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special issue for Golden Week in 2012
2012ゴールデンウィーク特別企画/特集:セックス表現の現在形2012
対談:ペヤンヌマキ・前田愛美/演劇はセックスをどのように扱ってきたのか?  
かつては秘匿されてきた性の営みがメディアと技術の発展で白日の下に晒されている現在、様々なジャンル・作品においてセックスはどのように表現されていくのでしょうか。これまでの描かれ方も含めて改めて検証していく連休特集企画――。第3弾では"演劇におけるセックス表現"をテーマにした対談をお届けします。対話の席に着いて下さったのは、AV監督であり、また演劇ユニット「ブス会」の主催者である劇作家・ペヤンヌマキさんと、ダンス企画「おやつテーブル」を主催する演劇ライター・前田愛美さんのお二人です。
 | 
前田愛美(以降「前」) ペヤンヌさんには以前、他誌でインタビューをさせていただいたことがあって。
ペヤンヌマキ(以降「ペ」) 私が初めて舞台の作品を脚本演出するときに、取材していただいたんですよね。
 その時の印象は、AV監督もなさっているのはわかってたので......あれは、撮り始めて何年くらいでしたっけ。
ペ 6年前だから......監督になって3年くらい経ってたのかな。
 女性のAV監督ということは知っていて、どんな方だろうなと思ったら......もの凄くふんわりした方で(笑)。今はお姉さん、大人の女性という感じですが、その時はもっと......。
 髪がもっと短かったかな。
 森ガールっぽかったですね。
 ああ、そういうふうに書いてもらってましたね。
 書きました。その時、森ガールのAV監督ってどうよって感じで驚いて。
ペ だいたい名前で、金髪でピアスぐわーっていう人と思われることがよくあるんです。
 それだったら納得するんだけど(笑)。ふわぁっとした感じの方だったので驚いたんだけど、でも描かれている内容はエグいものですよね、ある意味で。女の心理の晒し方が、エグい。
ペ エグいですよ。
 そんなペヤンヌさんに対して、前田さんは演劇ライターとして、またご自身も「おやつテーブル」というプロジェクトをされていて。
 主催なさってる?
 ダンス企画をしてるんです。
 本日はそんなお二人に、演劇というものは性をどのように扱ってきたのか、というお話をしていただければと思っています。

■舞台で見る生身の裸のインパクト

 今回のお話を聞いて、まず困るなと思うのは、演劇って生身の体を扱うじゃないですか。だからセックス、性という表現の前に、裸という問題が......それはproblemじゃなく、matterがありますよね。
 生身だから、裸が出てくるだけでもエグいというか、やっぱり映像とちがいますよね。生身の人間が観客の目の前でやることなんで。
 だから裸のインパクトも、他の媒体とちょっと違うかなと思いますね。ペヤンヌさんの最初の作品、『女のみち』は裸そのものは出てなかったんでしたっけ。
ペ そうですね。最後のほうに脱いで背中が見えて、それがシルエットになっていくという表現にしました。あえて直接的な裸やセックスシーンは見せずに。
 あの作品はAV女優さんの控え室というか、順番を待ってる感じだったのは覚えてるんです。AVの裏側や裸は出てくるけど、セックスシーンそのものは出てこない。
ペ そうですね。
 AVというメディア、そこに従事してる女の人たちの日常や、事情みたいなものがどんどん見えてくる。そこであえて裸やセックス描写を描かなかった趣旨は、どういうところにあったんですか。
ペ それはやはり、裸の扱いは相当デリケートにしなきゃいけないなという意識があって。そこで裸そのものを見せちゃっても違うだろうと。
 違うというのは?
ペ セックスそのものや、エロいものを見せたかったわけでもなく、セックス産業に従事してる人たちそのものを描きたかったんです。そこでAV現場という設定なんだけど、それを舞台で直接的に見せても、ちょっと別の意味が付加されてくる。じゃあそこはどうやったら見せずに成立させるのか、というところを考えましたね。
 エロいということを特に意識しているわけではなかったそうですが、エロいということ自体もまた別項目でありますよね。
 そうなんですよね。裸を見せれば、セックスを見せればエロいわけじゃなく。
 そうそう。ペヤンヌさんが学生の頃に参加されてた「ポツドール」という劇団がありますが、「ポツドール」は、割とセックスそのものも出てくるじゃないですか。それでも全然エロくない。
 そうですね。
 性描写自体はありますよね。
ペ 結構直接的だったり。
 実際にはやってないんだけど、行為そのものをそこでやってるように見えて。
ペ 岸田戯曲賞を受賞した代表作では乱交パーティのシーンを描いた舞台があって、それは二階の部屋で本当にセックスしてるという設定。直接は見えないけど、喘ぎ声がモロに聞こえてくる。
 あと男の人が丸出しの時もありましたよね。女の人は、お尻とか背中側は見えるけど前は見えないぐらいで。まさにそこでセックスしてるという表現がある。でもあれはエロくない。
 人間観察の一部として出してる。裸が出るというだけで、実はエログロを表現してるわけではなく、セックスは割と無機質な感じ。
 そう、無機質に描かれてるんですよね。

■誤配で気づいてもらう演劇の面白さも......

 でもね、エログロ劇団っていうイメージがついちゃうと、「チンコ出ないのか、マンコ出せ」みたいな。
 裸というだけで見たい人がいるんですよね。
ペ 見たがる層がありますね。舞台だと生で見られますから。ストリップの感覚はよくわからないけど、最前列を常にキープしたがるおじさんの層がありますよね。女優のパンツを見たいとか。
 それは「ポツドール」や、そういった割と出す劇団じゃないところにもいて。裸というものが全くアーティスティックなものとして、たとえば裸体の彫像的な扱いというと分かりやすいと思うんですが、そういった形でダンスとかはあるじゃないですか。そういった、無垢な体みたいなものを象徴して、裸を持ってきたりするような作品においても......。
 違う目的で見にくる人が(笑)。
 (笑)。自分だけそれを見てセクシーな気分になって帰るという人もいるんです。
 「毛皮族」とか、ニップレス一つできれいな女の子が踊ってたりする劇団もあって、やっぱりおじさんの客が......。
 特定の層は、そういった目的で来る。「指輪ホテル」というカンパニーも、ご存じだと思うんですが、もう本当にいっぱい裸でてくる作品もあるんんですね。ずっとそればっかりというわけじゃないけど、やっぱり特定のファンみたいな人がいる。作り手としては、どういう気持ちなんでしょうか。
 私としては、チラシでもちょっと背中出したり、煽ったりしてる部分があるので、そういう観客がいるのも大歓迎。逆に全然別の目的で観にきてくれた人も面白がってくれればいいと思ってますね。
 全然違う目的というのは、裸目的で来てるんだけど......。
ペ 裏切られるでもいいし。
 それだったらすごくいいですよね。裸目的で来たおじちゃんが感動して(笑)。
 演劇って結構面白いな、みたいな。だったら嬉しいですよ。演劇ってやっぱり、他のメディアよりも一部の演劇好きだけが観に行くという感じですよね。間口が狭いというか。そういう意味でも、普段観ない人が来るならいいのかなって思います。
 他の劇団の人も、それが嫌だという人はいないですね。その人たちが固定ファンになったりしてる。
ペ 大事なお客さん(笑)。そういう方ってリピート率がすごいんですよ。一つの舞台でも10回観に来たり。
 そういう方たちって、ストリップ劇場には行かないのかな。
 素人の裸が見れるのがいいのかなあ。AV女優とかストリップの人とか、やっぱり性風俗の人だから。
 そっちの人たちじゃない裸を見るのがいいのかもしれないですね。その気持ちは分からないではない。よりナマっぽいっていう。

■戯曲からだけでは見えてこない性表現

 必要がないのにエログロを出したいだけで裸を出されると嫌ですよね。
 女の人の裸が出てくると、やっぱり消費されるじゃないですか。裸体として消費されるところがどうしてもあって、同性として居心地悪い気持ちになることがとても多かった。ただ最近、たとえば「毛皮族」や「指輪ホテル」などの女の人が主宰の劇団の方が自ら脱いでる。脱がされてるわけじゃなくて、自らしてるという、その意志が見えてくると居心地が悪くないということががありますね。
 男の人に脱がされてる感があると、居心地悪いんですかね(笑)。
 たぶんそうだと思います。脱がされてる感があると、すごい腹が立ってくるんですよね。
 でも女優魂で脱ぎますよみたいな......。
 それで後で泣いちゃいますみたいな。ああなっちゃうと居心地悪いのはある。だから、マドンナの写真集だったら楽しく見れるけど、というような感じ? そういうのはあると思います。しかし性の表現の話は難しいですね。
 うん。
 私とペヤンヌさんの間で、共有してるものも限られているのではと思います。
 私も、偏ってるんで(笑)。
 演劇には代表的な何々というのがないので。たとえば岸田戯曲賞の何々と言っても、戯曲は残っていても、再演が日本ではあまりされないので、共有のしようがないんですよね。
 舞台そのものを、その時に観てないと共有できないですからね。
 戯曲だと、それこそセックス表現と言われても、ライブでの肉体はそこに立ち上がっていないので。性表現がどうなってるかを語るのは難しい。
 それで分かりやすく、記号として言えるのは裸が出てるか出てないか。やっぱりそういうことになっちゃいます。
 ト書きでね、裸の女が出てくるとなってればわかるけど、それがどんな感じに見えたのかは演出家によっても違ってきますから。
 爽やかな裸なのかグロいのかも分からないし。
 可愛い裸なのかとかね(笑)。その辺が演劇というメディアは、ちょっと特殊なのかなと。「毛皮族」が出てきた時に、あ、これはイヤじゃない裸だって思った。ニップレスつけてるから、フルヌードでは全然ないんだけど。
 自主的に楽しんで脱いでる感じですよね。
 裸は自分たちのものだという感じ。私たちが脱ぎたいから、脱いだら楽しいから脱いでるみたいな。脱がされるんじゃなく。そういう感じがしたから楽しかった。
 可愛い子の裸で元気が出る、みたいな。
 そうそう。
 みんなが可愛いんですよね、また。出てる人が。
 綺麗な人ばっかりじゃなくて、いろんな体型の人がいる。それがいいというのもありますよね。だから消耗されない感じ。盛り上がったら、男の人でも女の人でも脱ぐ人いるじゃないですか。そのテンションの高さって、それに近いのかな。
ペ そうかもしれない(笑)。

■空気としてのエロさが持つ強い力

 エロさという意味では、舞台では直接的な裸というより、空気だと思うんですよ。私の舞台でよくやりたがるのは、集団がいて、ある男女が二人っきりになった途端、この二人は絶対やってるだろみたいな空気が出るのがエロかったり。やっぱり舞台ならではの、生身が目の前にいて感じる空気がある。
 そこに、その人とその人がいるだけで醸しだされる空気感みたいなもの。
 なんかエロい空気が漂うという。
 肉体の配置による演出はあるかもしれないですね。あとは触感を感じさせる演出。
ペ ちょっと触っただけで......。
 エローい、みたいな。そこに感じられるのは触感じゃないですか。まだ触ってない、未然の触感があったりという、そういう空気はよく話されますよね。エロいということでは、それが大きい。
 それをセリフで言わずとも出す演出が、好きだなと思います。この二人はセックスしてる関係ですよという説明セリフを言うんじゃなくて、明らかに二人っきりになったら分かる空気を出すみたいな。
 全然そういうエロさを狙ってないのにエロいと言われる劇団や女優さん、いますよね。
 女優さんが生身なんで、本人のエロさってどうしても出ちゃいますね、その人自体から。だから顔が綺麗でも色気が出ない女優さんもいるし。
 ペヤンヌさんは女優さんをたくさん使ったり、一緒にお仕事されてますが、その色気というのはどこが違うんですか。
 本人が醸し出す空気ですよね。やっぱり健康的に出る人っているじゃないですか。脱いでもエロくないみたいな。
 いる。ダンサーとか特にそうですよ。脱いでも全然エロくない人が結構多い。
 でも、顔は特別美人でもないんだけど、なんかやっぱりエロいみたいな人も。
 いますね、色っぽい人。それから何か食べると大概の人は色っぽくなりますよね。
 確かに。私の「ブス会」では女しか出てないけど、女だけだと発揮されるキャラクターってちょっと違って、そこに男が一人ポーンときたら急にエロさを発揮する人がいて(笑)。それは、男が生身でいないと発揮されないんですよね。
 (笑)。面白いですね!
 男が加わってこそ活かされるキャラクターの人。「ブス会」は女限定でやってきて、その辺が結構難しいなと。男を出さないと描けない部分なので。
 面白いですね。ドロドロするし。
 女性の関係性もそれによってまた配置が変わっていくし(笑)。
 崩れていったりもしますよね。「ブス会」では制限として、女だけで描こうと思っているんですか。
 最初から女しか出さないって決めたわけじゃなく、とりあえず第二回までは女だけでやって。第三回は男が初めて出るんです。
 男の人でも色気のある人とない人が。誰でもいいわけじゃないんですよね。投入する人は(笑)。
 そこで「ブス会」に出す男役としては、やっぱりオスが強い人じゃないと。最近、女に溶け込んじゃう派の人っているじゃないですか。
 草食系みたいに言われてるような。
 すんなり女だけの集団に入っても違和感ない男の人だと混じっちゃうんで、絶対的なオス感がポイントだなと思って。
 面白いですね、それすごく。一見そういうオス感が全然ないのに、女がザワめくとかも面白いですよね。
ペ いますね。一見草食っぽいけどオス感がある人とかね。
 男ありの「ブス会」、ぜひ観てみたいですね。

■ダンスで見る身体のエロス

 ダンスってご覧になりますか?
 この前、「珍しいキノコ舞踊団」を観に行きました。
 生身の体を扱ってても、ダンスだと大分事情が違ってくると思うんです。ダンサーって体が道具みたいなところがあるからなのか、裸になっても色気がないことがある。だけどダンスと裸って切っても切れないところがあって、衣装としての裸という部分があるんです。日本は少ないけど、ヨーロッパのほうは裸が好きなのかどうなのか......よく脱いでることがある。けど裸になっても全然オカズにならない、といったら変だけど、そういう場合があって。
 舞踏はあまり観ないんですが、リトルモアのちっちゃい空間で男の方の......。
 竹之内淳志さん。
 そう。竹ノ内さんの舞踏を観た時、最初はずっと服を着ていらっしゃって。最初から脱いでるのかなと思って観てたから、脱いでからのほうがやっぱり見入っちゃいましたね、単純に(笑)。
 舞踏だとまた特殊な話になってきますけど、舞踏にしろダンスにしろ、裸になった時には、筋肉とか骨格がよくみえるという話になりますよね、ダンスの場合。運動表現とか。
 肉体の見せ方がまた別物ですね。
 そうなってくると、セックスや裸体、そういう項目からズレてくる。でも一方で、これは明らかにセックス中だなという表現の振り付けがあったりもするんです。クラシックバレエでも、ロミオとジュリエットとか。
 ああ、あるんですか。
 ロミオとジュリエットは二人で、デュエットで踊るんです。すごく綺麗に踊ってるんだけど、アクロバティックにリフトしたり、これは明らかにセックスしてるということを意味してるんだなって。
 面白いですね、そういうふうにして観たら。
『Carmen』発売日: 2004年12月21日 販売元: Kultur Video
 ローラン・プティというフランス人が振り付けたカルメンだったと思うんですが、それもかなりアクロバティックにセックスをしてるような。感情や、性的なものも含めて入ってるものなんですが、男女の半身が絡まりあうような、そういう振り付け。もちろんすごく綺麗なんだけど、これは明らかに行為中です、みたいなことが、大人だったらわかるという。そこにはエロスはあるけれども、ポルノじゃない。ポルノの限りなく近いところを表現しようとしてる。男女に限らないけど、人と人との性行為、でもそれが違うところに着地している。だから同じ生身の体を扱っていても、ダンスというメディアと、演劇というメディアでは事情がかなり変わってきて面白いですね。

■日本の現代演劇史におけるタブー表現の現われ方

『川の字で寝ていた姉が我慢できずに漏らす喘ぎ声を聞いて発情しだす妹 4 』監督:ペヤングマキ(ペヤンヌマキ) 発売日: 2012年2月29日 メーカー:ナチュラルハイ
 私はAVに入ったきっかけが、バクシーシ山下さんだったり平野勝之さんだったりの、セックスというよりも人間のドキュメントみたいなものがすごく面白くて、そういう部分に興味を持って入ったんですよ。で、入ったんだけど、自分が監督になった時にはそういうものを作る余地がなくなっちゃって、直接的なカラミばっかりみたいな作品しか作れなくなっちゃった。だからそういうフラストレーションがたまってたんですよね。でもこの人間模様を演劇にしたら面白いなというので、今の「ブス会」があるんです。
 抽出されてますよね、人間模様が。
ペ やっぱりそういう裸の現場って、1日に人間関係が凝縮されてたりするので。
 それは、どうしてそういうことなっちゃうんですか。
 普段、知り合ってセックスに至るまでの過程が1日に凝縮されて、そのことによってやっぱり隠してるものが出てきちゃったり。
 やっぱり人間は、裸になると出てくるものがあると。
 必ず出てくるわけでもないと思うんですけどね。なんだろう、AVの撮影現場の人間模様がただ面白かった。女性的な部分、女の人の面白い部分が見れたというか。
 なるほどね。
 性風俗業界に生きる人の話を書いてきたんですけど、前回の公演では普通の生活をしてる主婦や、そういった人たちも描いて。お金持ちの家をお掃除する主婦がやってるバイトを実際にやって、その体験を書いたんですよね(笑)。
 そうなんですか。あれ実際にやってたんですね。
 今もやってるんです、掃除のバイト。そこでもやっぱりね、女だけの職場の面白いものが詰まってる。
 なるほどね。
 昔は綺麗なものを描く舞台が多かったと思うんですが、それがイヤで。「ポツドール」は汚い部分も含めて、人のリアリティを描くみたいな劇団だったんですが、それが今は主流というか普通になっちゃってる。それでセックスとかシモネタの表現も普通に出るというか。
 そういう話題が増えてきていますね。そういう人たちが増えているから、世の中での割合と同じように、演劇の中でもその割合は増えている。
 綺麗ごとだけじゃ面白くないと思う人が増えたというか。
 それは叫んだりしている舞台ではなく、普通にしゃべっている演劇でもでしょうか。
 それはどっちもです。通称静かな演劇と呼ばれますが、平田オリザさんに代表されるような、日常を切り取ったかのような。
 会話も声を張らずに、日常会話で。
 後ろ向いてしゃべったり、二組が同時にしゃべったり。
 そこも過ぎて、今は一回転してるというか、それがスタンダードな時期に出てきた人は昔の......。
 表現主義的なほうにブレたりしてますね。
 前田さん、日本の現代演劇の歴史を簡単にご説明いただいてもいいでしょうか。
 1960年代から70年代にかけては、いわゆるアングラと言われるような唐十郎、寺山修二。同じ時期に土方巽などの舞踏が出てきます。そういった時代がアングラで、その辺も大正期にエログロナンセンスが流行ったのと同じように、エログロ的な感じで出てきました。その当時も一種の性表現というのはわーってあったけど、その反動のように今度はエログロ的ではないものが出てくるんです。その端境期にあるのがつかこうへいとか。その次に出てくるのが小劇場ブーム。野田秀樹の「夢の遊民社」とか、鴻上尚史の「第三舞台」、渡辺えり子の「劇団3○○」。その辺が小劇場ブームで、もの凄く人気が出たわけです。走り回ってしゃべったり、ダンスが出てきたり。
 笑いが盛り込まれてたり。
 割とポップな。80年代ですよね。そこでよく出てきたのは少年や少女というテーマ。そこからはセックスの匂いや、性表現の匂いは一旦しなくなるんですよ。ポップだし......。
 ファンタジーっぽい。
 そう。子供っぽく、チャイルディッュになるということです。それで性の匂いがふっと消えて、その後にまたそれに反発するように、今度は大人しくなるといったら変なんですが、歌って踊って走りまわるみたいなものから、こんなことやってられないって感じで、静かな演劇というふうになっていく。それが80年代後半から90年代。80年代くらいが叫んだり走ったりしている、野田秀樹の「夢の遊眠社」などで、90年代くらいからだんだん収まってきて、静かに話したりする人も出てきた。するとその静かで淡々としたところに、ドス黒い、グチョグチョしたところをあぶりだすような人たちも出てきて。全部ではないけど、人間にとっての性というテーマ、性表現もまたぶり返して出てくるんです。それがリアリティであるという衝撃も反動としてあった。
 「大人計画」はシモネタというか、タブーを扱うきっかけになってましたね。
 シモネタというよりタブーですね。だから障害者の性みたいなのが出てきたりする。それが結構、衝撃的だったんですよね。「大人計画」は小劇場ブームには分類しがたい気がするんですけど、でも一大人気を博したんです。あと「ナイロン100℃」とかが、小劇場ブームの後ろのほうから、静かになるちょっと手前くらい。今でもとても人気があります。叫んだり走ったりするけれど、でも扱い始めてるのは少年少女とか無垢なものではなくて、それこそ障害者差別や、被差別部落、戦争、そういったものや性の話がいっぱい出てくるんですね。

■映像にはない、演劇ならではの感動

 生身というのは強力なアイテムですよね。一方で、生身だから裸はコントロールが利かなくて、だから暴走しがちであると。そんなつもりじゃないのに、観る人によって勝手に催すこともある。だからその表現として作家が描くことを考えたとき、裸の扱いはかなり気をつけるんじゃないですか。
 本来描きたかったことと別の意味が付加されたり。単なるセックスシーンとして描いたつもりでも、裸が出てきたっていうだけで......。
 その人のファンタジーも大盛りにくっついてきちゃう。生だけに。
 そして居心地が悪くなって、本質的な部分が見えなくなっちゃう。
 という人もいるし、盛り上がっちゃう人もいる。でもそこで見せたかったのは、もしかして女の孤独のはずなのに(笑)。
 エロのほうで盛り上がっちゃったり(笑)。だから映像のほうがさらっと描ける。
 映像だと音つけたり、音消したり、光を操作したり、手を加えることが後からでも可能ですよね。字を載せたり。演劇でもいろいろなことは出来るけれど、やはり、生のものが載っていることで、暴走しようと思えばできちゃう......難しいよね。裸は扱うのが難しい、特に日本では。でも「大人計画」の松尾スズキさんが書いたミュージカルで、すごく綺麗で記憶に残ってるのが......。
 あー、秋山菜津子さんの背中ですよね。
 そうそうそう。綺麗でしたよね。
 思い出しました。
 パッという一瞬で、さらってコート脱いだら全裸だった。後ろ姿だけだけど、すごい綺麗なんですよね。
 印象的なシーンですよね。
 それまでの芝居は、そういう匂いが全然しないんですよ。だからコートの下が全裸だとは全然思わないんです。あ、秋山さんは、ここからここまでのシーン、コートの下はずっと全裸だったんだって思うわけですよ。へええーって感慨深くなるんです。それ、映画だと思わないよね。秋山さんが、ここからここまでノーパンだったんだって思うことが演劇ですよね。
 映画だとね。
 カットしちゃえるから。
 バスローブ着てて、スタート前に脱いだっていうのが見えますね。
 そうそう。そういうのがあったりね。やっぱりこれは生身だから。時間が飛ばないからね。やはりライブで目の前の舞台に人間が載ってれば、子供が生まれるのだって、遡ればセックスがあるからだという当然のことに、帰着しやすい。そういうことだと思います。

■パーソナル化するデジタルメディアと生身の関係

 演劇は太古の昔から時代の鏡みたいなところがあるから、世の中でセックスをカジュアルに扱う状況が増えれば、そしてそう感じる人が増えれば、劇作家はそれを扱う。当然のようにそういう登場人物は増えるし、そういう現象は扱われるようになりますよね。だから結果的には、演劇はポルノをフォーカスしてるわけではないので、セックス表現そのものが増えるわけじゃないけど、自然にそういう現象が増えているのは確かですよね。
 そうだと思います。人間を扱うのに一番適した媒体ですよね、生身が出ちゃうから。生身の説得力ってやっぱり映像には出せないです。
 演劇が生身の体を扱うのは必須じゃないですか。生身じゃなければ演劇じゃなくなるので。人形だったら人形劇。だから人間は必須だと思うんですが、今セックスに対するアクセスがイージーになってきたという一つの原因として、いろんなメディアが発達してパーソナルな、デジタルメディアに対するアクセスがイージーになったというのがあると思う。逆に生身の人間に対する、生身の女の子とか、身体に対するおののきというのもあると思うんですよね。だからこれからはもしかしたら、演劇のライブである表現が、イージーじゃない、ビビッドなものとしてより際立ってくるのかもしれないですね。

構成=編集部

ぺヤンヌマキ主催「ブス会」公演情報!!

■「第3回ブス会」
脚本・演出 ぺヤンヌマキ
10月11日(木)〜14日(日)
下北沢ザ・スズナリにて
公演の詳細は「ブス会」ホームページにて


関連リンク

演劇ユニット「ブス会」公式サイト

ダンス企画「おやつテーブル」公式サイト

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ぺヤンヌマキ 1976年、長崎県出身。早稲田大学在学中より演劇活動を開始。2004年より「ペヤングマキ」名義でAV監督として活動する傍ら、2010年、演劇ユニット「ブス会*」を立ち上げ、以降全ての作品の脚本・演出を担当。"女"の実態をじわじわとあぶり出す作品を発表し続ける。現在、週刊SPA! にてコラム「ぺヤンヌマキの悶々うぉっちんぐ」隔週連載中。2012年より、「ぺヤンヌマキ」に改名。 今秋、第3回ブス会*決行します。

前田愛実 英国ランカスター大学演劇学部修士修了。専門は現代演劇やコンテンポラリーダンス。 ライターとしてウェブや雑誌等に雑文なども寄稿。
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