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『金粉奴隷コレクション』(大洋図書)発売記念!!
金粉の魅力を網羅するオールコンプリートブックとして発売されたムック『金粉奴隷コレクション』。金粉AVをはじめとする金粉プレイの世界を豊富な写真と共につまびらかにする本書ですが、そもそも、裸身に金粉を塗って鑑賞する文化にはどのような歴史があるのでしょう。その知られざる流れを「金粉ショーの歴史」として、ネットワーカー・ばるぼら氏に探っていただきました。本邦初の試み、前後編に分けての掲載です。
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今回、金粉ショーの歴史を書くにあたり先行研究をあたろうと探したのだが、まとまった資料はついに見つからなかった。これがストリップであれば、先人たちが歴史を書き残す重要性を認識し、多くのストリップ史が記されてきたのだが、金粉ショーはいつも添え物として触れられる程度であり、通史は手付かずのままだった。つまり自分は金粉ショーの歴史を手探りで辿らなくてはいけなくなってしまった。これから書くのは本邦初の金粉ショーの歴史であると同時に、金粉ショーの歴史を探す旅の航海日誌のようなものである。

なお、人の肌に何か色を塗る行為を金粉ショーの原初と見なして、色塗りから見る人類文化史を描くこともできるが、4000年前からあったという魔除けの赤土にはじまり、身分を表すおしろい(白粉)と眉墨、成人の証としてのお歯黒など、「色を塗る」ことが必ずしも視覚的な意味だけではなかった時代を含めると、あまりにも長くなるし本題から外れてしまうので、ここでは直接関係のある事柄に限定する。

■世界で最初に体に金粉を塗ったのは誰か?

金粉ショーを「金粉を体に塗って人前に立つこと」と定義した場合、はたして誰が最初にそれを始めたのか。誰もが初めに思いつくのは、1964年(日本公開は1965年4月24日)の映画「007 ゴールドフィンガー」の存在だろう。タイトルバックなどに登場する、全身を金粉に塗った女優シャーリー・イートンの姿【※1】は、一度見たら忘れられないインパクトであり、「金粉を全身に塗ると皮膚呼吸ができなくなって死んでしまう」という、現在は否定されている誤解を世界中に広めた影響力の強さを考えても、きっとここが起点になるのではないか。そう予想できる。

しかしここではその予想を裏切ることからはじめたい。金粉ショーについて最も古い記録はその55年ほど前、1909年の事例である。残念ながらあまりに不明瞭で、確実にこれが最初、と断定ができないのが惜しいのだが、歴史的に重要なためその不明瞭さごと紹介しよう。その記録とは秦豊吉『宝塚と日劇』(いとう書房・1948年12月20日発行)所収「ハダカ・ダンスの歴史」の一節だ。
〈独逸では千九百九年に画家フランツ・トオマンの発案で「金のヴイナス」という名で、女が全身に金粉を塗つて舞台に出て、それにつゞいたルウス・セントデニスの印度舞踊も裸に近い〉(189ページ)
著者の秦豊吉が実際にドイツのベルリンに足を運んだのは1917年からのことなので、実際に観たわけではなく種本となる参考文献があるのだろうが、判明しなかった。ドイツの画家Franz Toman(1886~1942頃)は海外のアート・オークションのリストに名前があるので実在する人物のようだけども、とくに美術史において名を成したわけではないようで、その来歴についてまるで情報がない。それでも、このたった一行が、日本語で書かれた金粉ショーの最も古い記述として価値がある。

ここに添えられる推測がないわけではない。それは19世紀末から20世紀初頭にかけてフランスで流行し、日本にも飛び火した「活人画」の存在だ。フランス語で「Tableau vivant」と呼ばれるそれは、単純に言えば「絵画のようなポーズを取って静止する」芸である。「活」きた「人」が「画」の真似をするから「活人画」。演劇や芝居の舞台に取り入れられたようで、とくに人気があったのは裸の女性の活人画だった。裸の女性は伝統的にギリシャ神話に登場する「女神(ヴィーナス)」と呼ばれる。芸術性、宗教性、神秘性を兼ね備え、取り締まりを逃れるために猥雑さが脱臭されたネーミングだ。そのヴィーナスを真似た活人画は当時たくさんあったようだし、絵画だけでなくブロンズ像/大理石像を真似てもいいだろう。像を真似るためには身体に色を塗るのがいい。フランツ・トオマンはそうやって「金のヴイナス」を発案したのではないだろうか。

今となっては当事者が誰も残っていないため想像するしかないものの、20世紀初頭にすでに金粉を塗った女性のヌードが世界に存在したことは、歴史的な重要事項である。

■日本で最初の金粉ショーは何か?

世界最初期の金粉ショーが1909年のドイツだったとして、では日本で金粉ショーが行われるようになったのはいつか。それは1934年3月1日に始まった「マーカス・ショー(当時の表記はマーカス・ショウ、マーカス・ショオ)」以降のことだ。

アメリカのレビュー一座という触れ込みで来日したマーカス・ショーは、普段は20人ほどの編成、来日が決まると総勢63人に膨れ上がったという大所帯で、舞台振付はレオン・ミラー、後年人気を得るダニー・ケイも新人ダンサーとして参加していた。母国ではたいした存在ではなかった彼らの公演は、しかしアメリカ式レビューを初めて日本に知らしめ、「ショー」という言葉を浸透させ、日本のショービジネス史をマーカス・ショー以前以後に分けるほど重要な出来事となった【※2】。〈多芸を集めたバラエティーの構成、スピーディーな進行、タップ・チームの養成、照明の立体的駆使は、いずれもマーカスが残していった置土産〉【※3】とは評論家の旗一兵の弁である。

マーカス・ショーのプログラムは第2部第28景まであり、そのうちの第1部第25景「銀色の女神 銀の宮殿」が問題のショーである。この景でミス・ハッチャ(ホッチャ)という女性ダンサーが、全身を銀色に塗り、ステージ上で活人画風に彫刻のようなポーズをとってみせたという。彼女は"ブロンズ・ヴィーナス"と呼ばれた。これが日本に金粉ショーが輸入された瞬間といっていいだろう。

急いで註釈を加えると、全裸ではなく、当局の指導により股下三寸の猿股を穿いており、乳房には花びらの形に切った絆創膏を貼っていた。そして何より金色ではなく銀色だった。より正確には銀粉ではなく銀泥を塗っていた。面白いことに、マーカス・ショーを観た人々の後年の回想記にはなぜかかなりの確率で「金粉ショーを観た」と書かれている。当時の資料などから間違いなく銀のはずなのに、観た人々にとっては金粉ショーだった。照明が反射してそう見えたのかもしれない。マーカス・ショーのインパクトは銀を金にしてしまうものだったという事実をここでは重視したい。

マーカス・ショーの女性団員の数人は、来日時に『婦女界』(婦女界社)という女性誌で座談会に出席しており(1934年5月号)、そこではいくつか興味深いやりとりがされている。

たとえば、発言者は明記されていないが、〈ホッチャさんを知つてますか?〉〈あの身體中へ銀を塗つて踊る人でせう〉〈えゝ。あれは大變に毒なんです。この一座でも、もうニ人も死にました〉という箇所を読むと、皮膚呼吸ができないから死ぬのではなく、単に塗っている銀泥の成分が毒なのだと考えられ、こうした話が伝言ゲームで皮膚呼吸で死ぬ話になってしまったのではないかと想像できる。

また日本人側の発言で、〈数年前でしたが、京都でお祭があつた時に、山車の上へ乗せる佛像の代りに、俺が坐つて生き佛像をおがませてやらう、と身體中に金を塗つて金佛様になつて町中をねり廻つた。(中略)山車でもつて本陣へ歸つた途端に、ウーンと心臓麻痺で本物の佛様になつちまつた事があつたが、大いに危険ですよ〉というエピソードを紹介している。ショー形式にこだわらなければ、金を体に塗る行為はそれ以前からあったということになる。確認のしようがないが、やはり気になる話である。

『婦女界』(婦女界社)一九三四年五月号
『婦女界』(婦女界社)1934年5月号「マーカス・ショウの踊り子と語る座談会」より、ミス・ハッチャによる日本初の銀粉ショー

ちなみに、このマーカス・ショーの公演は、東京有楽町にある日本劇場で行われたが、開催までは紆余曲折あった。当時の日本は1931年の満州事変の影響で軍国主義が高まっており、「ハダカ踊りの見世物を帝都の中央でやらせるわけにはいかない」「ユダヤ系の外人レビュー団を入国させることは好ましくない」と、右翼関係者、内務省、外務省のすべてから反対され、一行は入国ができなかった。困った日劇支配人の代わりに暗躍したのが関西の吉本興業で、東京支社長の林弘高らが、大化会(右翼団体)の会長、岩田富美夫の協力を取り付けることに成功し、日本通過査証を無事手に入れたのである。吉本興業はこの招聘事業で日劇から手数料10万円を受け取り(大学生初任給が50円の時代である)、東京進出へ大きく躍進した。もし吉本興業がマーカス・ショーを呼べていなければ、日本の金粉ショーもお笑い史も違ったものになっていただろう。

■日本人で最初に金粉を体に塗ったのは誰か?

日本に金粉ショーが伝わったのが1934年だとして、それでは金粉を体に塗って舞台に立った最初の日本人は誰だろうか。有力な候補が、昭和の名俳優である森繁久弥の自伝に書かれている。
〈ロスアンゼルスのオリンピックに日本中が沸いた頃、日劇の舞台にこの藤田先生がいち早く全裸に金粉をぬり、円盤投げの踊りをして日劇の客をアッといわせたことなど、語り伝えておく一つだろう〉【※4】
藤田先生とは森繁の洋舞の先生である藤田繁のことだ。ただ、ロス五輪があったのは1932年、マーカス・ショー来日の2年も前のことで、時期は森繁の記憶違いだろう。そもそも日本劇場は当初は映画館であり、舞台が基幹となったのは東京宝塚劇場が関わるようになった1935年から。この年、東京宝塚劇場に勤めていた秦豊吉が、日劇に宝塚のような歌劇団を作ろうと日劇ダンシング・チーム(NDT)を組織し、同所の看板舞踏集団に育て上げた。このNDTに初期に在籍した1人が藤田であった。

ここで当時の公演記録を見てみると【※5】、1936年2月11日からのNDTの第2回公演「ジャズとダンス」に藤田が出演している。公演内容は〈藤田繁が筋骨隆々の裸にふんどし一つで天狗の面をかぶり、六尺棒に跨って踊ったのが大いに評判に上った〉と解説されており、森繁が書いているのはおそらくこの時ではないか。金粉を塗ったかどうか、たしかな記録はないが、この回以外、藤田の出演作でそれらしいものがない。ここでは藤田が金粉ショーを行った最初期の日本人である可能性を指摘するに留めよう。

日本は1937年から日中戦争、1941年から太平洋戦争を開戦、そのまま1945年の終戦まで第2次世界大戦が続くため、日本のショーの歴史は一度休符が挟まる。海外では1933年頃に黒人レヴューの女王ジョセフィン・ベーカーが金粉を爪に塗り、1935年に人気バーレスク・ダンサーのサリー・ランドが全身白塗りで舞台に立つなどしていたようだが、それらの影響が日本に伝わった様子はなかった。

(後編に続く)

【註釈】
【※1】正確には、シャーリーの自伝『Golden Girl』によると、映画では声が別人の吹き替えだったり、ポスターなどに使われている女性も別人だという

【※2】直接関係ないが、約1年前、1933年5月には「ハーゲンベック・サーカス」が来日している。これは象、キリン、ライオンなど動物131頭などを連れたサーカス団。団員は85人、日本人の臨時雇いを加えると165人。斎藤実首相も観に来たという

【※3】旗一兵『喜劇人回り舞台 笑うスター五十年史』(学風書院、1958年7月15日発行)153頁「マーカス・ショウと吉本興業の進出」

【※4】森繁久弥『新装版・森繁自伝』(中央公論社、1962年12月12日初版、1978年3月25日新装版発行)156頁「ラインダンスとデバカメ教授」

【※5】橋本与志夫『日劇レビュー史 日劇ダンシングチーム栄光の50年』(三一書房、1997年4月発行)
『金粉奴隷コレクション』(大洋図書)
出演:翔田千里、北条麻妃、さとう遥希、小早川怜子、阿部乃みく
発売日:2015年2月26日
価格: 3480円 (3222円+税)
判型: B5判
ディスク: DVD1枚付き
出版社:大洋図書

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ばるぼら  ネットワーカー。周辺文化研究家&古雑誌収集家。著書に『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』など。最新刊は共著の『20世紀エディトリアル・オデッセイ』。
「www.jarchive.org」 http://www.jarchive.org/
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15.03.07更新 | 特集記事
文=ばるぼら |