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THE ABLIFE June 2010
「あぶらいふ」厳選連載!
アブノーマルな性を生きるすべての人へ
写真=枷井克哉

縄を通して人を知り、快楽を与えることで喜びを得る緊縛人生。その遊行と思索の記録がゆるやかに伝える、人の性の奥深さと持つべき畏怖。男と女の様々な相を見続けてきた証人が、最期に語ろうとする「猥褻」の妙とは――
 | 
堂々とではなく、人目をぬすんで、そ知らぬ顔でこっそりやるところに、
この快楽の、得(え)も言われぬ快楽がある。
舞台を観ているふりをしながら、
若い弾力にみちたお尻を撫でるときの幸福感、
楽しさなんてものは、ちょっと他人には説明できない。



東京・下町の、とあるホールの中にいる。
ホールというよりは、まあ、劇場である。
舞台で、芝居、踊り、歌も演じられる。
いや、劇場というより、小屋か。
芝居小屋。
建物の周囲には、役者の名前が染められた幟(のぼり)が何本も並んで、はためいている。情緒がある。
むかしからの芝居小屋の風情がのこっている。提灯もぶら下がっている。
中は、いつも満員である。

客席にいるのは、自分の財布からお金を出してチケットを買って入ってきた人間ばかりである。
つまり、招待券などで、タダで入ってくる客など、一人もいない、ということである。
くり返していう。
この小屋は、いつきても満員である。
客席ばかりでなく、通路までふさがってしまうのである。

私と彼女は、たいてい、舞台上手(かみて)に近い非常口そばの丸い小さな補助椅子にすわる。
いや、すわらせられる。
開場(開演ではない)一時間以上前から幟の下に並ばないと、ふつうの客席にはすわれない。
補助椅子は丸く小さく固いので、すぐに尻が痛くなる。
その痛みに耐えながら、芝居を観る。

尻が痛くならないと、芝居を観ている気分になれない。
後ろの壁は、すぐに非常口のブリキのドアである。
古いブリキなので、よりかかると、がたがたべこんべこんと音がする。
すこしくらい尻が痛くても、じつは、私はこの補助席が好きなのである。
大好きと言っていい。
それは、私のすぐ前にすわる彼女のお尻と接触できるからである。

私のひろげた膝のあいだに、丸椅子からハミ出している彼女のお尻が、すっぽりと入る形になるのだ。
(スカートで包まれていても、彼女のお尻の形は丸くてすばらしくセクシーなのだ)
私も彼女も、体は当然、舞台のほうに向けている。
丸椅子に背もたれなんかない。
私が両手を前にまわすと、彼女のおへそのあたりで組むことができる。
小さな丸い補助椅子を密着させたまますわると、私と彼女はしぜんに密着するというわけだ。

だけど、小屋の中には、いつも二五〇人以上の客が入っている。
場内が明るいうちは、私と彼女の姿は、いやでもそれらの客の目にさらされる。
(顔面がでかくて足が短くてお腹が妊婦のようにふくらんでいる私は、どこにいても、とても目立つのだ)
だから幕があいて、客席の視線が、すべて舞台に向けられないと、私は彼女のお尻に手を触れることができない。
幕があきさえすれば、客たちの注意は、熱っぽく舞台にそそがれる。

芝居が好きで好きでたまらない人間ばかりで客席は埋められている。
あるいは、芝居以上に、その芝居を演じている役者が、好きで好きでたまらない人たちである。
役者の一挙手、一投足に声をあげ、セリフの一言一言に泣き、笑い、感動して手を叩く連中ばかりである。
だから、芝居が始まりさえすれば、私は彼女のお尻とか、太腿とかに、自由に手を触れることができる。

ところが、困ったことに、この小屋でやる芝居は、どれもこれもおもしろいのだ。私と彼女にとって、刺激的なのだ。
私もまた、芝居好きな人間である。
彼女のお尻の感触を楽しむことを忘れて、つい、舞台の役者の熱演に見入ってしまうのだ。

そんなわけで、芝居のときはなかなか彼女のお尻にさわるひまはないが、やがて「豪華絢爛、歌と踊りのグランド・ショー」になると、すこし余裕が出てくる。
ベテラン役者が踊るときには、やはり目も心も吸い寄せられるが、まだ芸に隙間のある若い俳優たちのときには、私の手は、つい、彼女の太腿や、ウエストや、お尻にのびていく。

こんな楽しいこと、めったにないのですよ。

指先に伝わるエロティックな反応、その快楽に魂がふるえ、全身がぞくぞくして、気が遠くなるくらいです。
大勢の人間がいる中で、堂々と……いや、堂々とではなく、人目をぬすんで、そ知らぬ顔でこっそりやるところに、この快楽の、得(え)も言われぬ快楽があるのですよ。
舞台を観ているふりをしながら、若い弾力にみちたお尻を撫でるときの幸福感、楽しさなんてものは、ちょっと他人には説明できない。ああ、生きているってすばらしい!

彼女のほうは、というと、私の手を避けるなどという不粋なまねはしません。されるがままです。「イヤ」とも言わない。
「フン」とか「スン」の反応もない。
だまったまま、舞台をみつめています。でも、こんなことされて、きっと気持ちいいんだろうな。と私は勝手に解釈します。すくなくとも、悪い気分ではないのでしょう。

どうですか、落花さん。返事して。
(続く)

関連リンク

緊美研.com

濡木痴夢男のおしゃべり芝居

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濡木痴夢男 1930年、東京都生まれ。SM雑誌『裏窓』『サスペンス・マガジン』の編集長を務めるかたわら、『奇譚クラブ』他三十数誌に小説を発表。1985年に「緊縛美研究会」を発足し、ビデオ製作や『日本緊縛写真史』(自由国民社)の監修にあたる。著書多数。近著に『緊縛☆命あるかぎり』(河出文庫)。
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