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Scene09. 崩壊


【1】

破裂音を聞いた竜也が地上階へ続くドアを開けた時、竜二はすでにドアの向こうに立っていた。
そして目が合った瞬間、竜也に向けて笑気ガスのスプレーを噴きつけたのであった。
たちまち竜也の膝が折れ、ドアの前で昏倒する。
竜二は右手にスプレー缶、左手に金属バットを握ったまま、倒れた竜也の腹をサッカーボールのように蹴り上げ、竜也の身体を牢内に押し戻した。

「あ……」

ベッドに手錠で固定されたままの渚が呆然として口を開ける。
竜二は無言のまま、そんな渚につかつかと歩み寄ると、無造作に笑気ガスを噴きつけた。


竜也が目を覚ました時、まず彼の目に入ったのは、床だった。
床を、何か赤いものが埋めている。
血ではなかった。
それは一度溶けて固まった蝋であり、その蝋が、顔を横向きにしてうつ伏せた自分の眼前に広がっているのだった。
首をひねりながら腕を動かそうとすると、全身に違和感を覚えた。
最初に、顔と床が蝋で接着されていることが分かった。
両腕は後手に縛られ、脚も芋虫のように括り合わされているようである。
さらに、手足を縛った縄尻が、床に設置された鉄の輪にしっかりと固定されていた。
転がることもできないようになっている。
しかしそればかりではない。
手も、足も、背中も、頭も、すべてが分厚い蝋で覆われ、布団の下敷きになったように、全身が蝋に押し潰されているのだった。
竜也はその全景を壁に立てかけられた鏡で知った。

鏡にはさらに、凄まじいものが映っていた。
竜也の真上の天井付近に、火の灯された無数の蝋燭が、斜めにかしいだ状態でぶら下がっていた。
一体何本あるのか、蝋燭は1メートルほどの分厚い層をなして、時にパチパチと禍々しい音を立てていた。















「熱っ」

当然、溶けた蝋は、竜也の顔と言わず身体と言わず、常に雨のように振り注いでいる。
それまでは床に面していた頬が、瞬く間に赤い斑点で覆われていく。
事態の余りの異常さに慄然とし、喉の奥から嗚咽ともうなりともとれない低い音が漏れた。

「起きたか、竜也……いや、家族を裏切った畜生よ」

足のほうで竜二の声がした。

「蝋燭は、まだ何万本とストックしてある。前から試してみたかったからな」

声が硬い。

「熱いよ……やめてくれ……兄さん」

「ハッ、熱い? 笑わせるなよ。俺が蝋責めなんかで納得すると思うか? お前はこれから、圧倒的な量の蝋で生き埋めになるんだよ。身体だけじゃない。そのうち顔も埋まる。あとどれくらい持つかなァ。たいしてかからんと思うが、元兄弟のよしみだ……お前が愛した女の最期も見ておくか?」

足音がして、竜也の視界に竜二の足が入ってきた。
鏡の前で一旦止まり、手が下りてきて鏡面の角度が変えられる。
ほれ見ろ――と足が再び遠のくと、鏡に渚の姿が映っていた。

渚は後手に縛られ、爪先立ちの高さで滑車に吊られていた。
腕と背中の間に金属バットが挟み込まれている。
そのこと自体も痛々しいが、より凄惨さを強調しているのは、渚が真っ白いウェディングドレスを着せられていることだった。
ドレスなど、いつ用意したのだろう。
もしかしたら、最初の女を攫ってきた時だったのか――。
いつだったにせよ、そのドレスには竜二の持つ愛憎のすべてが浸みこんでいるようで恐ろしかった。

渚の顔が、変形させられていた。
鼻にフックが取りつけられ、鼻孔が正面を向いていた。
鼻毛の生えた白い肉が、めくれ上がって露出している。
さらに、下の前歯の間からワイヤーが垂れさがり、その先に鉄アレーが提げられていた。
鼻は上に、顎は下に引っ張られ続けているのである。
大きく開いた口端からは、白い粘液が糸を引いてぶら下がっていた。
無理やり流し込まれた精液に違いない。
それも、数年前に瓶詰めされた、腐った精液である。

竜二が渚の前に立って手を動かしていた。
綿棒の束を持っている。
握った手に余るほどの束の先に、渚の胸元に落ちて溜まっていた精液をたっぷりと絡ませていた。

「あ……え……え……」

渚がかすれた声を出す。
やめるわけないでしょ――と竜二が渚の言葉を解釈して言い、綿棒の束を渚の鼻に密着させた。
両手の親指を使い、鼻と逆側の先を乱暴に押していく。
渚の左右の鼻孔に、七、八本ずつの綿棒が刺さって華のように開いた。

「んこっ……んかかぁっ……」

腐臭のためか、粘膜を刺激された痛みからか、渚が呼吸困難に陥ったような乾いた音を口から迸らせてのけ反った。

「おぉ、まさに豚だねぇ。畜生の嫁にはぴったりだ。なぁ、畜生よ」

鏡越しに竜也を振り返った竜二の目がギラギラと光っていた。

「お前らをな、結婚させてやるよ、あの世で。俺を裏切った報いを受けさせてからな」

竜二の手に、壁にかけてあった一本鞭が握られた。
太い腕が唸りを上げて鞭の先端が風を切る。

「っつあうぅっ!」

渚の胸元が弾け、ウェディングドレスの切れ端が舞った。
裂け目から乳房がまろび出て、その滑らかな皮膚に紫色のミミズ腫れが浮き上がる。
さらに竜二が×印を描くように腕を振ると、渚の右肩と腹の一部が剥き出しになり、そこにも野太い隆起がうねくった。

目の焦点を失くした渚が胸を喘がせて「ハッ……ハッ……」と呼気を吐いた。
爪先が床を掻き、天井のレールに連結した滑車が前後する。

「兄さん! やめてくれ!」

叫ぶ竜也を尻目に「だから、やめるわけないでしょって!」と、尚も鞭が乱れ飛ぶ。
ドレスのスカートがぼろ布のように垂れ下がり、渚の秘部の陰りが露出した。
竜二が鞭の先端を渚のクレバスにこじ入れて甲高い声を上げる。

「ここで! この穴で! 浮気したんでしょうが!」

鞭がしなり、赤剥けたクリトリスが奇怪な角度で飛び出した。

「ああぁぁぁぁっ」

渚が首を左右に振り立て、鼻の穴の綿棒がバラバラと振りまかれた。
同時に、ワイヤーの巻かれた歯が折れて鉄アレイが床に落ちた。
竜二はその鉄アレイを無言で拾い上げると、クルリと振り向いて竜也の背中に投げ捨てた。

ぐあぁっ――と唸り声を上げた竜也の見開いた目を、熱蝋の滴がボタボタと打った。

「ひぇっへっへ……竜也ぁ、お前、片目が潰れちまったじゃないか。なら、お前の嫁さんも同じようにしてやったほうが夫婦っぽくなるだろ、んー?」

竜二が、ぶら下がった蝋燭の一本をもぎ取り、渚に向き直った。
そして「ほれっ、ほれっ」と全身に熱蝋を振りかけていく。
素肌に蝋がかかるたびに、悲鳴を上げてのけ反る渚の爪先が床を掻いた。
天井のレールが軋んで嫌な音を立てる。

そして――運命の瞬間が訪れた。
渚の身体が後ろに振れ、直後に前へ戻ろうと傾いた時である。
滑車が移動したことで、ぶら下がった蝋燭の火にあぶられていた吊り縄が、ブチリと音を立てて切れた。
前方へ倒れ込んでいく渚の身体が、目の前にいた竜二に激突した。
おっ――と声を洩らした竜二が、床に垂れていた蝋で足を滑らせ、よろけながら二、三歩後ろへ後退し、竜也の横腹に躓いて転倒した。

【2】

いきなり、竜也の片目の視界に竜二の顔が飛びこんでくる。
床に側頭部を打ち付けた竜二の目が、一瞬、竜也の瞳の奥を覗き込んだ気がした。
その直後である。
竜二の首がくの字に折れた。

首の上に、渚の小さな足がのっていた。
縄が切れたはずみで竜二に激突した渚は、その勢いのまま転倒した竜二を追い、かかとで首を踏み抜いたのである。

「あ……あ……」と竜也がかすれた声を出した。
その顔は人相が分からないほどに蝋で覆い尽くされている。
呆然と開けたままの口にも蝋が落ちた。

竜二が蝋燭を補充できなくなった以上、生き埋めになる恐怖からは解放された。
しかし動けないのでは死を待つ以外にない。

「な……渚ちゃん……たすけ……て」

まだ竜二の首を踏んだままの、無表情な渚の足に向かって声を絞り出した。

「い……一緒に……ここを出よう……」

そう言った。
が、返事はなかった。
いや、都合のいい返事など初めからあるはずもなかったのだが、竜也には、返事を待つ時間すら残されていなかった。
竜也が言葉を発した直後、首を折られたはずの竜二の腕が跳ねあがり、竜也の口に拳をめり込ませたのである。
衝撃で前歯が折れ、拳が口腔に深々と埋没して、竜也の呼吸を阻んだ。
竜也の鼻はすでに蝋で塞がれている。

明滅する景色の中で、竜也は渚の足がもう一度竜二の首を踏み抜くのを見た。

――ゴキッ。

意識が遠のいていく。
それは誰の意識だっただろうか。
闇一色に覆われていく世界の中で、渚のウェディングドレスの裾がひらりと舞った。


これが8月5日、午前8時の出来事である。
事件が発覚したのは、後手に縛られたまま屋敷を飛び出した渚が警察に駆け込んだ午前8時20分。
その後、警察はすぐに屋敷に突入し、地下牢の存在と竜二・竜也兄弟の遺体を発見した。
さらに数日して、渚の証言と竜也の遺した日記から、過去に殺害された9人の女の遺体が同宅の敷地内で掘り出された。

もし、竜也が渚に対して特別な思いを抱いていなかったら、また、極度の睡眠不足でなかったら(普段の竜也であれば兄に逆らうような真似は絶対にできなかったに違いない)、そして渚を繋ぐ縄が焼け切れるという偶然がなければ、渚もまた過去の9人の女たちと同じ運命を辿っていただろう。
そうなれば渚に続く新たな犠牲者も生まれていたに違いない。

筆者は一貫して、主犯である竜二の異常性と絶対悪を世に説く者である。
が、社会が悪い、幼少期から竜二をとりまいてきた環境が悪いとする有識者たちの分析も全否定するわけではない。
冷静な読者諸兄は、この事件のあらましから何を読み取ったであろうか。
いずれにしても、同じような事件の再発を防ぐ一助となれていれば幸いである。


文=芽撫純一郎



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『生贄おさな妻〜収集家の奴隷〜』

発売中
出演:渚
収録時間:120分
品番:KNSD-03
メーカー:大洋図書
ジャンル:SM・緊縛・凌辱
レーベル:キネマ浪漫
定価:5,040円

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junichirou.jpg 芽撫純一郎 1960年和歌山県生まれ。プロポーラーとして活躍後、セミリタイアして現在は飲食店経営。趣味として、凌辱系エンターテインメントAVの鑑賞と批評、文章作品の創作を行なう。尊敬する人は一休宗純。
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08.11.07更新 | WEBスナイパー  >  官能小説