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【7】和歌山刑務所 非情な再会


こうして、ひさしぶりにシャバの景色を見られるうれしさと、惨めな縄付き姿を世間の人の目に晒す恥ずかしさとを一緒に味わいながらバスにゆられ、夕方和歌山につきました。入所手続きでは、たぶん、と悪い予想をしていたとおり、あっさりマルハダカにされました。やっと手錠から解放された両手を使ってさせられた最初の仕事は、たった半日身につけさせてもらった自分の服を、パンティまで脱いで領置室へ納めることだったのです。

「くみ子ちゃん、あら、やっぱりくみ子ちゃんじゃないの」

腰まで裸の身をすくめ、顔を伏せていた私は、とつぜん自分の名前を呼ばれ、びっくりして顔をあげました。スッパダカの私の前に、制服にキッチリ身を包んで立っている女看守、その顔を見て私は思わず「アッ」と、声をあげました。

郷里の中学で隣のクラスにいて、家もそう遠くない所だった女の子、格別に親しい間柄だったわけではありませんが、顔見知りという以上の知り合いでした。あのころは、私のほうが成績が上だと、心の中ではどちらかといえば見下していた彼女が、こともあろうにこの和歌山刑務所で看守になっているなんて!

「山田雅代ちゃん......」
「そうよ。ひさしぶりね。それにしても、どうしてあんたが、こんなところで受刑者になってるの? A女子校へいくような才媛だったあんたがさ。受領受刑者の名簿を見て、同じ名前ってあるもんなんだなって思ったけど、まさか、ほんとうにあんただとは思わなかった。身分帖の人形札も見たんだけど、あの写真は、めいっぱい惨めーって感じの泣き顔で写ってたから、あんただかどうかよくわからなかったのよね。どうしたの、なにをやったの」

懐かしがっていることはよくわかりますが、その昔なじみの前で、一糸纏わぬ全裸にされて立たされている私の気持などおかまいなしに、大きな声でしゃべりまくる山田雅代のおかげで、部屋中の人に、腰まで裸の惨めな姿をジロジロ見られてしまいます。その上、おせっかいな雅代は、受領手続きでも彼女が私の担当になるように、わざわざ同僚に頼むのでした。

受領手続き――文字通り、家畜か品物のように、書類と現物である私たちの裸の体とが一致しているかどうか確認の上で受け取る作業です。囚人番号が呼びあげられ、何組かにわけられて一列縦隊に並ばされた私たちは、一糸纏わぬスッパダカのまま、一人ずつそれぞれの係の看守(男の看守もいました)の前に立たされ、キヲツケの姿勢で自分の名前と罪名、刑期を大きな声で申告しなければならないのです。



机の上には、私たちと一緒に送致された、身分帖(裁判の記録や今までの受刑状況、体の隅々までの特徴を記入してある上にあの恥ずかしい全裸の写真まで貼ってある書類)が広げられ、その書類と私たちの裸の体とが照合されます。

「O野O子......、窃盗罪、徴役二年です」
「もっとシャンと胸を起こして、両手は脇に! その下腹の傷は何だ、盲腸の手術? 内股に刺青はないだろうな。ちょっと股を開いて見せろ。フン。よーし、こんどは後ろだ。回れ右!」

厳しい看守さんの命令に、女囚たちは、屈辱に身を悶えながらも、否応なく哀れな裸のポーズをとらされてゆきます。

だんだん私の番が近づきます。しかも、私の係は山田雅代なのです。もうじき私は、あの子の前で、あの哀れな全裸のキヲツケをしなければならないのです。この、人間扱いされない家畜同然の取り扱いも、だれ一人知らない人の中だから諦めがつくのです。なまじ私を知っている人が、好奇心むき出しの目で見ている前に、この惨めな全裸の姿を晒すのかと思うと、身を切られるほどつらく恥ずかしい思いでした。けれども、どんなに厭だと思っても、担当を替えてくださいなどと言える身分ではありません。テキパキと番が進み、とうとう私の番になりました。

私は、もう目もくらむ思いで、山田雅代の前に全裸の羞恥を晒すのでした。

「次! あら、あんたね、一応決まりだから、姓名、罪名、刑期を申告して」

カッと顔に血がのぼって、声がつまります。

「丸矢くみ子......、業務上過失致死、要保護者遺棄、懲役一年六カ月......です。」

最後は、声がかすれました。

「受刑者の受領には、体と書類を照合しなきゃならないのよ。だいじょうぶよ、私がやってあげるから」

私の気持ちなどにはお構いなしに、彼女は大声で言うと、ジロジロと裸の私の体を見回して、書類と照合します。同情していることも事実なのでしょうが、隠しきれない優越感の薄笑いさえ浮かべている彼女の視線に、下着さえつけていない全裸の肌をなめ回されて、ほんとうに、身を切られる思いとはこのことだと思いました。

「あんたって、案外ボインなんだね。肌の色も白いし。ウフフ、陰毛黒色普通って書いてあるけど、結構濃いほうじゃん」

そんなことまで書類に、と、また顔が熱くなりました。書類と「実物」の照合がやっと終って、

「ヨシ、次!」

と解放されましたが、下穿きさえ支給されません。マッパダカで前を両手で押さえた姿で立たされて、私たちは、全員の「受領」が終わるのを待たされました。最後の一人がやっと済むと、ピッと笛が鳴り、

「整列!」

と号令がかかります。スッパダカのまま二列縦隊に並ばされます。

「前へ進め!」

看守の一人が列の先頭に立ち、残りの看守が脇と後ろについて私たちを追いたてます。看守と女囚が一緒に歩くときの、いつもの形です。先頭の看守がドアを開けます。廊下を歩かされる! この布切れ一枚身につけない生まれたまんまの裸で! 足がすくむ思いですが、立ち止まることもできません。私たち裸の女囚は、白い家畜のように素肌を晒して廊下を歩かされるのでした。





「次は、身体検査よ」

いつの間にか、山田雅代が、私の脇を一緒に歩きながら話しかけます。彼女の体をキッチリと包んだ看守の制服が目に入ると、下穿きのズロースさえつけていないわが身の姿の恥ずかしさが、ますます惨めに思い知らされます。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼女は遠慮会釈なく話し続けます。

「アソコだの、お尻の穴だのの検査なんて、こっちだってやりたくてやるんじゃないんだけど、ちょっと油断すると、タバコやマッチなんかをヘンなところに隠して持ち込もうするする女がいるのよね。手錠かけられて、腰縄で繋がれて護送されてくるんだから、どうやって盗むんだろうと思うけど、ほんとに癖の悪い連中なんだから。あら、ごめんね。あんたのことじゃないのよ」

その癖の悪い連中の一人として、同じように両手に固い手錠を嵌められ、腰に惨めな腰縄をつけられて、大勢の人の好奇とさげすみの視線の中を哀れに惹かれてきた私にとっては、身を切られるような残酷な言葉でしたが、言い返すことのできる身ではありません。私は、唇をかんで目を伏せました。そして、これから私たちが受けさせられる身体検査がどんなものか、暗い予感に打ちのめされるのでした。

廊下の突き当たりの、いやに照明の明るい部屋に全員入れられました。悪い予感が当たって、その部屋の床に何箇所も、例のいやらしい手型足型が、白いペンキもあざやかに描かれているのを見た私たちは、声も出ずに、身を震わせ顔を伏せました。

これから私たちは、一人残らず順番に、この糸くず一本身につけていないスッパダカのまま、あそこで、見るも哀れな四ツン這いにさせられ、お尻を高々と宙に突き出して、若い娘にとっては口にも出せない、前と後ろの恥ずかしい場所を検査されるのです。

一箇所の手型足型のところに一人ずつの女看守が、右手にゴム手袋をはめ、左手に懐中電灯を持って立っています。そして私の並ばされた列の係は、偶然か、わざとか、あの山田雅代なのでした。最初の一人が呼ばれ、看守さんにお尻を向けて足型の上立たされます。足は一メートルも広げなければなりません。

両手を手型通りにつくと、ムキ出しの乳房がブルンと震え、お尻を高々と突き上げた犬のような四ツン這いができあがります。

「顔をあげて、口を大きく開く!」

哀れな姿でポッカリと口を開け、みんなの前に惨めな晒しものになっている女の顔が、次の瞬間大きくゆがんで、いま彼女が、女の羞恥の個所で味わわされている苦痛と屈辱を、あますところなく公開します。

「ヨーシ終り。次!」

大急ぎで足を揃え、上体を起こして、

「有難うございました!」

と、教育された通り、看守にお礼の挨拶をする彼女の頬には、涙が光っていました。すれっからしの女囚でも、この検査だけは涙が出るといいます。

順番がどんどん進んで、まもなく私の番がきます。もうじき私もあそこで、あの見るも浅ましい姿勢で丸出しのお尻を宙に突き出し、死ぬほど恥ずかしい場所をあの山田雅代の前にさらけ出して、惨めな検査を受けなければならないのです。

「よし、次! あら、あんたね」




とうとう私の番がきました。どうすることもできません。私も、ほかの女囚と同じように床の足型の上に足を乗せ、山田雅代に裸のお尻を、仲間の女囚たちに丸出しの前を晒して立ちました。

「規則だから我慢してね。大丈夫よ、私がうまくやってあげるから」

なにが大丈夫なのよ、と叫びたくなるのをグッとこらえます。

「両手を前の床につけて。ひざは伸ばして」

下穿きさえつけていない丸裸での四ツン這い、女がそんな格好をすれば、女の秘密の箇所が、前も後ろもどんなに浅ましく丸見えになることか、仲間の女囚の哀れな姿で厭というほどわかっています。だからといって、拒むことも逃げ出すこともできないのです。

私は、山田雅代の見ている前で、その見るも哀れな姿勢をとるのでした、顔は火を吹くように熱くなり、反対に体の芯には氷の棒を入れられたような悪寒が走ります。

「顔は上げて、口を大きく開いて!」

何ひとつ覆うものもない丸裸で高々と宙に突き出した私のお尻のほうから、山田雅代の声が命令します。必死で顔を上げ、ポカンと口を開けた顔をみんなの前に晒します。順番を待つ仲間の女囚が目をそむける様子に、自分がどんなに情けないポーズをとらされているのかを思いしらされます。私は、しっかりと目をつぶりました。その途端、女の箇所を貫く異様な感触!

「アウウッ」

思わず口から獣のような声が洩れます。

「あら、大げさな声を出して。そんなに痛いはずないのに」

私の気持ちなどにはお構いなしの無神経な彼女の言葉に、血が凍るほどの憤りを感じます。そして次の瞬間、女の箇所よりもさらに恥ずかしい後ろの場所を、彼女の指が思いきり貫ぬく感覚が、私の背筋から頭の芯を突き抜けて......。

私は声をたてて泣きだしていました。

「さぁ終ったわよ、列に戻って。なによ、泣いたりして。まるで私が、ひどいことしたみたいじゃない」

剣のある彼女の声に、私は、慌てて立ち上り、

「有難うございました」

と、お礼を申し上げるのでした。




その日から和歌山刑務所で過ごした約三カ月の間、山田雅代は、なにかと私を特別に扱ってくれたとは思います。仮釈放について、いろいろ教えてくれたり、自分で購入できる品物について便宜をはかってくれたり、ときには、個別説論などと名目をつけて私一人を別室に呼び入れて、女囚の身では絶対に口にできないケーキなど、甘いものを食べさせてくれたり。

彼女の親切心は疑いようもありません。しかし彼女も、当たり前のことながら、人前ではあくまでも看守と女囚という立場を崩しませんでした。女囚が看守に呼びかけるときには、必ず「先生」と呼ばなければなりません。

一、二度彼女に、「雅代さん」と呼びかけて、別室で厳しく叱られました。表面上特別扱いすることができないのは、よくわかりますから、私が悪いのですが、点呼のときなど彼女に「八六五号、丸矢くみ子!」と、囚人番号付きで呼び捨てにされ、私が「山田先生」と呼ばなければならないのは、なにか声がのどにひっかかる気持ちでした。

さらには、毎日の帰房検査のときに山田雅代が担当だったりすると、彼女の「着ている物を脱ぎなさい!」という命令で、下穿きのズロースまで脱いで全裸になり、彼女の見ている前で、下まで丸出しで高々と足を上げる、あの哀れなカンカン踊りを踊らなければならないときとか、山田雅代が入浴担当のとき、キチンと制服を着て立っている彼女の前にマッパダカで整列させられ、彼女の笛の合図で、前を隠すことも許されず浴槽を出たり入ったりしなければならないときなど、胸の奥の屈辱感はなんとも言えないものでした。

やはり山田雅代が看守をしていたことで、和歌山刑務所での受刑は、私にとってひとしおつらい罰になったことはまちがいありません。私が罪を犯した女囚の身で、そんなことに苦情を言える立場ではないことは、よく承知していますが......。


「何か罪を犯して懲役囚になって刑務所に送られたら、そこに昔の知り合いが看守として勤務していた、という状況になったらどう感ずるかね。いろいろ面倒みてもらえる、有難い、と思うか、見られたくない姿を見られてしまう、いやだ、と思うか。どっちだろう」

「そうねえ。両方の気持ちが混ざるんだろうけど、やっぱり、知ってる人に惨めな格好を見られちゃうのがつらい、と思うほうが強いでしょうね。教わってよくわかったけど、女囚って本当に人間扱いされない哀れな身の上なんだもの」

「やっぱりそうなんだろうね。ある女囚物語のなかの看守の言葉に、『刑務所の高いコンクリートの塀はなんのためにあるか。もちろん、女囚の脱走を防ぐためでもあるが、それ以上に、罪を償う女の哀しい姿を世間の人の目から守るためでもあるのだ』というのがあるけど、そのコンクリートの塀のなかに、昔の自分を知っている人がいて、しかもそれが自分を見張る看守だった。となれば、女囚にとっては自分の哀れな格好を隠しようがないわけで、否応なしに惨めな女囚の姿を見られてしまうわけだ。藤本義一原作の『女囚犯科帖』というテレビ映画に、そういうシチュエーションがでてくる。和泉雅子と片平なぎさは、かつて同じ会社のOLとして机を並べて仕事をしていた先輩後輩だった。悲劇は二人が一人の男性を愛するという三角関係になって起こった。和泉雅子は男を刺し殺してしまい、懲役刑をうけて刑務所へ送られる。一方、片平なぎさは自殺を図るが果たせず、郷里へ帰って、母の跡をついで刑務官(女看守)になる。彼女が研修期間を終わって着任した刑務所が、和泉雅子が女囚として服役している刑務所だったというわけだ」

「なるほどね。女囚が入る刑務所は何箇所か決まってるんだし、女の刑務官は当然そこへ配属されるんだから、そういうこともあり得るわけね」

「和泉雅子にしてみれば、会社の後輩でしかも恋仇だった片平なぎさを『先生』と呼ばされ、その命令に従って女囚としての生活を送らなければならなくなってしまったわけだ」

「それはつらいわね。くみ子と山田雅代の関係以上に深刻だわね、恋仇だったんですもの」

「片平なぎさが昔を懐かしがって和泉雅子に近づき、そのころのことを話題にすればするほど、和泉雅子にとっては、それが心の傷を残酷にえぐる地獄の責め苦になってしまう。そしてとうとうそれが爆発するときがくる。和泉雅子たちの房の入浴の日に片平なぎさが看視当番にあたる。当番看守の仕事として和泉雅子たちを浴室の脱衣場に並ばせ、『入浴準備。着ているものを脱ぎなさい』と命令する。職務としての当然の命令ではあるんだが、和泉雅子にしてみれば、昔の後輩でしかも憎い恋仇に命令されて下穿きのズロースまで脱がされてマッパダカにさせられる口惜しさ惨めさに、思わず大声で叫びながら片平なぎさにつかみかかり、浴槽に突きたおしてしまう。片平なぎさの悲鳴とほかの女囚の騒ぐ声を聞いて駈けつけてきた大勢の女看守たちが、暴れる和泉雅子を浴室の床にねじふせて後ろ手錠をかけ、濡れた囚衣のまま懲罰房に放り込む、というストーリーだ」

「かわいそう......それは反抗して暴れたんだから懲罰を受けるのも仕方ないかもしれないけど、和泉雅子がどんなにつらい気持ちだったかよくわかるわ」

「同じ女囚どうしだからね」

「そうね。エッ......そうじゃないわよ。いやだわ、今、ほんとに自分が女囚だったみたいな気分になっちゃったじゃないの。昔の同級生や会社の人が見ている前で手錠かけられたり裸にされて身体検査されたりしたら、どんなにつらく恥ずかしいだろうって思ったら、胸がキュッとなっちゃって......やだわ私......ヘンになっちゃった。私ってやっぱり少し......お願い、うんと厳しくお仕置きをしてください。でも知ってるひとに見られるだけはイヤ、それだけは許して」


(続く)
※「女囚くみ子」は、1990年代(監獄法廃止以前)に書かれた、浜不二夫氏によるSM創作物語です。一組の男女の会話から想起される獄中の描写、法律談義は、くみ子を責めるためのプレイトークとしてお楽しみ下さい。

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浜不二夫
異端の作家。インテリジェンス+イマジネーション+ユーモアで描く羞美の世界は甘く、厳しく、エロティック。
「 悪者に捕らわれた女性は、白馬の騎士に助けてもらえますが、罪を償う女囚は誰にも助けてもらえません。刑罰として自由を奪われ、羞恥心が許されない女性の絶望と屈辱を描きたかったのです。死刑の代わりに奴隷刑を採用した社会も書いてみたいのですが――」
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