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THE ABLIFE September 2010
「あぶらいふ」厳選連載! アブノーマルな性を生きるすべての人へ
縄を通して人を知り、快楽を与えることで喜びを得る緊縛人生。その遊行と思索の記録がゆるやかに伝える、人の性の奥深さと持つべき畏怖。男と女の様々な相を見続けてきた証人が、最期に語ろうとする「猥褻」の妙とは――
 | 
私のこの布紐は、女体の胸をしめつけるときに、
とくに効果を発揮するように思える。
つまり、快感を与えるのだ。
もちろんそこには、麻縄などとはちがう
「縛りのテクニック」を必要とする。

きょうは私の所属する劇団のけいこ日である。十三時から二十二時まで、なんと、九時間、つまり一日じゅう、秋の新作の練習をする。私はこの一座の長老格の役者であり、重要な一員なのだ。座員たちのけいこに、つき合わなければならない。

だが、私はきょう、そのけいこを途中でぬけ出して、彼女とデイトをしようと思っている。
私の仕事部屋の、もよりの駅の中にあるコーヒーショップで、正午、彼女と会う約束になっている。

会ってから、私と彼女は二人で、けいこ場へ向かう。

私は「長老」なので(言うまでもなく一般社会においても私は後期高齢人間である)どんな場所でも、たいていのわがままは通る。
「ちょっと用事があって、私はきょう途中で失礼するから、私の出る場面だけを、先にけいこしてくれないか」
と、演出家とプロデューサーにたのみ、承諾を得る。

彼女のことは、私のマネージャーだと言って紹介する。いまさら紹介しなくても、一座の中の数名は、彼女の顔をすでに知っている。
「おれの芝居を見ていて、なにか気づいたことがあったら言ってくれないか」
と、私は彼女に言う。



改めてたのまれなくても、彼女は私の仕事、行動のほとんどを把握し、常に感想をのべ、ときに鋭く批判したりする。
それを参考にして、私は行動することが多い。彼女が私のマネージャーだというのは、八割方、ホントである。

けいこが始まる。こんどの芝居は、出演者が全員で踊るシーンが多い。
私だけは踊らない。踊ると息が切れ、足腰が痛み、腕がしびれる。つまり、踊らないのではなく、踊れないのだ。

芝居のなかで私は、九十歳になった桃太郎をやる。

紅顔の美少年のときには、イヌ、サル、キジを供にして海をわたり、鬼が島へ鬼退治に行った桃太郎も、哀れなことに、いまはボケ老人となって、どこかの施設に入れられている。
そして、むかし鬼をたくさん殺して宝物を強奪したので、その鬼たちの怨念に毎日苦しめられている。
施設の看護師たちには徹底的にバカにされ、いじめられている。
という他愛のない「お笑い」の多い芝居である。まあ、ふつうだったら、これはとても「彼女」には見せられない芝居である。

私は徹底的に頭のおかしい、色ボケの老人をやる。ヨダレをたらし、舌ももつれるなさけない痴呆役。
だが、私はやる。私にとっては、私のM性を刺激する、かなり快楽的な役である。だから平気でやる。彼女の前でも、自信をもって演じられる。

M性を芯にして、ボケ老人の役をうまく演じるには、ホンモノのかなり高度な知性を必要とする、と私は思っている。
私が役の上で、どんなに愚かな、みじめな老いた桃太郎を演じても、彼女は知性をもって笑ってくれる。
そして、私への好意と信頼感を、さらに深めることになるだろう、と私は思っている(むかしから三枚目は女にモテるのだ)。



彼女と私とのこの相互信頼は強固なものだ(と私は思っている)。
だから私は嘲弄され、若い看護師たちからオモチャにされる哀れな老人を、彼女の見ている前で、いつも以上に熱演した。

劇団員たちまでがゲラゲラ笑いころげ、けいこがつづけられないほどであった(笑われることは楽しい。こちらの仕掛けた笑いにのってきたとき、最高の優越感が生じる)。

午後四時半。私は演出家とプロデューサーに告げる。

「それじゃ、おれはきょう、これで失礼させてもらうよ。どうしても避けられない仕事があってね、これからそこへ行く。そのためにきょうはマネージャーがくっついているんだよ」

私は彼女をうながして、けいこ場の外へ出る。
タクシーをとめる。そして、まっすぐにラブホテルへ向かう。三十分後には、私と彼女はしずかな密室にいる。

私は晒木綿(さらしもめん)を利用した白いやわらかな布紐で、彼女を後ろ手に縛りあげている。この布紐は、麻縄とか、既製品の綿ロープとか、他のどんな拘束具よりも、女体の手首に、腕に、胸に、官能的な繊細さで巻きつき、悪魔的なやさしさで、しずかに食い込んでいくのだ。



だから、この布紐を使って彼女の手首を縛ると、ほとんど同時に彼女の全身から力がぬけ、ぐずぐずになって床に倒れてしまう。

「おい、胸をひと巻きするまで我慢してくれ。すぐに倒れてしまったら、あと縛りにくくてしようがない」

私は毎回こんな文句を言うのだが、彼女の意識はどこかもう遠いところをさまよっているのだ。

私のこの布紐は、女体の胸をしめつけるときに、とくに効果を発揮するように思える。つまり、快感を与えるのだ。もちろんそこには、麻縄などとはちがう「縛りのテクニック」を必要とする。

文字や口さきでは説明できない、布紐独特の繊細微妙な指先テクニック。

このときの私は、さきほど演じたボケ老人の桃太郎ではなく、女体緊縛の快楽技巧に、さらに磨きをかけた濡木痴夢男にもどっている(と、自分だけで勝手にそう思うことにしよう)。

(続く)

関連リンク

緊美研.com

濡木痴夢男のおしゃべり芝居

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濡木痴夢男 1930年、東京都生まれ。SM雑誌『裏窓』『サスペンス・マガジン』の編集長を務めるかたわら、『奇譚クラブ』他三十数誌に小説を発表。1985年に「緊縛美研究会」を発足し、ビデオ製作や『日本緊縛写真史』(自由国民社)の監修にあたる。著書多数。近著に『緊縛☆命あるかぎり』(河出文庫)。
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