになるのはもう少し後のことだが、魚清氏はそのもっと以前から知らぬ間に椋陽児氏の絵に触れ、一枚のカット画、一枚の挿絵に胸をときめかせていたのではないだろうか。当時、椋陽児氏は濡木痴夢男編集長のもと、複数の筆名を使って小説や挿絵を『裏窓』に発表していたのである。
かつて椋陽児氏がそうであったように、魚清氏も少女の内面に重点を置いた緊縛画を描く。責められる少女の葛藤や恥じらいを肉体の表情で描き表わすために、硬軟の鉛筆を使い分けて細部に至る肉の陰影を丁寧に描き、質感ばかりではなく、後手に縛られた手首の角度や指の曲がり具合といったフォルム、縄の掛け方や重心の置き方にリアリティを持たせる。そのこだわり抜いた緻密さの中に緊縛画ならではのエロティシズムをたっぷりと含ませるのだ。
↑魚清氏がしばしば描くハードな責め絵。正確な肉体な描写と生きた縄の迫力が胸を衝く。
少女にしては豊満な肉体もそうした表現の一部だろう。不安の中で縄をかけられ、絶体絶命の状況に陥った少女の諦観を表わしているのは、瞳の憂いだけではなく、受け入れる性を横溢させた豊かで量感のあるボディでもあるのだ。その具体性は残酷でもあり、哀しくもあり、そしてまたエロティックでもある。魚清氏の作品は、それを観賞するマニアが淫靡な夢を見るための工夫が様々なレベルで施された、同志のための絵なのである。
↑異星人を思わせる尖り耳の少女やフタナリの少女も魚清氏が好んで描くモチーフの一つだ。
学生時代に『裏窓』の挿絵で得た感動から数十年。永い時間の中で発酵し続けた欲望が魚清氏に鉛筆を握らせ(椋陽児氏がこだわっていたのも鉛筆画である)、好きであるがゆえに嘘のない、結晶のような作品を描かせている。マニア誌を作る者としてこんなにありがたくて価値のある寄稿はないのである。最初にいただいた手紙には、「作品を公開したり投稿したりしたことはこれまでに一度もありません。描き溜めたものを眺めるのは常に自分一人」と書かれていた。雑誌にはごく一部しか掲載できなかったし今回ここに載せるのもわずかでしかないが、このまま私一人のコレクションにしておくのも余りにもったいないだろう。
↑屈辱の中で滲ませる諦観の念。豊かな肉体が内面を裏切る残酷な瞬間は、クオリティの高い緊縛画が示す最も魅力的なファンタジーの一つである。
今後、機会を得るたびに少しずつ見せていきたい。魚清氏の絵が持つクオリティは、いわゆるアートの地平で評価するものではないと思う(可能ではあっても)。マニア誌が冬の時代を迎えた今、秘画に類したこういう作品を雑音なく提示できる場は本当に少ない。この何処でも手に入らない絵の数々は、それを見て感動し、興奮する方々にじっくりと味わってもらいたい種類のものである。以後、場所が用意できればできるだけ大きく閲覧できるように工夫していきたいとも思う。まずはご紹介までである。
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井上文 1971年生まれ。SM雑誌編集部に勤務後、フリー編集・ライターに。猥褻物を専門に、書籍・雑誌の裏方を務める。発明団体『BENRI編集室』顧問。
特選アブノーマル・マニア展覧会
美少女羞恥緊縛図絵
『北陸の秘画礼賛』
文=井上文 北陸在住の或るマニア男性が鉛筆で描き出す、責められる肉感少女たちの恥じらいと諦観。永遠に公開されなかったかも知れない極私的秘画をじっくり密かに鑑賞しよう。
何処へ行っても手に入らない傑作絵画がある。北陸に住むマニア男性・魚清氏の作品もその一つである。数年前、SMマニア雑誌の編集をしていた私の自宅へ丁寧に梱包された数冊のファイルが届いた。中に入っていたのは鉛筆だけで丹念に描き込まれた緊縛画の数々である。多くは背景が黒く塗りつぶされ、その暗闇に憂いと恥じらいを湛えた美少女が厳しく戒められて浮かんでいた。
↑背景の黒の深さが少女の裸体の細さをくっきりと浮かび上がらせる。緊張感の中に対象への畏怖が窺える第一号作品(図版は複写)。
絵を汚さないように慎重にファイルから取り出すと、鉛筆の鉛の匂いが鼻をつく。力を込めて描かれたに違いないその絵の数々は熱かった。感激した私はすぐさま複数回に分けて雑誌に掲載したのだが、載せきれなかったものがまだ大量に残っている。そして魚清氏は今も夜な夜な新作を描き進めている。
何度か電話でお話を伺わせてもらった。氏はご自身のことを「老人」と言うのだが、緊縛画を描き始めたのは10年ほど前のことだという。きっかけになったのは学生の頃に偶然手にしたマニア誌『裏窓』(久保書店)だったそうだ。絵を描く以前にマニア誌に触れたのはその一度だけだという。当時、『裏窓』は編集長が須磨利之氏から濡木痴夢男氏に変わってしばらくした頃だったのではないだろうか。魚清氏は好きな画家として椋陽児氏の名前を挙げた。
椋陽児氏には数年間『裏窓』の編集部に在席していた時期がある(この辺りの経緯については濡木痴夢男氏が『月光』(南原企画)で書いた「緊縛エロチシズム考」に詳しい)。椋陽児氏の名前が少女緊縛画の大家として広く知られるようになるのはもう少し後のことだが、魚清氏はそのもっと以前から知らぬ間に椋陽児氏の絵に触れ、一枚のカット画、一枚の挿絵に胸をときめかせていたのではないだろうか。当時、椋陽児氏は濡木痴夢男編集長のもと、複数の筆名を使って小説や挿絵を『裏窓』に発表していたのである。
かつて椋陽児氏がそうであったように、魚清氏も少女の内面に重点を置いた緊縛画を描く。責められる少女の葛藤や恥じらいを肉体の表情で描き表わすために、硬軟の鉛筆を使い分けて細部に至る肉の陰影を丁寧に描き、質感ばかりではなく、後手に縛られた手首の角度や指の曲がり具合といったフォルム、縄の掛け方や重心の置き方にリアリティを持たせる。そのこだわり抜いた緻密さの中に緊縛画ならではのエロティシズムをたっぷりと含ませるのだ。
少女にしては豊満な肉体もそうした表現の一部だろう。不安の中で縄をかけられ、絶体絶命の状況に陥った少女の諦観を表わしているのは、瞳の憂いだけではなく、受け入れる性を横溢させた豊かで量感のあるボディでもあるのだ。その具体性は残酷でもあり、哀しくもあり、そしてまたエロティックでもある。魚清氏の作品は、それを観賞するマニアが淫靡な夢を見るための工夫が様々なレベルで施された、同志のための絵なのである。
↑異星人を思わせる尖り耳の少女やフタナリの少女も魚清氏が好んで描くモチーフの一つだ。
学生時代に『裏窓』の挿絵で得た感動から数十年。永い時間の中で発酵し続けた欲望が魚清氏に鉛筆を握らせ(椋陽児氏がこだわっていたのも鉛筆画である)、好きであるがゆえに嘘のない、結晶のような作品を描かせている。マニア誌を作る者としてこんなにありがたくて価値のある寄稿はないのである。最初にいただいた手紙には、「作品を公開したり投稿したりしたことはこれまでに一度もありません。描き溜めたものを眺めるのは常に自分一人」と書かれていた。雑誌にはごく一部しか掲載できなかったし今回ここに載せるのもわずかでしかないが、このまま私一人のコレクションにしておくのも余りにもったいないだろう。
今後、機会を得るたびに少しずつ見せていきたい。魚清氏の絵が持つクオリティは、いわゆるアートの地平で評価するものではないと思う(可能ではあっても)。マニア誌が冬の時代を迎えた今、秘画に類したこういう作品を雑音なく提示できる場は本当に少ない。この何処でも手に入らない絵の数々は、それを見て感動し、興奮する方々にじっくりと味わってもらいたい種類のものである。以後、場所が用意できればできるだけ大きく閲覧できるように工夫していきたいとも思う。まずはご紹介までである。
文=井上文
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井上文 1971年生まれ。SM雑誌編集部に勤務後、フリー編集・ライターに。猥褻物を専門に、書籍・雑誌の裏方を務める。発明団体『BENRI編集室』顧問。