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「あぶらいふ」厳選連載! アブノーマルな性を生きるすべての人へ
縄を通して人を知り、快楽を与えることで喜びを得る緊縛人生。その遊行と思索の記録がゆるやかに伝える、人の性の奥深さと持つべき畏怖。男と女の様々な相を見続けてきた証人が、最期に語ろうとする「猥褻」の妙とは――
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旅に出てすでに五、六日たち、もう慣れてもいいころなのに、
私の縄のかけ方は、いつもゆるいのだった。
それは、彼女を「縛る」という行為に対しての
おそれとか、おびえもあったが、
彼女の体に触れる、ということに対してのためらいだった。

私は自分が登場し、私自身が縄を握って女を縛ったりする「緊縛ドラマ」には、ほとんど興奮しないし、欲情もしない、と前回書いた。
「SM雑誌」や「SMビデオ」の製作現場で、これまで数千人のモデルを縛ってきたのだが、そういう場所で、私は股間のものを勃起させたことは一度もない。
つまり、自分その種の現場に参加してしまうと、とたんに欲情する気持ちは消滅してしまう。

私は過去に「撮影同行記」とか「モデルさまざま」などという文章を、数え切れないほど量産してきた。
そういう文章は、現場の写真に添えられて雑誌に掲載され、多くの読者の目に触れた。
私がモデルを縛るとき、そしてカメラマンがシャッターを押すときの興奮状態、さらに彼女たちのエロティックな反応を、私はでき得るかぎり誇張して、扇情的に書きつらねた。

はじめから終わりまで、嘘ばかり書いたこともある。
縛り係である私も、カメラマンも、つねに現場では冷静であった。

考えてみれば、それは当然のことである。
私たちは、商品をつくっているのである。
売れる商品を製作するためには、いかなる場合でも、客観的な、冷静な姿勢が必要である。
油断はゆるされない。
私たちが油断して遊び心なんかを生じたりすると、緊迫したエロティシズムの客観性は消失して、売れる商品はつくれなくなる。
かといって、「緊縛」に趣味性も情熱も持たない人間には、できない仕事である。



話をふたたび十七歳の少年のころにもどす。

アメリカとの戦争が終わって間もないころ、私は或る劇団の研究生として、約二年間、舞台に出ていた。

研究生ではあったが、私は薬師やとして、芝居の中で女優を縛っていた(この劇団については、以前「おしゃべり芝居」の中ですこしのべたが、舞台で女優を縛る役を演じていたということは、まだどこにも書いていない)。
正確にいうと、舞台へ出ていく前、上手の袖の黒幕のかげで一人の女優を縛る、その縄尻をつかんで登場する役である。

その芝居は「ドン・キホーテ」であり、私は役人に扮して片手に槍を握り、女優は、税金を納められないために引き立てられていく貧しい村娘であった。

劇団はこの芝居で、一年間、東北の町々を巡演した。
一つの町で昼夜二回上演し、ときには三回のときもあった。
芝居の中とはいえ、私は佐々木洋子というその女優を一年間、毎日毎日縛りつづけたことになる。

地方の町の食糧も乏しい敗戦直後の時代だったが、空襲による焼け跡だらけの東京よりはよかった。
交通事情も悪く、劇団員たちは鈍行の満員列車で町から町を移動した。
海のむこうの戦地から引き揚げてきて、疲れた黒い顔でそれぞれの故郷へ帰っていく兵隊服姿の復員兵たちと同じ列車に乗ったりした(この時代の私の日記が最近みつかったので、風俗資料館へ持っていこうかと思っている)。

佐々木洋子というその女優は、私よりも二つか三つ年上の、やせた体つきの背の高い人だった。首が折れそうなくらいに長かった。
どこか弱々しい感じの、胸のうすい細い体だが、目の大きい美人だった。

彼女は貧しい百姓娘に扮しているので、私に縛られるときの衣装は、半袖のすり切れたような裾の長い、よれよれのワンピースだった。
出番が近づいてくると、彼女は黒幕のかげで、私に背を向け、両手首を腰の後ろにまわして言うのだった。

「えんりょしなくていいのよ。舞台で解けたりしたらみっともないから、しっかり結んでね」

それでも私は、もじもじとためらっていた。

旅に出てすでに五、六日たち、もう慣れてもいいころなのに、私の縄のかけ方は、いつもゆるいのだった。
それは、彼女を「縛る」という行為に対してのおそれとか、おびえもあったが、彼女の体に触れる、ということに対してのためらいだった。

「早くして。トチッたらどうするのよ」

と彼女は背後に交差させた手首を動かしてさいそくする。
舞台では、先に登場しているドン・キホーテと、その従者のサンチョ・パンサが、セリフのやりとりをしている。
彼女は舞台に目をやりながら、また、

「早く!」

とさいそくする。
私はいっそうどぎまぎして、動作が鈍くなる。
勇気を出して、私は彼女の両手首を縄でひと巻きする。
それは縛るというより、巻きつけるといった感じだった。
すると彼女は、じれったそうに細い指でその縄をつかみ、自分で体をぐるぐるまわして胸へ縄を巻きつけるのだった。

巻き終えると、自分でまた縄をつかんで体をひねって引き締める。
そして、役人にひかれる哀れな百姓娘の足どりで舞台へ出ていく。
私は彼女のあとからその縄尻をつかんで、

「早く歩け! ぐずぐずするな」

とセリフを言いながら登場するのだった。
役人と百姓娘は、ドン・キホーテとサンチョの前で一度立ちどまり、チラと二人を見てふたたび歩き、通りすぎていく、という通行人のような役なのだった。


旅から旅へと巡演する舞台の上で、佐々木洋子という女優を、数えてみればおよそ五百回以上も縛っているのである。
だが、そのときの私は、縛るという行為に関しての興奮度は、ほとんどゼロに近い。



いまから六十年以上もむかしの話である。
しかし、六十年前の黒幕のかげでの、緊縛情緒らしきものは何もない、幻影のようなワンショットでも、いま思い出すと、妙に興奮し、欲情する。
それは、あのときの「縛り」は、観客に「縛り」を見せるためのものでなかったからであろう。
そして、あれが、夢かまぼろしのような思い出だったからである。

夢かまぼろしのような緊縛シーンのほうが、快楽度は強く、深いということであろうか。

(続く)

『濡木痴夢男の秘蔵緊縛コレクション1「悲願」(不二企画)


品番:KC-01
発売:2010年06月24日
収録時間:91分
販売元:不二企画

メーカーサイトで作品詳細を確認・購入する>>>こちら

※当欄で使用しているイメージ写真は本作のキャプチャ画像です

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濡木痴夢男のおしゃべり芝居

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nurekiplof.jpg
濡木痴夢男 1930年、東京都生まれ。SM雑誌『裏窓』『サスペンス・マガジン』の編集長を務めるかたわら、『奇譚クラブ』他三十数誌に小説を発表。1985年に「緊縛美研究会」を発足し、ビデオ製作や『日本緊縛写真史』(自由国民社)の監修にあたる。著書多数。近著に『緊縛☆命あるかぎり』(河出文庫)。
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