The ABLIFE November 2012
アブノーマルな性を生きるすべての人へ
縄を通して人を知り、快楽を与えることで喜びを得る緊縛人生。その遊行と思索の記録がゆるやかに伝える、人の性の奥深さと持つべき畏怖。男と女の様々な相を見続けてきた証人が、最期に語ろうとする「猥褻」の妙とは――
私は両足を投げ出した形ですわった。
短パンがまくれあがり、
太腿が露出した。
「どうです、ぼくの足、きれいでしょう、
すべすべしてるでしょう、さわってごらん」
と、私は彼女に言った。
私の太腿は彼女の膝のすぐ前にある。
短パンがまくれあがり、
太腿が露出した。
「どうです、ぼくの足、きれいでしょう、
すべすべしてるでしょう、さわってごらん」
と、私は彼女に言った。
私の太腿は彼女の膝のすぐ前にある。
前回この町へ来たときに、こんどここで会うときはこの店で待ち合わせようと言って約束したその駅前のパン屋を兼ねたカフェは、いざ入ってみると思ったよりせまく、椅子やテーブルの配置が粗雑で、とてもおちついてコーヒーを飲める気分になれない。
彼女と約束した時刻は正午だが、まだ十一時をすぎたばかり。見回したが他に適当な喫茶店はない。
仕方がないので、駅の裏側の通りに出て、イトーヨーカ堂に入った。食品売り場で、五個も入っていて百九十円という安さのエンドウ豆入りの大福を売っていた。いわゆる豆大福である。つぶあんで北海道十勝産の小豆使用と記してある。
たべたいな、と思ったが、こいうものを食べているから、ますますお腹が醜く出っ張ってくるのだ、と自制して、ヨーカ堂の外へ出た。
また駅の周りをひと歩きしたが、豆大福のことが頭から離れず、結局、またヨーカ堂へもどって買ってしまった。
私はこのように意志薄弱な男である。この意志薄弱さが原因で、私は命を縮めることになるだろう(もう十分に生きたから、それでもいいか)。
駅の改札口を出て数歩離れたところにある栃錦の立体像に寄りかかり、その豆大福を立ったままたべはじめた。
口のまわりが白い粉だらけになったら、彼女に見られたとき恥ずかしいな、と思い、注意しながらたべた。
正午五分前に、彼女はホームから下りてきて改札口に姿を現わした。
すぐに私をみつけて離れた位置から微笑する。みつけるのが早い。
そういえば、約束した場所に私がいないときでも、彼女はいつもすばやく私の姿をみつける。
目玉がでかいせいだろうか。注意深い性格のせいだろうか。
私と目を合わせると、彼女は恥ずかしそうに左手の指で唇の上をおさえて笑う。私も笑う。
こういうふうな形で会い始めてから、もう六、七年にもなるが、いつもそうだ。また会えてよかった、という双方安堵の表情である。
べつべつのところで日常の時間をすごしている人間が、六年も七年も同じ気持ちのままで会いつづけ、会えたことを喜び合うなんてことは、奇跡みたいなものだ。
私と彼女は駅の建物を出て、昼間からなにやら雑然とした騒がしい空気の町のなかを歩く。
どこもかも煤けた色彩の下町ふうの商店が軒をならべ、隙間もなくつづく通りである。閉ざされている店もあれば、妙に弾んだ勢いのいい商店もある。
遠慮なくいえば私のような貧乏人には住みやすそうな町だ。戦後すぐの「闇市」の臭いをどこかに漂わせている。
立ちどまってのぞきこむと、ひどく物価が安い。どうしてこんな値段で売れるのかと、私が心配になるほど安い。
秋刀魚を焼いているような煙が軒下に這うよごれ果てた木造の建物の角を右に曲がると、私と彼女がめざしている異相のビルが現われる。
三十分後、そのビルのなかに入り、それまで着ていたものをすべて脱ぐと、私と彼女は備えつけてある衣装を身につけていた。
男女ともに、南国に茂る樹木と葉の模様が、緑とオレンジ色で大胆にデザインされている。男は半袖のシャツと短パンである。女性用はむかしはムウムウと呼ばれていた裾の長いワンピースである。
詰めれば三百人は入れると思われる絨毯敷きの大広間があり、正面には舞台があった。
そのステージで演じられる舞踏と芝居を観るために、すでに二百人以上の客が集まっていた。みんな備えつけの衣装を着ている。椅子席はない。横にも長いテーブルがあり、注文すれば飲み食いは自由である。
人間たちの熱気と、ステージ用の照明と、絨毯の下の床暖房で場内は暑いほどだった。
私は両足を投げ出した形ですわった。短パンがまくれあがり、太腿が露出した。
「どうです、ぼくの足、きれいでしょう、すべすべしてるでしょう、さわってごらん」
と、私は彼女に言った。私の太腿は彼女の膝のすぐ前にある。もちろん彼女はためらった。周囲には大勢の客の目がある。
私は彼女の手をつかみ、私の太腿にさわらせようとした。
腹の肉は突き出していて醜いが、肉のついた太腿は丸々として弾力があり、ピンク色である。
彼女は右手の指を一本出してのばし、私の太腿を突いた。
「突くんじゃないよ、ちゃんとさわるんですよ、撫でるんですよ、さあ」
と私は言った。
彼女は指一本だけをのばして、また私の太腿をちょん、ちょんと突いた。
私は彼女の手首をつかみ、引き寄せて無理やり太腿にさわらせた。
「先生の足、きれいですよ」
と笑いながら彼女は言った。
私と彼女の前には、座敷用の低いテーブルが置かれ、そのかげに隠れるようにしてそんなことをしていたのだが、後方のやや高いところから二人の女性客が見ていたので、さすがにやめた。開幕前の些細な戯れだった。
午後一時半、あばれ熨斗(のし)が勇壮に描かれた定式幕が音楽とともにあいた。
芝居を観ながら、私は、私のやや右前方にすわっている彼女の尻を撫でた。むろう着ているムウムウの上からである。
丸い、形のいい、心地よく固い尻の肉。
この丸さと固さをもつ尻は、私の理想とするところである。私の好きなカーブであり、私の望むエロティシズムを無限に秘めた尻肉の固さである。
エロティシズムとともに彼女の心情の冷徹な誠実さが、この尻肉の感触に象徴されているような気がする。そう思うといっそういとおしい。
私は撫で、さすり、うっとりする。至福のときであった。この瞬間、彼女のすべては私の手のなかにある。
撫でてもさすっても彼女は動かない。嫌がらない。逃げない。私は感動する。この人は私の好む性的快楽にすべて反応し、合わせてくれる。
二百余人の観客が舞台で踊る美男美女たちに見惚れているなかで、私は落花さんの張りのあるお尻を、ひそかに、ゆっくりと、てのひらで撫で、心ゆくまで味わっている。
(続く)
『濡木痴夢男の秘蔵緊縛コレクション2「熱祷」(不二企画)』
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